第6話 ギャル 礼儀なんなん?
廊下を歩く。
静かすぎる。
足音だけが、やけに響く。
「……ねえ」
めいが口を開く。
「どこ行くの」
前を歩く紬が、少しだけ間を置く。
「……部屋にございます」
「部屋?」
「あなた様に、与えられた場所にございます」
「ふーん」
(勝手に決められてんじゃん)
心の中でだけ、ぼやく。
少し歩く。
やがて、紬が立ち止まる。
「こちらに」
襖を開ける。
中は、質素な和室。
「……え、ここ?」
「はい」
「いや、なにもなくない?」
「必要最低限にございます」
「いや最低すぎでしょ」
思わず言う。
紬は少しだけ言葉に詰まる。
「……ここでは、それが常にございます」
「へえ」
めいは部屋を見回す。
ベッドもない。
ソファもない。
「……だる」
そのまま、畳に座る。
「ちょ、冷た」
思わず足を浮かせる。
紬が一瞬、視線を揺らす。
「……座り方が、違います」
「は?」
「正しくは、このように」
紬が静かに正座する。
背筋を伸ばし、手を揃える。
「……いや無理」
即答。
紬が、わずかに目を瞬く。
「無理、足しぬ」
「……しぬ?」
「いや痺れるってこと」
言い直す。
通じてない顔。
「……しかし」
「無理なもんは無理」
めいは足を崩したまま言う。
沈黙。
紬が、少しだけ困った顔をする。
「……礼儀は、必要にございます」
「なんで?」
「この場において、生きるためにございます」
昨日と同じ言葉。
(またそれかよ)
心の中で吐く。
「……めんど」
ぽつりと呟く。
「……めい様」
「なに」
「御園様の御前では、必ず正座にて」
「いや無理って言ってんじゃん」
「……」
紬が、言葉を失う。
少しだけ、視線を落とす。
「……叱られます」
小さく。
「は?」
「規律を乱せば……」
その先を、言わない。
でも。
分かる。
(あー、めんどくさ)
ため息。
そのまま、畳に寝転ぶ。
「……ねえ」
天井を見たまま。
「大奥ってさ」
一拍。
「結局なに?」
紬は、少しだけ間を置く。
「……将軍様にお仕えする場にございます」
「それ前も聞いた」
「……それだけでは、ございません」
紬は、ゆっくり言葉を選ぶ。
「ここは……役目で成り立っております」
「役目?」
「はい」
「上に立つ者、仕える者、雑務を担う者」
「すべてが、決められております」
静かに続ける。
「身分も、振る舞いも」
「すべてにございます」
「……へえ」
興味なさそうに返す。
でも、聞いている。
「……乱れれば」
紬の声が、少しだけ低くなる。
「場が乱れます」
「それは……許されません」
一瞬の間。
「だからあんな厳しいの?」
「……はい」
短く。
でも、重い。
「……紬も?」
めいが聞く。
紬は、わずかに目を伏せる。
「……はい」
「この場の一人にございます」
逃げられない。
その感じ。
(……だる)
めいは心の中で呟く。
「……めんどくさ」
ぽつりと漏れる。
紬は、否定しない。
できない。
「……ですが」
少しだけ、声が柔らぐ。
「それでも、守らねばなりません」
自分に言い聞かせるように。
めいは天井を見たまま。
(まあ、そういう世界ってことか)
納得はしていない。
でも。
少しだけ、分かる。
「……ふーん」
それだけ、返す。
少しの沈黙。
やがて――
「……では」
紬が顔を上げる。
「挨拶から、教えます」
「え、そこから?」
「はい」
「だる」
即答。
でも。
逃げない。
ここにいるしかないから。
「……よろしく」
ぼそっと言う。
ちゃんとしてない。
でも。
最初の一歩。
紬は、それを見ていた。
少しだけ。
本当に、少しだけ――
表情が、柔らいだ。




