第35話 黒魔龍墜つ──そして闇は再び蠢き出す
> 【種別】封印種──黒魔龍
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> 【体長】推定30メートル前後
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> 【特徴】
> ・全身を覆う黒曜石のような鱗(物理・魔法耐性高)
> ・紅の瞳:標的を捉えると執拗に追い続ける
> ・ブレス:高温の炎/瘴気の混合ブレスを使用可能
> ・高い飛行能力、風の魔力を操作しているものと推定
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> 【危険度】S+(単独で都市規模の壊滅可能)
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> 【備考】
>遠い過去に、不思議な力によって 封印を施された種の為、通常は肉体を持たず、封印場所において復活を封印にて阻害の上、常時監視されている。イグナシア近代における目撃・活動例無し。封印が解かれた場合、危険度高の為、何人たりとも封印を破る事は禁忌とされる。尚、古文書にドラゴンの出現による国家規模の壊滅例がいくつか見られる。
「ちょ、グラマス!このドラゴンの説明、見てみ?」
ミサオがセルジオに、検索をかけた回答を表示しているスマホを気安く手渡す。
「お主も訳のわからん魔道具を、ホイホイと気軽に渡してくれるのぅ。・・・ふむ。ワシもドラゴンなんて生で初めて見るからの?猛威を振るった痕跡はあちこちにあるらしいが・・・あれだけの巨体が空を飛ぶなんてのぅ。いくら羽があろうと、それだけで器用に飛行制御出来るとは思わん。魔力量も並ではなかろう。後は・・・地上での素早さか、不明なのは。」
スマホをミサオに返しながら、意見を述べるセルジオ。
「こっちでもドラゴンって言葉は共通なのか。・・・ま、問題があるとすればそこだよなぁ。だが、せっかくのS級冒険者2人の晴れの舞台だ。落ちて来てからが俺達の見せ場だぜ。」
まだミサオの表情には焦りが無い。むしろ色々試したそうな、いたずらっ子の様な表情に見える。
そうしている間にも、刻一刻と空の向こうから、ドラゴンが近付く。
黒い点だったものが視界の中で大きくなるにつれにつれ、陽の光を浴びてより一層鱗が光り、その両の翼を一振りするだけで空気が震え、森の木々の梢が大きく波打つ。
鋭い爪は銀色に光り、尾はしなやかにして巨大なムチのように見える。頭部には異様に鋭い角が左右に伸び、口元からは赤黒い熱気が漏れ、ブレスの予兆を示している。
瞳は深い紅で、知性を感じさせる光が宿り、見る者に恐怖を植え付けるような威圧感がある。羽ばたくたびに轟音が鳴り響き、地上に強烈な突風が吹き荒れる。
地上のカチオ教国兵たちが身を縮める中、ドラゴンは高空で一度大きく旋回し、まるで獲物を選ぶかの様に、ヒノモト村の防壁の方向にその目を向けた。
「行けるかい?グラマス。」
ドラゴンを見つめたまま、ミサオが問う。
「貴様、どんな悪巧みを練っておる?」
セルジオもドラゴンを見据えたまま、腰の剣を抜く。
「まずは俺の自慢の息子達がぶちかましてくれる。ジジィたちの出番はそれからだ。・・・ムッちょん、後はよろしく!」
ミサオがインカムから長男ムサシに声をかける。
「了解。S級冒険者のお2人は、せいぜい下で出番待ちしていて下さい。重力・火・水と氷・土と風。・・・どれから行くか・・・。」
防壁の上で向かって来るドラゴンを見据えて、ムサシが腕組みする。
「ムッちょん!言い忘れた!ドラゴンのブレス、高温の炎だけじゃ無くて、瘴気との混合らしい。それと空飛べるんでも分かる通り、風魔法得意らしいから気を付けてくれ。スマホでの検索結果だから!追伸終わり!」
再度ミサオからの連絡が、ムサシに届く。
「・・・パピ〜。ありがたい情報ですが、それ先に下さいね?」
ムサシは軽くため息をつき、弟たちに視線を向けた。
「聞いての通りだ。炎を吐く相手にコジョの魔法はそのままだと相殺されるよな。サンくんの方が妨害しやすいか?」
「・・・俺の氷なら、炎の流れ位なら抑えられると思う。」
サンシローの目が、ほんの一瞬、氷色に染まる。
彼の背後に狼のような幻影が淡く現れ、風に混じって冷気が走る。
「俺は、炎熱を絞って一点に叩き込む。羽根の付け根をしつこく狙って、炙り落とすかなぁ。」
コジローの口元に、火花のような紅が瞬く。
背中に、炎を纏った獣の尾の幻影が揺れ、周囲の空気が瞬間、熱を帯びる。
「じゃあ、僕は地面から。落ちた時に動き封じる。足場の準備をすぐ出来る様にしておくね!」
ジョロは小さな拳を強く握りしめると、防壁上に立つ足元に、波紋の様な波が広がり、地面が低く唸る。
「みんな、いい男の顔してるな。」
ムサシは静かに微笑む。
その背後で、まるで牧羊犬の様な影が、その場の空気を支配していく。
「・・・まずは重力で俺が先手を取る。奴の身体ごと、上から押さえつけてみる。コジロー・サンシロー・ジョロは、俺のタイミングに合わせてくれ。」
「「「応!」」」
兄弟の声が重なった瞬間、四方の風が唸るように鳴った。
ムサシがその場で、向かって来る黒いドラゴンに両腕を掲げると、空の一点に見えない圧が生じ、ドラゴンの上空から、その巨体を押さえつけるように重力場が収束する。
「サンくん!」
「了解っ!」
サンシローが指を鳴らすと、何本もの氷の牙生まれて空を裂き、ドラゴンの身体の周囲全体を囲んで、風の流れを封じるように冷気の壁を張りめぐらせる。
ドラゴンの翼には霜がつき始め、動きが鈍くなる。
「コジョ!」
「こっちは任せろ!」
コジローが両手を前に突き出し、自らの前面に生成した何十何百という白色の炎の矢が、ドラゴンの両の翼目掛けて射出され、次々にその羽根の付け根へと突き刺さる。同じ場所に 高熱が集中し、翼にある鱗の継ぎ目が徐々に焼けただれ、翼がきしむ音を立て、ドラゴンが叫び声をあげる。
「キィヤ〜〜〜オゥッ!」
「ジョロ!」
「はいっ!」
ムサシの声で、ジョロがその場にしゃがんで足元に手をつくと、ドラゴンが抑えつけられている下方の大地が盛り上がり、落下地点に石の杭と泥の罠がせり上がる。
「落とすぞ〜〜〜っ!」
ムサシが声を張り上げる。
ムサシの魔法による上方からの重力が一気に強まり、風を封じられ、翼の付け根が焼かれたドラゴンが悲鳴のように咆哮を上げる。
「グギャアアアアアァァァァァッ!」
その巨体が抵抗を試みるも、耐えきれずに空を切り裂きながら地面に落下してゆく。
「決まれっ!」
言葉を放ったジョロの罠に導かれる様に、ドラゴンは地上に叩きつけられ、沼状になった地面からは大量の泥が高々と噴き上がり、その周りからは土煙が防壁の高さを越えて舞い上がる。
「何とか足止めは出来た様だな。」
ムサシが呟き、弟たちも息をつく。
防壁の下でその光景を見上げていたミサオが、にやりと笑い、セルジオに一言。
「見たか、グラマスッ!・・・あれが俺の、自慢の息子達だっ!」
「・・・まったく、お前に似ず、出来すぎじゃな。」
ミサオにぼやきながらも、セルジオが剣を抜き、地上の土煙を見つめる。
「さぁ、ここからは俺たちの仕事だ。」
地に伏した黒龍が、ゆっくりと首をもたげ、再び紅い瞳を光らせる。沼地に足を取られ、周囲を岩の杭で囲まれている形のドラゴンだったが、これもいつまで通用するかはわからない。
ここからは、大人2人だけの見せ場である。
「・・・パピ、これで指揮権、お返しします。」
防壁の上からムサシの声が、インカム越しにミサオに響く。
皆の視界に映るドラゴンは、地上に叩き落され、泥沼の中でのたうち回っている。
ミサオはにやりと笑い、セルジオに目をやる。
地上に叩きつけられ、土煙の中で蠢く黒龍。その紅い瞳が再び光り、首をもたげると、空気が一瞬にして張りつめた。
「さぁ、ここからは俺たちの仕事だ。」
セルジオが剣を構え、ミサオは手元にスマホを握りしめている。
「グラマス、先に行ってくれ。俺がいたずら仕掛けるから、それに合わせてくれよ。」
「ほぅ?これはまた面白い手筈だの。なら、ワシが先に踊って見せようか!」
ミサオの提案にいきなり地を蹴って走り出したセルジオが、ドラゴンの右側面にいきなり転移して回り込み、銀の剣が鱗をかすめて火花を散らす。
「んじゃ、次は左にポチッと!」
ミサオがスマホのアプリをタッチし、今度はセルジオの身体が、閃光のように左翼の付け根へと転移する。
「そこか!」
剣がうなりを上げ、左の翼の根元に深い傷を刻む。
「次は背中!」
ミサオの指示に合わせ、セルジオは転移させられたドラゴンの尻尾の付け根からさらに高く跳び、黒龍の背中の真ん中位で、両手で構えた剣を大きく振りかぶる。
「っらあっ!」
剣が紅く煌めき、ドラゴンの背の鱗を切り飛ばした。
「いいぞ、グラマスッ!次は尾の付け根だ!」
スマホを操作するたびに、セルジオがドラゴンの周囲を飛ぶように転移し、刃を走らせる。まるで戦場全体がセルジオの剣舞の舞台であり、ミサオは舞台監督の様に、役者であるセルジオを自由自在に動かす。
「まだまだ!翼を封じろ!」
「言われずとも!ふん!」
ミサオの指示で、セルジオが鋭い剣撃を放って左翼の骨を断ち、ドラゴンが苦悶の咆哮を上げる。
「いいツラしてるぜ、グラマス!」
「そっちもな、このへんてこチート野郎!」
軽口を2人が話す間に、黒龍は痛みに耐えかね、憤怒のブレスを吐こうと口を開こうとする挙動にミサオが気付く。
「グラマスッ!ブレス!止めてくれっ!」
ミサオがスマホのアプリを叩くようにタップし、セルジオが瞬時にドラゴンの紅い瞳の前へと出現する。
「覚悟!」
セルジオの剣が閃光となり、ドラゴンの両の瞳とブレスの熱風を幾重にも切り裂く。
ドラゴンが悲鳴をあげ、その巨体が岩の檻の中で再びのたうち、その身の自由を制限する泥水を辺りに何度も跳ね飛ばしていた。
「よし!・・・あとは、トドメだな。」
ミサオがスマホを胸ポケットにしまい、ドラゴンを正面に見上げるセルジオの隣へと並んだ。
ここでミサオがはたと気付く。
ミサオはセルジオにトドメと言いながら、自らの手元には武器が無い事に焦る。果たして素手の一撃で決められるのかと、今さらその場で悩み出す。
その時、防壁の上から直接ジョロの声がミサオに響く。
「パピ〜〜〜〜ッ!」
「ん?」
ミサオとセルジオが防壁の上に目を凝らすと、ジョロらしき小さな人物が、大地の魔力を込めて生成した、その身体には不釣り合いな大きめの槍を、両手で構えているのが姿が視界に入る。
「これっ!パピ、使ってぇっ!!」
ジョロが渾身の力で槍を投げ落とそうとしている。ミサオは慌ててスマホを取り出して、アプリをタップすると瞬時に移動し、槍が地面に刺さる前に右手で掴み取る。
「ナイスだジョロッ!・・・やっぱ、みんなの可愛い末っ子だわ!」
「・・・パピっ!・・・負けないでねっ!」
「おぅよっ!ジョロが・・・みんなが見てるなら、カッコ悪いとこは見せられねぇな!」
ミサオはジョロの声を背に槍を構え、ゆっくりと歩を進めながらのたうち回る黒龍の前に立ち、その紅い両の瞳を見据える。
「さぁ・・・いくぜ。おとぎ話の悪役野郎。」
右足を半歩引き、腰を落とし、槍の穂先をドラゴンの胸元に据える。
息を整え、一度つぶった両目をかっと開き、八極拳の裡門頂肘を撃つ時の様に、ドガンと地面を踏み込んで、ジョロの想いが詰まった槍をドラゴンの胸元へと突き入れる!
「これが、永井家の武術ってやつだ!」
ミサオが吠え、その槍が胸元の一点へと吸い込まれる。
「グオオオオォォォォ・・・。」
黒龍の巨体を守る硬い鱗とミサオの槍がぶつかり合い、辺りが轟音に包まれる。
ジョロを始めとした永井家の息子達も、防壁の上で、その光景を目を見開いて見守っていた。
「・・・パピ〜〜〜ッ!がんばれ〜〜〜っ!」
ジョロの声が戦場に響き渡る。
「俺ぁよ。今んとこ、出来のいい息子達みてぇな魔法のセンスなくてよっ。・・・身体鍛えて身体強化位が関の山。だからウチの末っ子もわかってたんだな。お前さんに決める一撃に何が必要かってなっ。・・・俺ぁ八極拳なんて武術も覚えててよ?その動画の中のお師匠さんが、なんと槍の名手でな。神槍なんて二つ名付いてんだわ。ま、勝手に弟子名乗ってるにわかだけとよ。・・・恥かけねぇから、決めるぜっ!これが人間の・・・積み上げてきた力だこんちくしょうめ〜〜〜っ!」
硬い鱗に止められた槍を、精一杯の力と想いを込めて、ミサオが更に奥へと突き刺す!
(ピキ・・・ピキピキペキッ・・・ペキベキッスブッ!)
ドラゴンの心の臓に届いたミサオの槍が、尚も先へと突き入れられる。
家族が力を合わせた、大地を震わせる一撃が、災害級の魔物を屠った瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
遠くで地響きが鳴り、土煙が大地を覆い尽くしていた。
「・・・何だ、この揺れはっ!一々騒ぐなっ!周りの兵を落ち着かせよっ!たかが風が強まっただけの事、早く周りの聖騎士たちに伝令を走らせよっ!」
そばにいた馬に乗る警護の上位聖騎士に声をかけ、枢機卿代理エドワード・ギルモアは椅子から立ち上がり、馬車の窓から顔をのぞかせて、ドラゴンが落とされた戦場を睨みつける。
その視界の先では、巨大な黒い影が土煙の向こうでうっすらと、もがく姿が見える。
「あ、あれは・・・!」
「あの黒龍が・・・倒された・・・のか・・・?」
馬車の周りで警護の任に着いていた聖騎士たちも、言葉を失ったまま呆然と立ち尽くしている。
信じられないという表情のまま、剣を持つ手が震えている者まで見受けられる。
改めて再編成され、ヒノモト村へ向かう途中の聖騎士も、目に映る光景に恐怖をにじませる。
「まただ・・・またあの永井家に・・・!」
(もう俺たちには・・・無理だ・・・。)
一度屈辱と恐怖を味わった彼らの心には、もう恥も外聞も・・・信仰の力さえも無い。
更に、戦場の後方に控えていた信者による義勇兵たちも、元々戦場経験など無く、神官たちの言葉に乗せられて出兵に加わった者たちがほとんど。 黒龍が地に伏したのを見た瞬間、彼らの理性など完全に吹き飛んでしまう始末。
「あの怪物が・・・倒された・・・カチオ様の奇跡では無かったのか?」
「聖騎士様でも敵わない者たちに、俺らが勝てる筈が・・・。」
「・・・うわ〜〜っ!逃げろ〜〜〜っ!」
1人が叫んで走り始めると、そこから次々にその場を離脱しようとする者が出始め、それによって隊列が崩れてゆく。
「静まれっ!貴様らは聖なる使命を忘れたかっ!戻れっ!厳罰に処すると下知したであろうが!」
ギルモアがたまらず馬車から降りて怒鳴り、兵の逃走を必死に止めようとするが、混乱はすでに広がりつつある。
ここで、馬から降りてギルモアのそばに走り寄って来た上位聖騎士が進言する。
「閣下!一旦撤退を!・・・このままでは混乱が拡大し、は、敗北の兆しさえも出ております!どうかご英断をっ!」
黒龍が地に伏し、戦場全体にカチオ側の劣勢の空気が広がる中、それまで耐えていた兵たちついに堪え切れず、櫛の歯が抜けるように隊列から逃げ出した。
指揮官役である上位聖騎士の怒声も、ギルモアの激しい叱責も、もう彼らの耳には届かない。
「何をしておる!戻れ!村を焼き払えと言うておるのだ!」
声はかすれ、顔を紅潮させたギルモアの手にした杖が地面を虚しく叩く。
しかし、その行為を見て、更に他の聖騎士たちの間にも動揺が広がり、余計に逃走する者が現れる。
「我らはカチオの威光を示さねばならぬ!進めぇッ!」
必死に命令を叫ぶギルモア。
だが、その足元から、静かに異変が始まっていた。
急にギルモアの足元がぬかるみ始め、次の瞬間、地面から無数の石作りの杭が、ギルモアを起点の中心として取り囲む様に立ち上がってゆく。
馬車につないでいた馬たちが驚いて跳ね、他の馬に乗っていた聖騎士たちも、余計に混乱に陥る。
「何だこれはっ!警護の者の防御魔法は、結界はどうしたと言うのじゃっ!」
叫ぶギルモアの周囲を、永井家の息子たちの魔法が尚も封じ込める様に、今度は炎と氷の壁を築いて周囲から隔離してゆく。
周りにどんどんと檻が生成され、恐怖に駆られた聖騎士たちは動けずにその場で息を呑む。
ギルモアがようやくその絶対絶命の状況に気づいた時、目の前に1人の男が突然出現する。
自らの宿敵、永井家の大黒柱、ミサオである。
「・・・これで終いだな、カチオの偉いさんよ。」
ミサオは薄く笑みを浮かべながら、片手を腰の後ろに当て、もう片方で杖のように槍を逆手に持つ。
「貴様・・・永井家・・・!異端者め・・・!」
ギルモアが杖を振り上げるが、その腕はミサオの掌底で弾かれて杖が宙を舞い、石で出来た杭に当たって、あさっての方向へと消えてゆく。
続けざまにミサオはギルモアの足を払い、腕をひねって両の膝をつかせる。
「これもケジメだ。おとなしくしてろやっ!」
暴れてミサオの拘束から逃げようとするギルモアの後ろから、今度はセルジオが現れて、右手に持った剣の切っ先をギルモアの首筋に当てる。
「これで詰みじゃの。・・・カチオのトップも、この戦いもしまいじゃな。」
ギルモアは荒い息を吐き、膝をつきながら、永井家とセルジオを睨みつける。
だが、もはやその瞳に宿るのは狂気と怯えが入り混じった光だけだった。
周囲の聖騎士や兵たちは、すでに剣を捨て、誰もギルモアの側に寄ろうとしない。
混乱の末に残ったのは、土煙の中、膝をつくカチオの最高権力者と、遠巻きにそれを見つめる数名の聖騎士たち。そして、それを取り囲む様にその場に集った永井家の息子たち。
聖カチオ教国の実質的トップ、エドワードギルモア、捕縛。
魔法を解き、捕虜になった者達を村へと連れて行こうとする永井家の面々の視界に、声をあげて向かって来る集団が映る。
「まだだ!まだ我らにはカチオの加護がある!異端を殲滅せよ!」
恐怖に震えながらも、その信仰に未だ従おうとする聖騎士たちが数十名、尚も武器を振り上げ、突撃してこようとしている。
「・・・まだやる気か?ったく、懲りない連中だな。」
ミサオがギルモアの首根っこを掴みながら、ため息をつく。
その同じタイミングで、今度は防壁の上で見張っていたグレンがインカム越しミサオたちに報告を入れてくる。
「総長。カチオの残党が十数名、村の入り口突破して、中央通りに向かって入り込んできてまさぁ。ま、下の方は任せといても平気ですが、一応ご報告させていただきやす。」
グレンの報告に応える様に、村の中央では村民たちが、現代世界でミサオがあちこちでかき集めたスタンピストルや防犯スプレーを握り、聖騎士たちの残党の前に進み出ている。
「・・・もう、いい加減にしな。」
年嵩の村人が手にしたスタンピストルで、突進してきた聖騎士の胸を狙って撃つ。
「なっ、ブブブブブッ・・・。」
そのまま硬直し、倒れる聖騎士。
「縛り上げろ。」
年嵩さの村人の言葉に、周りの村人が素早く動く。
そこに冒険者ギルドの有志も合流し、剣を抜いて聖騎士と鍔迫り合いを始め出す。
「聖騎士だろうが何だろうが、この村を荒らす奴は許さねえ!」
勇敢な冒険者の1人が叫び、手に持った斧を振り下ろすと、聖騎士の剣が折れて、地面に転がされる。
「帰れ!二度と来るな!ここは、俺たちの村だ!」
戦力の差など既に存在せず、村人と義勇軍の必死の抵抗が、カチオの聖騎士たちの戦意をどんどんと削いでいく。
ついには1人、また1人と剣を落とし、先に膝をついて降伏の意思を示す聖騎士が現れた。
「ウチの村人たちも随分と逞しくなったもんだ。・・・終わってみれば、あっけねぇな。」
ミサオはギルモアの襟首を掴んだまま、セルジオに視線を送る。
「こっちはこっちで、有能なお前さんのパーティーが始末をつけ終わって。本当に大人の手を借りずに、何でもこなしてしまう器用さよ。」
襲撃してきたこちら側の残党も、永井家の息子たちの手によって、次々と縛り上げられている。
「さぁ、お前さんに付き従う者たちも、これで消えた。これで全て終わりだ。」
セルジオが短く笑い、剣を納める。
ギルモアはうめき声を上げながらも、もはや抗う力もなく、ただ地に這いつくばっていた。
「終わりだ、ギルモアとやら。・・・カチオの教えがどうだろうが、俺たちにゃ通じねえ。」
ミサオがギルモアに冷たく告げる。
その時、村のあちこちから、歓声とため息が入り混じった声が上がる。
ヒノモト村側の、完全勝利。
誰もがそう思い、確信したその時。
「・・・やはり人間如きの浅知恵か。せっかく残してやった秘術で、ドラゴンを使役出来てももこの体たらく。所詮使えぬウジ虫の国が。・・・だが、御方様の遠大なる計画には好都合。・・・せいぜい利用させて貰うとしよう。哀れな竜よ。御方様の慈悲深きその力によって、再び蘇生し、この地を、この世界の生きとし生けるもの全てを蹂躙するのだ!」
どこからか響く声が終わると、空の色がどんどん闇に包まれてゆく。
今まで日が昇っていた筈の空が、急に夜へと移り変わる。
気付けば空には大きな月が浮かんでいる。
そしてその大きな月の天辺からじわじわとヒビが入り始め、丁度縦に1本の太い線が引かれた様になり、月の表面が内側から押し出される様に左右に開かれ、大量の黒い霧が溢れ出してくる。
その黒い霧は、息の根を止められたドラゴンを包み込む。
「あの野郎・・・やっぱ来やがったか。マミへのあの一撃、忘れてねぇぞ?エドワルド・・・モドキ。」
ミサオがその様子を見て唇を噛みしめる。
ミサオの異世界転生の発端である闇憑き。その元である黒い霧。まだ全ての謎や、あの男の詳しい素性は解らない。だが、倒す事は課長さんとの契約であり、ミサオ自身のケジメ。
「みんな聞け!・・・今見えてるコイツがこの世界に現れた闇憑きの・・・異変の元凶だ!コイツを倒さねぇと未来はねぇ。腹ぁくくって倒すぞ!・・・どんな事あってもな。」
黒い霧を見つめながら、ミサオが拳に力を込める。




