第31話 ヒノモト――名を持つ場所、仁を掲げる一家
クミコ達の課長さんとの話し合いを終えた夜の事。ミサオは新居の布団の中で、ここ最近では珍しく、夢にうなされていた。
(・・・何だよこれ?・・・日本?・・・東京?)
ミサオの目の前に映る光景。それは、現代世界で何度も目にした風景。
(・・・この位置・・・川崎の浮島から・・・羽田か。新しい橋を越えて。車に乗ってんのか。でも何で、こんな所に?・・・火。・・・遠くで赤いタワーが燃えてる?・・・え?爆発?空港が・・・待て、何でお前さん達が・・・おい、行くなよ!・・・死んじまうぞ!待て、待てって!行くな~っ!)
「行くな~っ!」
夢のリアルさに、思わずミサオは大声をあげてしまう。
「何パピッ!どうしたの!」
隣で寝ていたクミコが、思わずミサオの身体を揺する。
「へ?・・・だよなぁ。自宅、だよなぁ。・・・ごめん、起こした?」
寝ていた布団から身体を起こして、頭を振るミサオ。
「・・・寝言言ってたわよ?大声で。・・・何かいやな夢でも見たの?」
同じ様に身体を起こしたクミコが、心配して声をかける。
「いや・・・あんまよく覚えてないんだけど、多分碌でもない内容だ。・・・うわ、汗かいてら。・・・ちょっとシャワー浴びてくるよ。」
「本当に大丈夫?色んな事、考え過ぎなんじゃない?」
「ん。・・・でも、それとも違う様な、自分でもよくわかんないんだわ。ただ、イヤな感じだけ残ってる。マミ、まだ早いから寝てな。俺は茶でもしばき倒してからまた横になるよ。」
「・・・しばき倒したら、余計寝れなくなる気がするけど・・・。お言葉に甘えて、もう一寝入りさせてもらう。おやすみ。」
「おぅ。いい夢見ろよ。」
ミサオはクミコを安心させる様に言葉をかけてから布団を抜け出し、浴室でシャワーを浴びる。
「はぁ~っ。サッパリする。この場所もここまでインフラ整ったかと思うと、感慨深いわ。・・・それにしてもあの夢、一体何なんだ?・・・現代世界に居て、何かデカいトラブル起きてて、その上仲間だと思われる奴等が無茶しようとしてって、どんだけめちゃくちゃな話だよ。・・・ま、夢だから話の辻褄とか合わないもんだろうけどもさ。」
ミサオはシャワーを終え、ダイニングの明かりのスイッチを入れて、冷蔵庫から冷やしたお茶をコップに注ぐ。
(ゴクッ・・・ゴクッ。)
「ぷへぇ〜。あ~さっぱりした。・・・やっぱ、無意識のプレッシャーなのかな?デケぇ出入りが控えてる状況だし。・・・実際向こうの世界でだって、化け物との戦いなんざあ想像出来ねぇし。」
お茶を飲み終えたコップを片手に、シンクの前でため息をつくミサオ。
「・・・言った所で、詮無い話か。今の俺にゃ、守るもんが一杯ある。・・・あり過ぎて、手に余らねぇか心配なくらいだ。本当に俺、大丈夫か?」
うつむくミサオ。
「イグナシアに来て、家族揃ってこれから楽しい異世界ライフ・・・って、甘いのかな?・・・課長さんの思惑乗って、チートでお気楽極楽ってか?そんな甘いもんじゃねえべさ・・・。一歩間違えりゃ、死ぬんだぜ?」
(バン、バン!)
ミサオが独り言を言いながらシンクの角を叩く。
「・・・まだ俺が死ぬのはいい。・・・痛いのはやだけどな・・・。だからと言って、他の誰かが死ぬのは尚更嫌だ。向こうの世界で、ムッちょんやコジョやサンくんを一度看取ってよ。・・・あんだけ辛くて、悲しくて・・・。たまんねぇよ、考えると。」
ミサオの目から涙がこぼれる。
「んぐ。・・・何で上手くいかねぇかな?・・・真面目になって、懸命に働いて、それでも生活苦しくなって副業して・・・やっと、やっとなのにこれだもんな・・・。」
誰にも言えない。誰にも言わない心の内を独白するミサオ。
「俺、前世か何かで悪行でも重ねたか?そんなに誰かに憎まれる事したか?冗談じゃねぇ!俺ぁずっと、ずっと家族が欲しくて、それだけ願って・・・。」
逃げられるものなら逃げ出したい。
先程見た夢が、ミサオの不安を表面化させてしまった。
今のミサオは正直、押し潰されそうになっている。
ミサオは自分自身をヒーローなどとは考えていない。
単なる人間である。だから悩む。虚勢も張る。感情が溢れ出す。
だが。
「・・・でもなぁ。子供達の笑顔見ると、な。やらなきゃって、思っちまうんだよな。・・・マミの前でもいい男でいてぇもんな、いつだって。・・・何で急に弱気になっちまった?俺。」
改めて、冷蔵庫から出した冷たいお茶をコップに注ぎ、喉を潤すミサオ。
(ゴクッ・・・ゴクッ。・・・キン。)
シンクの中に、空のコップを置く。
「大人になるって・・・辛ぇよな。」
ミサオが小声でポツリとつぶやく。
「・・・パピ、どしたの?」
ミサオが声の聞こえた廊下の方に目をやると、そこにはパジャマ姿のジョロが立っている。
「ん?どしたジョロ?」
「うん。おトイレ行きたくなったから。昨日ジュース飲み過ぎたみたい。・・・パピ、目、赤いよ?」
「・・・あ、いや、目にゴミ入ったみてぇでさ、気になって寝れなくなっちまったから、洗いに来たのよ。」
ジョロに尋ねられて、慌てて誤魔化すミサオ。
「それよりジョロ、早く寝なくて平気か?明日も道場あるぞ?」
「ん。・・・でも、トイレ行ったら、少し喉渇いた。」
「お?寝る前だから、お茶より水かな?座っとけ。持ってくよ。」
「・・・ありがとパピ。」
2人分のコップに水を入れて、ジョロが居るテーブルへと向かい、隣の椅子に座るミサオ。
「・・・お前もこっち来て、色々あったなぁ・・・。」
ジョロを見つめながら、感慨深げに言うミサオ。
「・・・そうだね。でも、楽しいよ?だって仲良しのみんなで一緒に暮らしてるんだよ?」
ミサオを見上げて笑うジョロ。
「そっか。・・・そうだよな、ジョロ。」
ミサオは思わず、ジョロの頭を撫でて微笑む。
「ねぇパピ。そういえばこの新しい村の名前って決めたの?」
いきなり話題をジョロが変えたので、一瞬ミサオが怯む。
「お?おぅ、そ、そうだな。そろそろ付けないといかんわな。」
「だよね?だよね?」
「ん?・・・ジョロ、お前何か考えてんのか?名前。」
ミサオが少し驚いて、ジョロに確認する。
「・・・えと・・・笑わない?」
頬を少し赤らめたジョロが、上目遣いにミサオの顔を覗き込む。
「笑わん。笑わんよ。・・・言ってみ?」
「んとね・・・ヒノモト。」
ミサオの問いかけに、小さな声でジョロが答える。
「ヒノモト?・・・どうしてだ?ジョロ。」
ミサオが素直に聞き返す。
「あのね・・・。僕達、向こうの世界の、日本って所から来たでしょ?・・・その日本って国のお話で、パピ言ってたよね?日出る国って昔は言われてたって。お日さまが世界の中で一番最初に昇る国。・・・お日さまの日。いつもお日さまの下で、みんなでお仕事して、みんなでお勉強して、みんなで集まってご飯食べて。全部がここから始まって、ここに全部ある。お日さまのもとでみんなで楽しく暮らしたいって。・・・だからヒノモト。・・・おかしいかな?パピ?」
「・・・。」
ジョロのおずおずとしながらの説明に、ミサオは無言になってしまう。
「やっぱり・・・おかしいよね?」
「・・・んな訳あるかいっ!俺は、俺は今モーレツに感動してんだよジョロッ!・・・よくぞ、よくぞ末っ子のジョロがここまで考えて・・・。いい!すっごくいい!それ採用。それ確定。ヒノモト、イイね!」
さっきまでの憂鬱な気持ちもどこへやら、ミサオの目には希望の光がみなぎっている。
「あの、パピ?」
「村の名前はヒノモト!・・・うん。周囲の国や街や村には、こう、バ~ンとインパクト与えなきゃな?アレか?金箔で村の名前んとこ、でっかく目立つ様にして・・・村の入り口に横断幕かけて看板新調して、紅白の垂れ幕だろ?あ、花輪も頼むか!・・・でも今言ったやつ、向こうの世界で用意しないとダメか?・・・。」
ミサオの頭の中では、早くも村のお披露目の段取りがどんどん進んでいる。
「パピ?あの、早く寝ないと、朝になるよ?」
ジョロはミサオの表情を見て、少し引き気味で声をかける。
「ん?そっか?良いよ、ジョロ寝とけ?・・・来賓とか呼んで挨拶頼んだりすんのか?そしたら人数も確認せんとな。今は村だけど、住民増えたら街とかになって、(笑顔の都市ヒノモト!)なんて、いいキャッチコピーじゃねぇか!たぎるねぇ!」
結局そのまま一睡もせずに妄想の海に浸っていたミサオは、朝日と共に村の全ての家を自らまわり、新たな村の名前を通達する。
住民にしてみれば、早朝からいきなりはた迷惑な話でありつつも、喜ばしい話だったので文句も出なかった。
だが、後にクミコから、ミサオはこんこんと説教される羽目になるのだが・・・。
ヒノモト村。
自分達だけの独立した、何物にも侵されずに生きる場所。
ここに、ミサオは初めて自分のシマを持つ。
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「・・・てめぇ達のシマぁ死守りせにゃ、俺等の生きてく意味がねぇ。てめぇら!・・・俺はここに村を興す。俺はこのヒノモト村で、武侠の、本当の任侠の一家を立ち上げる。俺の故郷の実の親父でさえ、てめぇの名前じゃ組止まりだってのに。・・・何の因果か、息子は異世界まで来て一家名乗りってか。人生って予測出来ねぇな、まったく。・・・みんなで家の外の門の上に、一家の看板、きっちり掲げといてくれ。」
ミサオは自宅の大広間に集まった若い衆達に声をかける。総勢で約50人がミサオの前に正座して対峙している。
「へぃ!兄貴!」
皆がミサオに一斉に頭を下げる。
「そっか、盃事とかも考えなきゃならんわな。・・・この一家の中じゃ、グレンとトニーが舎弟頭で、後が子分扱いだ。
こっちの世界じゃ、真っ当な商売しながらの集団だからな。
絶対にヤクザなんて言葉は使わねぇ。俺達は本当の意味の仁侠だ!
・・・おぅてめぇら!カタギの人達に下らねぇ事は御法度だかんな!看板背負って生きてる事、しっかり肝に銘じとけ!いいな!」
ミサオは自分の理念を改めて一家の皆に伝える。
「へぃ!」
「親父、看板、表にバシッとやっておきやした!」
数人の若い衆が、外から戻ってミサオに声をかける。
「おぅ。ご苦労さん!改めて言っとくが、絶対に勘違いするなよ?俺達は、この村でいい思いしようってんじゃねぇんだ。村の人々の笑顔を守る。逆に住民にいい思いしてもらうんだ。でなきゃ、この一家名乗りもご破算だ。」
ミサオは目の前の皆に覚悟を問う。
「兄貴!・・・いや、総長。おいらもトニー・・・トニーの兄弟も、こいつらも分かってまさ。な!」
トニーと子分達に熱く言うグレン。
「おぅ、グレンの兄弟。不貞腐れて生きてた俺達が、人の為になるなんて、こんなうれしい事はねぇ。」
目を潤ませながら答えるトニー。
「仕事デカく広げて、そんでお前さん達が銭持って、その銭で困ってるやつ助けてよ?その助けたやつがまた誰か助けたら、こんな素敵な話ねぇよな?俺の故郷じゃ、情は人の為ならずって言ってな。・・・そんな人間になれる様に、まずは俺が自分で出来る目一杯頑張る。オメェらもそうなってくれたら本望だ。」
ミサオが想いを込めて一家の全員に言葉を伝える。
「・・・総長の背中見て、ついていきやすよ。・・・テメェら!永井一家、このヒノモトの地から、始まるぞ!イモ引くなよ!」
グレンが他の若い衆達に激を飛ばす。
「応!」
「あ、こっちの世界も、イモ引くとか言うんだ、初めて知った・・・。ま、感じとしては、村の自警団的な立ち位置な?何か締まらんなぁ、ハハハハハッ!」
この日イグナシアの大地に、ヒノモトと言う名の、周囲の国から見れば吹けば飛ぶような村が誕生した。
そして永井一家という、この世界で初めての仁侠集団が、その地に同時に生まれた。
いずれ訪れる、大きなうねりに間に合わせるかの様に。
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ヒノモト村から離れた場所の、どことは知れぬ山中の中腹。
断崖絶壁の、普通の人間なら到底たどり着けそうも無い洞窟の奥。誰とも知れぬ者の声が響いている。
「クックック・・・人間如きが足掻いた所でどうなる事か・・・。勘違いしているあの国もついでに利用して、その勢いのままに蹂躙してくれようぞ!・・・永井家よ、貴様達の記憶に刻みつけてやろうぞ。・・・闇の御方様の遠大なる計画を!フッフッフ。クックック。ア~ッハッハッハ・・・!」
洞窟の中に高らかな笑い声が響き渡る。
かつて聖カチオ教国にて相対した、エドワルドと呼ばれた者の姿をした何かが、いつまでも笑っていた。
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月日は移ろい、こちらは順調に発展を遂げるヒノモト村。
その村内にある永井家自宅兼永井一家本部。
大広間では毎朝の恒例行事が始まっている。
「おはようございやす!総長!」
上座にあぐらをかいて座るミサオに向かって、舎弟頭のグレンとトニーを先頭に、正座をした若い衆の皆が、トニーの号令で一斉に頭を下げる。
「・・・それマジやめない?な?ガラ悪いだけだから、普通の挨拶。それでいいからさ。」
挨拶されたミサオも困惑の表情を見せている。
「でも兄貴!・・・いや、総長。周りに対しての威厳と言いやすか、示しと言いやすか・・・。」
困った顔でグレンが答える。
「挨拶は礼儀の最初。それは分かる。でもな?権力かさに来て、周り怖がらせるだけの行為なんかいらんいらん!」
手のジェスチャーも交え、グレンの進言を却下するミサオ。
「でも、ケジメが・・・。」
「おぅグレン。・・・俺ぁやめろって言ったんだぞ?・・・頭のオメェが聞かんでどうする?・・・オメェが見本見せてこそ、下も見習う。・・・そうじゃねぇか?」
ミサオが任侠の意味の一端をグレンに説く。
「・・・出過ぎたマネしやした。総長の言葉に楯突くなんざ、兵隊としてあっちゃあならねぇ事。おぅ、誰か出刃とまな板用意しろ!・・・総長、お目汚しとは思いますが、テメェのこの指、ケジメとして・・・。」
「だ~か~ら!俺等はヤクザじゃねぇって言ってんだよ!・・・大体何でこっちの世界でもエンコ詰めとかあんだ?おかしくねぇか?・・・それはさておき。・・・自分がヘタ打ったと思うんなら、その分誰かに世話してやれ。よっぽど人々の為にならぁな。」
慌ててグレンの言葉をさえぎり、人としての道をミサオは伝える。
「へぃ!・・・兄貴!・・・じゃねぇ、総長は、やっぱり慈悲深え。」
グレンが涙ぐみながら言う。
「こんなの毎朝やってたら、こっちの身が持たんわ!・・・コントじゃねぇんだから。」
ミサオが深いため息をつく。
「失礼しやす!総長、村の入り口に・・・客人が。」
大広間のふすまが開き、正座して一礼した若い衆が来訪をミサオに告げる。
「ん?客人?・・・まだ村のお披露目も間に合って無いのに、気が早いヤツ居るな?・・・まあいい。俺が出張るわ。」
特に先触れも来ていなかった為、首をひねりながらも村の入り口へと、数人の若い衆とグレンを連れたミサオが向かう。
村の入り口には、3人の男の姿がある。冒険者風、魔法職の様なローブを着た者、最後は商人といった身なりにミサオには見える。
「・・・特に約束は無い様だが、どちらさんだい?」
早速グレンが、3人に声をかける。
「いやぁ、グレースの森ん中に、新しい村ぁ出来たって聞きつけましてね!何か商売の種になりそうな物でも無いかと思い、護衛を頼んで足を運んで見た次第でして。」
商人風の小太りの男がグレンに答える。
「ほぅ・・・噂が回ってか。まぁいいや。まだ宿屋も大規模な商店も揃って無い位小さな村だ。何が売りになるか分からんが、取り敢えず泊まれる空き家と飯くらいは用意出来る。それで良きゃ、見てってくれや。ちなみにこの村は出来たてホヤホヤのヒノモト村ってんだ。んで、俺がこの村の責任者のミサオ・ナガイ。よろしくな。」
ミサオは淡々商人風の男と応対する。
「・・・お手間かけます。何かしらの売買のきっかけでも出来ればと思っての下見ではございますが・・・あれ?あちらの乗り物って、最近見かける・・・。」
商人風の男がある一点に目を向ける。
「ん?あぁ、軽トラかい?あの乗り物での荷運びの商売、この村発なんだわ。」
ミサオが商人風の男に説明する。
「えっ!・・・王都などではなく、この小さな村で?・・・いやいや、この村から始まったと申されますか!」
商人風の男が興奮した様子でミサオにたずねる。
「そうだな。あれのおかげで随分荷物届くの早くなったろ?まだまだ色々手は考えてるが、今は軽トラ増やして、各村や都市をつなげてる途中だな。」
「・・・まだまだ、ですか・・・。あ!では最近の肉や魚の流通なども?塩漬けでない状態での食が増えてきているのももしや・・・。」
「お!流石商人!情報早いね!軽トラでも、少し形の違う乗り物も使い出してな。冷凍車とか冷蔵車な?・・・本当はもうちょっと増やしたいとこなんだがな・・・。まだ人手も設備も追っついてねぇんだわ。」
商人風の男の食い付きに苦笑するミサオ。
「これってもしかするともしかするかも・・・?先程申されましたが、ミサオ殿がこの村の村長ですよね?詳しくお話出来ませんか?申し遅れました!私、王都で商会を営んでおりますグラハムと申します!いやいや、やはり自分の足で動いてみるものですね!」
自らグラハムと名乗った男。年の頃は20代後半から30代前半といった所に見える。
村の中の獣人達を目にしても、特に嫌悪する様子も無く、今度は遠くに見えるミサオの自宅に、興味津々の様子。
「グレン!グラハムさん一行、空き家の方に案内してやってくれや。あと、身の回り見れる人間、手配頼むわ。・・・警護の方もしっかりな?」
ミサオがグレンにウインクする。
「へぃ。・・・手抜かりの無い様、段取り致しやす。・・・グラハムさんとお二人さん、こちらへどうぞ。・・・お前さんは、トニーの兄弟に伝達だ。特別なお客様が来たってな。」
3人を案内しようとするグレンの指示に、若い衆が走り出す。
「・・・はてさて。早くもどこぞがちょっかいかけてきやがったか?。まぁグレンとトニーなら上手くやんだろ。」
グレンに案内される3人を横目に、ミサオも一度自宅に戻って冒険者の格好に着替え直し、そこから改めて空き家へ向かう。空き家の目の前で待つトニーから何かを受け取り、一緒に室内へと入る。
「・・・お待たせしました。改めまして、私がこの村、ヒノモトの仕切りと言うか、責任者のミサオ・ナガイと申します。」
テーブルを挟み、客人の3人を前に座ったミサオが頭を下げる。
「こちらこそ。私もトリニダス王都を始め、いくつかの都市に店出させて頂いております、デスペラト商会の会頭をしております、グラハムでございます。」
グラハムの言葉を合図に、椅子からお互い立ち上がり、笑顔で握手を行う。
「お若いのに、会頭ですか・・・中々のもんですね?」
「いやいや、親の後を継いだだけの道楽息子でしてね。財産を食い潰さないようにするので精一杯で・・・。だからこその、勘当される前に足を使った商売行脚となった訳でして。しかし今回は当たりだと考えますが、いかがでしょうか?」
グラハムとミサオの間で、笑顔の中での腹の探り合いが始まる。ミサオはグラハムの言葉をはぐらかすかの様に、ここでスルリと話題を変える。
「で、グラハムさん。こちらのお二人は?」
「あぁ、今回こちらに越させて頂くあたってお願いした冒険者のコラッチオさんと、グレースの森を警戒した上で念には念を入れて、魔術も使える方をと、こちらのノーチェさんにも同行を頼んでおります。コラッチオさんはB級、ノーチェさんは水と火の2属性の攻撃魔法持ち。これで手ぶらで戻ったのでは、大枚はたいた私も、店に帰ってから何を言われる事やら。」
(それだけの利益は回収出来る事を見込んでいたのか?ある意味博打の様な気もするのだが・・・。)
ミサオもこの村に対してのグラハムの評価を、まだ測りかねている。しかし、ここでミサオはもっと大事な話をしなければならなかった。
「そうでしたか!・・・ちなみに商売で一番大事なのって・・・信用ですよね?」
グラハムにそう言いながら、ミサオはおもむろにふところから出した細長い品物を、テーブルの上に置く。
「・・・何ですか、これは?」
品物を見ていぶかしむグラハム。
「俺としちゃ、商売の話するのもやぶさかじゃねぇ。でも、笑顔で後ろからプッスリってのは、いただけねぇかな?」
ミサオの言葉遣いが少しぞんざいになる。
「ミサオ殿、何を一体・・・?」
ミサオの言葉の意味がわからないグラハム。
「兄貴の読みが、当たってたって事よっ!」
2人の話に割って入るトニー。
「こういう読みは、当たって欲しくねぇんだけどな?・・・で、どうすんだい?その目の前に置いたヤッパ、使うかい?それとも・・・得意の技でも見せてくれんのかい?今ここで。」
「ミサオ殿!貴方はさっきから何を言って・・・。」
鋭い目付きに変わったミサオに対して、気色ばんで立ち上がろうとするグラハムを、いきなり手で制する冒険者コラッチオ。
「・・・。」
「お前さんは、理解したみてぇだが・・・答えによっちゃ・・・。」
制止したコラッチオに対しても警戒を緩めないミサオだったが、言葉の途中でコラッチオにさえぎられる。
「・・・伝説のS級冒険者相手に喧嘩するバカおらんでしょ?ましてや専任だけで、家族でパーティー組んじまってるとんでもない連中の集まりが居る村で。その首にかけてるペンダント見て気付かなけりゃ、そいつは冒険者やめた方が良い。・・・コルテオの指揮、しびれましたよ。ミサオさん。」
「おぉ!アンタあん時おったんかい!・・・あれはみんなが頑張ってくれたおかげだよ!・・・んじゃ、お前さんだけかい?エセ魔術師さんよ!」
テーブルの上の短刀を鞘に入ったままノーチェへと投げるミサオ。
(キン!)
「ノーチェ・・・お前?」
驚くコラッチオの目線の先。
ノーチェを名乗る男の手に持った杖から、見える白刃。
「仕込み杖かい・・・。どこの手のもんだい?お宅さんよ?」
「もうネタ割れてんだよっ!総長の合図で動いてみりゃあ、案の定さ。森ん中潜ませてた野郎達もテメェも、ガタイ見りゃ気づくわな!そいつはお仲間が持ってたヤッパさ!ウチの一家をなめんじゃねぇ!お仲間はみんなおねんねしてもらったぜ?そんなナマクラ、この村じゃ包丁代わりにもなりゃしねぇから、返しとくぜ!」
ミサオに続いて畳み掛けるトニー。
「使うなら、モノホンの玄人使えば良いものを・・・。お宅の手の剣ダコ見りゃあ、プロならわかんべや?普通、魔法専門のヤツだったら遠距離後衛がお約束だろ?目付きは鋭い・筋肉のつき具合は違う・その上その手のタコ見たら、気づかん方が悪い。な?コラッチオさん?」
「・・・面目ない。」
ジロリとノーチェを見ながら、腰の剣に手をやって、ミサオに対して頭を下げるコラッチオ。
「危害があったわけじゃねぇ。わけじゃねぇが・・・魂胆あるよな?」
「おい!何とか言ったらどうなんだ!外の奴らといいテメェといい、どうせカチオ辺りのへっぽこ聖騎士だろ?」
「!」
トニーの言葉に、一瞬杖を握る手に力がこもるノーチェを名乗る男。
「・・・わかりやすいがそんなバレバレじゃ、早死にすんぞ?ヤベぇ時ほどスマイルってな?・・・いちいち身柄抑えても、余計な食料かかるばかりだからな。・・・今回は消えろ。後ろも追わん。何も聞かん。・・・だが、次はねぇぞ?捕虜なんて生易しい事も言わねぇ。即、殺る。・・・出てけ。」
ミサオは静かな声で、ノーチェを名乗る男に言う。
「・・・ほら!あに・・・総長の慈悲だ。外の転がしてある奴等連れて、とっととこの村から出てけっ!村の外で若い衆が監視してっから、ナメた事すんじゃねぇぞ!行けほらっ!」
「・・・異端の集まりがっ!」
それだけ言ったノーチェが、口惜しそうに足早で空き家を去ってゆく。
「・・・あ~あ、じわっと始まったな。あ、二人共、済まないねぇ。」
苦笑しながら詫びるミサオ。
「いえ・・・。私の方こそ、別の狙いを持った輩を招き入れてしまい・・・。」
冷や汗をかきながら、ミサオに再び頭を下げるグラハム。
「向こうも狙ってやって来てるんですから、仕方無いですよ。んじゃ、改めて詰めますかね?話。」
「え?このまま・・・ですか?普通後日とか・・・。」
気を使って日を改めようとするグラハム。
「いやいや、ここまで足運んでくれたのグラハムさんだけですよまだ。先行者利益ってやつでさぁね。ただ、厄介事も・・・。」
「さっきのを見ればわかりますよ。」
ミサオの言葉をさえぎるグラハム。
「・・・俺が商売人なら、間違いなく乗るけどな?S級に。」
グラハムの様子を見て、笑うコラッチオ。
「ウチの商会、使えますよ?」
「やっぱ会頭張ってるだけありまさぁね。・・・細けぇ話は後にして、ウチ来て一杯飲みますか?トニー、ひとっ走り行って、冷えたビールと美味いツマミ、マミに頼んどいてくれや。」
「へぃ!姐さんのツマミ、俺もご相伴に・・・。」
「わかったから、早く行けって!」
何気におねだりをするトニーを急かすミサオ。
「良い部下、お持ちですね?」
2人の掛け合いに笑うグラハム。
「部下?部下・・・やんちゃな弟ですよ。身内ッスからね。」
「永井一家名乗るくらいですもんね?S級。」
死線を超えた同士の信頼が、表情に浮かぶコラッチオ。
「違ぇねぇや。んじゃお二人さん、ウチ来て朝から一杯、付き合って下さいよ!・・・これは公用。これは仕事。うん!完璧!」
何故か笑顔で、2人を先導するミサオであった。




