第1話「ギャル、気づいたら大奥なんだが」
渋谷、夜。
ネオン、爆音、いつもの空気。
「ねー、今日どこ行く?」
スマホをいじりながら、春宮めいは適当に返す。
「んー、てかもう帰ってよくね?」
友達が笑う。
「は?まだ早いし」
「だる。明日バイトだし」
そう言って、めいは人混みから少し外れた。
そのとき。
――視界が、ぐにゃりと歪んだ。
「……は?」
一瞬で、音が消える。
ネオンも、人も、全部。
足元が抜けたみたいな感覚。
次の瞬間――
静かだった。
「……え?」
目を開ける。
そこにあったのは、見たこともない部屋。
畳。
障子。
やたら広い和室。
「……は???」
めいはゆっくり起き上がる。
長いネイルが、畳に当たってコツ、と音を立てた。
「ちょ、待って。ここどこ」
スマホを見る。
圏外。
「いや無理なんだけど」
立ち上がる。
足元はいつもの厚底ブーツのまま。
見下ろす。
「……え、なにこれ」
変わっていない。
さっきまで着ていた服のままだ。
ショート丈のトップスに、ハイウエストのボトム。
見慣れた格好。
「……は?」
じゃあ、ここは何なんだよ。
そのとき。
す、と障子が開いた。
「失礼いたします」
現れたのは、着物姿の女。
――そして、固まった。
「……っ!?」
目を見開いたまま、動かない。
「……は?」
めいも眉をひそめる。
「なにその顔」
女の視線は、めいの服に釘付けだった。
「その……お召し物は……?」
「え、これ?」
自分の服を軽く見る。
「普通だけど」
ありえないものを見るような目。
その空気で、なんとなく察する。
「……あー、はいはい」
めいはため息をついた。
「ここ、やばいとこ?」
女は戸惑いながらも、口を開いた。
「ここは……大奥にございます」
「……おおく?」
聞いたことはある気がする。
でも、分からない。
「なにそれ、施設の名前?」
女が息を呑む。
「将軍様にお仕えする女人の場でございます」
「……は?」
意味が分からない。
「将軍ってなに。会社の偉い人?」
自分で言ってて、なんか違う気がする。
でも他に思いつかない。
「てか普通に怖いんだけどここ」
部屋を見回す。
静かすぎる。
人の気配も、音もない。
「……ドッキリじゃないの、これ」
笑おうとして、やめた。
スマホは圏外。
目の前の女の反応も、本気にしか見えない。
「……ちょっと待って」
声が少しだけ落ちる。
「これ、マジ?」
女は一瞬、言葉の意味を測りかねたように目を伏せた。
「……恐れながら、事実にございます」
静かに、そう答える。
沈黙。
理解が追いつかない。
けど――
「はあ……」
めいは頭をかいた。
「無理。考えるのだるい」
あっさり切り捨てる。
「てかさ」
顔を上げる。
「ルールとか、ある感じ?」
女は一瞬迷い、それから答えた。
「……厳しき定めにて、日々が定められております」
「ふーん」
一拍置いて。
「じゃあ無理だわ」
「……え?」
「そういうの、向いてないし」
あっさり言い切る。
女は言葉を失った。
この瞬間。
大奥の静かな秩序に、ひとつの“異物”が紛れ込んだ。
空気を読まない。
遠慮もしない。
常識も知らない。
ギャルである。
――春宮めい。
彼女が、この場所で何をしでかすのか。
それを、まだ誰も知らない。
ただ一つ言えるのは――
大奥は、もう静かではいられない。




