第37話 拳に宿る正義――タイマン勝負、想いが勝つ
「おい!このクソ野郎。どこでやろうと構わねぇがな?・・・どうせなら下降りて来いや!俺とテメェのタイマン勝負だ!」
ミサオが大声で空に叫ぶ。
「クックック。・・・たいまん?一対一の戦いという事を言いたいのか?・・・この私と?羽虫如きがこの世界での、御方様の側近たる我と。貴様は随分と冗談が好きらしい。・・・いいだろう。お前などに希望を見い出す間抜け共には、貴様の死を持って絶望を与えよう。」
エドワルドの姿をした、闇の勢力のトップ側近を自称する異物が、静かにミサオの目前に降下してゆく。
「まだ意思の疎通は出来る様だな?・・・大体テメェ、何の目的で大層な嫌がらせかましてくれてんだ?おぅ?」
ミサオは静かに、だが明らかな怒りで異物に問う。
「・・・貴様ら如きに、御方様の遠大なる思考など理解出来はすまい。我が望むは、御方様へのこの世界の献上。このイグナシアの大地に、貴様ら人間や獣人などは一切要らぬ。醜き、浅ましい生き物など、御方様の視界に入れるのも不快。貴様たちはただ、絶望の感情を持って滅びれば良い。その悲しみや叫びが、我らにとっての甘美な音楽であり、濃密な果実となるのだから・・・。」
両手を天に広げ、滔々と語る異物。見た目はエドワルドだった時と何も変わらないのに、その背中には禍々しいコウモリの様な翼とクネクネとうごめく黒く細長い尾。
「・・・よくわかんねぇが、テメェ達ゃ、俺等に喧嘩売ってんだよな?明確な敵意を持って。・・・別にテメェがどう考えようと、どう生きようが俺には知ったこっちゃねえ。だがな?俺達の生きる道の前に立ち塞がるなら容赦しねぇ。テメェの正義と俺等の正義。どっちが強ぇかだけだ。・・・ケリつけようぜ?クソ野郎。」
言葉を終えたミサオの身体に、力みは無い。
自然体。
両足を肩幅に開き、ミサオはただその場所に立っている。
「・・・武器も持たずとは。貴様は、余程の馬鹿なのか?・・・なら・・・死ねっ!」
言葉を終えると同時に、元エドワルドの右拳がミサオの左頬にめり込む。
そのまま吹っ飛ぶミサオ。
しばらく空高く舞い上げられ、そのまま地面に落下する。
(ズン・・・。)
「おい!あのバカ、避けもしないで!何を・・・痛ぅ!」
眼前の光景に声をあげるが、痛みに顔を思わずしかめるセルジオ。
「・・・パピはまた、何で身体強化まで解いて・・・。」
処置無しという顔で肩を落とすムサシ。
「意地よ。」
「え?」
いつの間にか隣に居た、母の言葉に驚くムサシ。
「自分の恋女房に危害加えられそうになったんだもの。やらない訳ないじゃない。・・・だって、あなた達のパピよ?」
言葉を終えると、頬を赤らめながら急にモジモジしだすクミコ。
だが、砂煙の中で倒れている夫の勝利を、微塵も疑わずに微笑む妻の姿がそこにあるという事を、ムサシは即座に理解する。
「別に無理して生身で戦わんでも良いのに。こういうとこ、パピだよなぁ。」
コジローが苦笑する。
「俺は、わかんなくもないかな?・・・理不尽大嫌いだし、身内に手を出されたら、俺だって徹底的にやるもん絶対。」
確信の表情を見せて、うなずくサンシロー。
「・・・あんなヤツ、ボコボコだよね!パピだもん。アイツ、終わったねっ!」
戦いの舞台から目を背けず、父の勝利を信じる眼差しのジョロ。
「かぁ~っ!ここん家は相変わらずおかしいわ!父親ぶっ飛ばされてんの目の当たりにしてこれだっ!相変わらずぶっ飛んでやんの!」
ジェイは永井家の家族たちの反応に、涙目で笑う。
「とにかく早く、塩唐揚げ。ミサオ、早く勝て!」
セルジオを抱えたドリトスはミサオの振る舞い飯しか頭にない。
「このスカポンタン!・・・ミサオも何やせ我慢してるんだか。」
呆れるサブリナ。
「ムサシさん!・・・大丈夫ですよね?ミサオさん、勝ちますよね?」
悲痛な目でムサシを見上げるリュミア。
「ウチの大黒柱はさ。勝つのは当たり前。・・・それよりも、パピは勝ち方にこだわってるんだ。わざわざ勝負に自分で縛りをかけて。もうアレは酔狂としか思えないな。・・・ただ、ウチの家族はあれを見てるから、皆が真似してしまうのが困る。・・・俺も感化されてる口だけどね。」
優しい瞳でリュミアを見つめるムサシ。
「そ!そうですよね!うん。皆さんバカみたいに強いし。考え無しに突っ込むし。」
リュミアは褒めてるつもりだが、多分ズレている。何かが間違っている。
「リュミアちゃん?それ、ウチの家族が脳筋ばかりみたいに聞こえるんだけど・・・。まあ良いわ。あなたもこういうのは慣れて貰わないと、この先大変だから。ふふっ、若い女の子の着せ替えとか、憧れだったのよね!」
「ク、クミコひゃん?それってどういう・・・。」
クミコの言葉にあたふたするリュミア。
「ほら!パピが!」
ジョロが指差す先に、皆の視線が集まる。
「・・・こんなもんかよ、クソ野郎。何が闇のなんたら様だよ?所詮チンピラじゃねぇかテメェは。・・・ん~~。ふん、ふふ~ん。」
鼻や口から出血しながらフラフラと立ち上がり、急に鼻歌を口ずさむミサオ。
「・・・我の一撃で、脳が早々に壊れたか。立ち上がったものの、やはり羽虫は羽虫。目障りだ。消えろ。」
またもや瞬時にミサオの目前に現れ、拳を叩きつける元エドワルド。
が、ミサオがその拳を左手だけで止める。
「・・・まだ、リズム合わねぇな?演歌じゃねえし、J.POPでもねぇか。あ、あ。うん。」
タイマン中に、ミサオが謎の言葉を発する。
「・・・貴様。我の拳を止めたのは称賛するが、やはり頭にかなりのダメージがあったようだな。一思いに楽にしてやる。」
元エドワルドがいきなりの蹴りを放つ。
正面から食らって、再び後ろにミサオが吹っ飛ぶ。
「・・・そうか。テンポが合わんかったが、これか。・・・来いや、クソ野郎。」
またもや立ち上がり、右手を前に出して、来い来いと挑発するミサオ。
「うぬ!虫の生命力は侮れぬと言う事か・・・ならば何度でも這いつくばらせてやろう。慈悲を乞うまてな!」
三度ミサオの前に現れる偽エドワルド。先ほどより早い拳の連撃。
しかし今度はミサオも避ける。
スウェー。ダッキング。さばき。
歩法の妙。
魔法に頼らず、蓄積された技を縦横無尽に使い、元エドワルドの攻撃を華麗に流す。
「・・・この世界にお節介。現代から来て何したいんだい?」
「!・・・貴様、何を?」
攻撃を当てられずに焦る元エドワルドに聞こえる歌声。
「俺の正義で、テメェ難儀。・・・お前の正論、ただ暴論。お前は闇?俺達はマミ!互いの上は同じく恐怖っ!」
ミサオの蹴りが異物の腹にめり込む!
「・・・羽虫が、急に何の世迷い言を?そんな攻撃で、我を倒せると思ったか?虫けら!」
また元エドワルドの拳がミサオを襲う。
ミサオは避けようとする。が、元エドワルドの腕が異様に更に伸びる。
距離感がずれてミサオがまた被弾し、後方へと吹き飛ばされる。
「・・・ひ弱すぎる。この世界に生きる物たち。その全てが我が闇の勢力よりも下等生物。自らの能力さえも測れんとは、呆れ・・・!貴様!まだ立つか!」
優越感に浸る間も無く、ミサオがまた立ち上がる。
「・・・HEY.YO!テ・・・メェの親、偉かろうがおや?テメェの力考えてみろ、おりゃ!」
ミサオの右回し蹴りがヒット!
その蹴りの威力に元エドワルドの足元が横に滑る。
「・・・パピ、さっきから何言ってるの?」
ジョロが首をかしげて、クミコに疑問を投げかける。
「・・・多分、歌ってるんだと思う。しかもアレ・・・ラップってやつかな?・・・ジョロ。パピね、テレビアニメとか好きだったのよ。ロボットみたいなヤツ出てきて、歌で世界を救う的な?私はよくわからないけど。」
クミコも言いながら苦笑する。
「・・・やはり、アイツはバカだ。・・・この世界一の、大馬鹿もんだ!歌?戦いの最中に?クミコよ!アイツは・・・ゲホッ、ゲホッ!」
クミコの発言が耳に入り、文句を言おうとするがむせてしまうセルジオ。
「グラマス!無理に喋らないで!・・・でもパピ、あれから動き良くなってますよ?確実に。・・・タイミングを計ってる様に見えますが。」
ミサオの動きに対して、冷静な分析をするムサシ。
「みんなの笑顔、それが最上!だから最高!お前最後っ!・・・ここでテメェはGO.TO.HELL!」
ミサオの蹴りがラップに合わせて、連続で繰り出される。
コマの様に。竜巻の様に。
「ぐ!ぎ!ぶ!」
元エドワルドの顔や横っ腹に、ミサオの蹴りが何度も何度も当たる。
「おい!エドワルドだかって名乗ってたバカ野郎っ!・・・人間は、てめぇからみりゃあ弱ぇんだろうよ。でもな?強くなれんだよ。・・・守るもんがありゃあな。それが自分の愛するもんだったら・・・最強だ!」
ミサオの中段突きが、元エドワルドの土手っ腹にめり込む。
「は?」
元エドワルドが、ミサオの拳に膝を折る。
「・・・何故?貴様の様に非力な羽虫が・・・。」
呆然とミサオを見上げる形の元エドワルド。
「息子達に聞いたんだわ。・・・この世界じゃ、想像力がモノ言うらしいってな。それ知っちまったら、もう無敵よこちとら。」
真面目な顔で言うミサオ。
「それがどうだと言うのだ。それが我に対抗出来る力に、何故変えられる?」
膝を折って腹を押さえた元エドワルドが、納得出来ない顔でつぶやく。
「だってそうだろ?俺ぁお前に勝ってるシーンしか頭に浮かばねぇから!殴られてる時の痛みは、想像してなかったから計算外だったけどよ!」
ドヤ顔で元エドワルドに言い放つミサオ。
「そ・・・んな。そんな理由で・・・。な、納得出来るかぁ!」
不意に立ち上がりミサオに組み付く元エドワルド。組み合った形で、2人はそのままゴロゴロと地面を転がりながら殴り合う。
ただ、殴り合う。
「・・・なあ?これ、この世界における、いわゆる頂上決戦だよな?あのミサオの相手って、さっきのデカブツよりすげぇヤツなんだよな?・・・何で殴り合いになってんだ?素人じゃねえんだから。」
あまりの光景に、頭を左右に振るジェイ。
「とどのつまり、どっちが強いか。どっちの想いがより深いのかの争いになってしまった様ですね・・・。泥臭い、青いやり方に。」
ここでもムサシは、目の前で繰り広げられる戦いを分析する。
「何か、見てるこっちが気恥ずかしいわなぁ。もうほっといても良くないかい?」
さっきまでの大規模な戦闘と比べて、ため息混じりになるコジロー。
「能力も何も無いもんなあれ。お互いガキじゃねえんだから。」
単なる喧嘩にしか見えない状況に、ふくれっ面のサンシロー。
「・・・でも、パピらしい。・・・うん!パピだよ、アレは。」
ジョロの言葉に、結局は皆、無言で同意する。
「・・・そろそろ、終わりの様ね。」
クミコの言葉に、又その場の皆が注視する。
「この、憎きゴミが!これで、これで貴様を消し去ってくれる・・・。」
「何ぃコラッ。ボコボコのツラしていきがんなやクソが!・・・ならこの一発で終いだ。・・・お互いにな?」
元エドワルドとミサオ。2人はボロボロの身体にムチを打ってその場に立ち上がる。
互いに肩で息をする。
闇だとか人間だとかはもうどうでもいい。
お互いに、自らの想いを乗せて。
ただ相手に向かって走り、その右手を引いて、相手に放つ。
お互いの顔に、主張を、信念を込めた拳を叩きつける!
「グボッ!」
「グハッ!」
2人の口から、息が吐き出される。
「パピ〜〜〜ッ!」
戦場に、ジョロの叫びが響き渡る。
数瞬間が空き、2人はその場に倒れ込む。
「相、打ちか・・・?」
「・・・わからん。だが、今は近寄れん。」
ジェイの問いに対して、セルジオも答えを持たない。
「パ~ピ~~~ッ!」
我慢出来ず、ジョロがその場から、ミサオの方へと走り出す。
自らの父であり、時には師匠であり、時には友であり、時には兄。
ジョロにとってのかけがえのない家族。
人間として生まれた訳では無く、その血を分けてる訳でも無い自分との絆。
魂の家族という固い絆。
それだけがジョロを突き動かす。
「パピッ!パピッ!パピ~~〜ッ!」
既にジョロのその瞳は、涙に濡れている。
涙が流れるのもそのままに、ジョロは走る。
そして・・・。
「パピ!パピ!起きて!パピッ!」
うつぶせに倒れたミサオの身体を揺するジョロ。
そばに倒れた元エドワルドになど、一切目もくれずに。
「ダメだよパピッ!みんな待ってるから!パピ!起きてよ!・・・パ~~~ピ~~~ッ!」
絶叫が闇に覆われた空に響き渡る。
その絶叫が消えると共に、黒い霧に閉ざされた空から、少しづつ太陽の光が差し込んでくる。
「・・・その、大声、近所迷惑だぞ?ジョロ。」
腫れた顔。あちこち切り傷で出血もしている。
少し喋りづらそうな感じで、ジョロの叫びに応えたミサオ。
「パピ!パピ!勝ったよ!パピ勝った!」
目を開けたミサオを、思い切りジョロが抱きしめる。
「痛いっ!痛ぇってジョロ。お前の抱き締める力でそれこそ死んじまうからっ!・・・大体、俺が負けると思ったか?心配性の甘えん坊が。・・・でも、正直言うと、全身バッキバキだわ。・・・ここは男として頼む。・・・起きるの、手ぇ貸してくれるか?」
「・・・うん!捕まって。・・・いくよ?よっこいしょ!」
ミサオの腕をつかんで、ジョロが懸命に引き上げる。
「イタタタ。・・・お前さんも、力付いたな?パピも感慨深い。うん。ウチの子最強!」
末っ子の成長に微笑む、見た目はズタボロの父。
「・・・れで・・・なよ。」
倒れた元エドワルドの方から、微かな声が聞こえる。
「ん?・・・辞世の句でも残してぇのか?武士の情けだ。・・・聞いてやる。」
ジョロの支える手から離れ、ミサオが横たわる元エドワルドの横に膝をつく。
「・・・これ、で、終わり、などと、思うなよ、ナガイ・・・ミサオ。・・・この、世界の、覇は唱え、られなかったが、御方様の、大望は、いくつもの、計画で、必ずや、必ずや!・・・。」
「おい!ちょっと待てテメェ!その先はっ!肝心な所!言えよ!おま・・・。」
思わず身体を掴んで揺するミサオの目の前で、元エドワルドの瞳から光が・・・いや、赤い色が失われてゆく。
闇の勢力の根源。御方様と呼ばれる者。
その情報が、ここで途切れてしまう。
しかも、元エドワルドの言葉から、闇の勢力にはまだ策がある事をミサオは匂わされた。
「後引く展開残しやがって!・・・とりあえず戻ろうか、ジョロ。・・・パピはマミに癒されないと無理。もう無理!」
気が抜けたのか、急にミサオが駄々をこねる。
「にーにー達!パピ運ぶの手伝って〜っ!」
ジョロの声に、ミサオの息子達とクミコが集まって来る。
これでひとまず。
これで一旦。
ヒノモトの地は、永井家と仲間たちの一丸となった想いによって守られた。
ミサオが守りたかった人々の笑顔が、間違い無く守られたのだ。
この日、カチオ教国と闇の勢力との出入りは、ヒノモト村の勝利で幕を閉じた。




