第28話 静氷の鏡湖――サンシロー、灰色の答え
コジローの試練も無事乗り越え、逆にコジローが父であるミサオの狩りが終わるのをその場で待つ時間の方が長くなるというハプニングがありながらも、2日連続の祝いの夕餉となった永井家。
リュミアとシスター・マリアも同席し、楽しく過ごす時間も終わり、皆も眠りについて・・・翌日。
暖かな日差しが差し込む自宅の玄関前に、永井家一同と、リュミア・マリア。そしてこの日は、聖カチオ教国獣人保護区の元長であるヘンリーと、サンシローが助けた少女であるラティファも見送りに来ていた。
「・・・はい、昨日もお疲れ様でした。うん。引き続き、今日はサンくんの試練となります。みんな拍手~。」
「雑!何で?俺何かした?」
ミサオの感情薄めの反応に焦るサンシロー。
「ん?違う違うっ!・・・お前さんの兄貴達が優秀過ぎて、ドキドキするやら心配するやらの時間が余りにも無くて。もしかして聖獣さんとやらも息子達に激甘なんじゃねぇかと3日目にして思ってるだけ。・・・もうちっとこう、親として息子の危機を思って悶々とするとかさ?あっても良くない?」
朝から贅沢な悩みを言っているミサオである。
「それ俺の時言わなくても良くない?パピ酷くない?」
サンシローはミサオの言葉にショックを受け・・・ているノリだが、実際はサンシローもそのやり取りを楽しんでる節が、周りには見受けられる。
「パピッ!下らない事言わないの!まったく。そう言ってて、少しでもケガして戻ってきたりしたら般若の顔して乗り込むつもりのクセに、ワガママなんだから!」
ミサオの態度を叱責するクミコ。ここまでが永井家のいつものやり取りである。
「俺達も楽して乗り越えた訳じゃないけどなぁ。な?ムッちょん?」
「あぁ。・・・2人共、それなりに苦労はしてるがな。ただ聖獣達は、無茶はしてきても無法はしてこない。感覚とすれば成長を施してくれる先生・・・みたいなものかな?」
コジローとムサシが、ミサオの発言に苦笑しながら話している。
「ふ~ん・・・。でも俺、にーにー達みたいに頭良くないもんなぁ。大丈夫かな?」
兄2人のやり取りを聞いて、少し表情を曇らせるサンシロー。
「ほらパピ!サンくんが変な事言い出したじゃない!・・・いい?サンくんも人には負けない強さがあるし、比べることじゃ無いのよ?」
サンシローを慌てて諭し、そばで頭を撫でるクミコ。
「おっと、スマンなサンくん!・・・そういうつもりはなかったんだがなぁ。信用してるからこその、親ならではの愚痴だ愚痴。頼って欲しいなんて思ったりすんのさ。ワガママだけどな?」
頭をかきながらサンシローに謝るミサオ。
「サンくんにーにー!僕、試練を乗り越えて帰って来るって信じてるから!」
キラキラした目で伝えるジョロ。
「・・・私も信じておりますよ、元水神様。」
ヘンリーがサンシローへ優しく言葉をかける。
「長!あ、今はヘンリー校長か。まだ保護区ん時のクセが抜けきんないや。わざわざ来てくれたの?無理しなくて良かったのに!」
そう言いながらも、はにかんだ顔を見られないようにうつむくサンシロー。
「当然の事かと。我ら元獣人保護区出身者達の、守り神の門出に立ち会わんでどうしますか!・・・このラティファを始めとした皆、同じ思いじゃろうと考えますがな?流石にこの場に全員揃うたら面倒な事になったゆえ、話し合いの末、我ら2人で罷り越した次第ですが。」
隣に並んでうなずくラティファの頭を撫でながら答えるヘンリー。
元長という立場だったヘンリーも、今はこの完成間近の村にて、新しく出来た学校の校長という役職に自然と収まっている。
「今のままでも充分お強いというのに、この地を守る為に更なる力を得る為の試練・・・。仕方の無い事とはいえ、難儀な事ですのう。」
何事も無ければ今のままで充分だと、ヘンリーも考えている。それはミサオも同じ気持ちである。
「・・・正直言えば、親の私達も一緒ですよ。・・・でもね。この子達にもそれぞれ守りたい物がある。その為に必要となるんなら、粛々と立ち向かう。もちろん、親として全力で後押しはするつもりです!・・・理屈では分かるんですけどね?感情は別物ですよ。矛盾のまんま。・・・まだまだ俺も修行中でさぁね。」
ミサオがため息をつく。
「さてサンくん。ぼちぼち行こうかい?」
ミサオがサンシローに声をかける。
「うん。・・・不安だけど、俺も永井家だからね!・・・マミ。にーにー達。ジョロ。ヘンリー校長。ラティファ。行ってくるからさ!」
「あの!・・・みずか・・・いや、サンシローさん!・・・絶対に帰って来て下さいっ!・・・でないと、みんなで揃ってご飯、食べれないから・・・。」
サンシローの別れの言葉に強く反応したラティファ。それを見たミサオがビックリして2人の顔を交互に見比べる。
「えっ?何?いつから?俺てっきりジョロと・・・。いやいや、あそう。まぁそれはそれで・・・そんじゃみんな。又無事に帰って来る事、祈っててくれや!・・・んだば、サンくんと共に西の果てへ、転移!」
1人盛り上がって納得したのか、ミサオは横に居たサンシローの身体を片手で抱き寄せ、ムサシやコジローの時と同じ様に、サンシローを連れて光と共に姿を消した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そりゃ、サンくんの試練だもんね?はいはいはい。今度はさぶぃのね?息は白くなってるしさ。分かりやすいっちゃ、分かりやすいよな。」
ミサオとサンシローが出現した場所。
そこは異世界イグナシアの西の果て、静氷の鏡湖。
氷結した湖。そこに辿り着きし者は、幻影を通じて守る意志とその想いが試されると古くからの書物に記されているらしい。
「今までのにーにー達の試練、それぞれの得意な魔法が絡んでくるんだね、パピ?」
「今んとこな。まぁこの場所が聖獣絡みなんだから、その血を引くお前さん達の試練となれば、今回も、今のサンくんが使える魔法の力量試されるんじゃねぇのかな?さて今回は、どんなもんやら。」
肩をすくめて、視線の先の凍った湖を見つめるミサオ。
「そっか。・・・じゃ、俺も行くよ、パピ!」
「あぁ。行って来い、永井家一番のやんちゃ坊主。・・・やり過ぎて困らすなよ?聖獣さんを。」
「・・・そのくらい出来ればうれしいけどね?・・・行って来るよ!」
「おぅ!かましたれ!サンくん。」
目の前の氷河へと1人進んでゆくサンシロー。
「この寒さで、サンくん戻って来た時に一番喜ぶ物って何だろうな?・・・そうだ!おこちゃまにはやっぱHOTココア!熱さ逃げない水筒に入れといて、2人でグッと一杯。・・・最高じゃね?となれば、1回自宅戻るかっ!ポチッとな!」
ミサオは見送りの雰囲気をぶち壊すかの様に、1人でその場から姿を消した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「にーにー達もそれぞれ聖獣さん達と話したって言ってたけど、俺本当に大丈夫かな?」
凍った地面をサクサクと踏みしめながら、どうも兄達と自分を比べて卑屈な事を言うサンシロー。
ただただ真っ直ぐに、少しずつ迫る凍った湖へと向かいながら。
(・・・どうも我が血を引く者は、自己肯定感が足りないようだね?)
「うぉっ?これか、頭に響く声って!」
湖のほとりに着く直前、サンシローの頭の中に、謎の声が響く。
(君はまだ若い。迷う事もそれだけ多い。人と比べる事で一喜一憂する事もある。でもね?君は君。さあ、君の想いは、どれほどかな?)
謎の声が終わると共に、サンシローの目の前が歪み、現れたのは・・・。
「あん時の黒い闇憑きと、聖騎士・・・。て、数尋常じゃないよ?この湖を埋め尽くすってどんだけいるのよ?」
過去、聖カチオ教国にて対峙した敵が群れを成して、凍った湖面の上に立っている。
あの時と同じ2体の闇憑きと、周りに居た聖騎士達が、数の暴力となってサンシローに威圧の目を向けている。
「にーにー達に聞いたのとパターン違うよね?これ、100や200じゃ効かないよ?」
ボヤきながら、右手に剣、左手に盾を氷で作り出すサンシロー。
「何求められてるのか分かんないけど、とりあえずやるしかないか!行くぞ!」
凍った湖面へと疾走するサンシロー。目の前の雲霞の敵をバッタバッタと氷の剣でなぎ倒す。
そう、サンシローはなぎ倒すだけ。命は奪わない様に。やはり、カチオ教国での闇憑き・・・人間と黒い霧との融合体との戦いが、心のどこかに引っかかっている。
「・・・キリねぇよな?実際。倒した奴らもしばらくすれば復活してる様だし・・・このまんまだと詰みだよな?」
答えが見つからないまま、同じ動きを続けて徐々に消耗していくサンシロー。そこに、謎の声が再び届く。
(・・・君の優しさは尊いものだ。だが、それは時として罪にもなる。このままだと手詰まりだよね?・・・君は選択しなければいけない。彼らの命か、自らの命を。)
冷たくはないが、冷静に伝えてくるサンシローの頭の中の声。
「んな事言われたって!仕方ないじゃんか!俺は誰も殺したくないっ!」
動きながら叫ぶサンシロー。
(でも、事情を知らない時には、闇憑きを倒してたよね?食事を取る為に、魔物や動物・魚を取ってるよね?・・・その迷いが、自らの守りたいものを滅する場合もあるよ?・・・例えば、家族とかね?)
「!」
自らの迷いの中の矛盾を突かれ、押し黙るサンシロー。
(そんな事は分かってるよっ!・・・俺は、パピやにーにー達みたいに覚悟が出来てないって。でもさ、必ず命は取らなきゃいけないのか?・・・俺は納得出来ない。・・・。じゃあ、納得出来る答えって何だ?)
サンシローは戦いの中で思案する。
「・・・あ〜、こんがらがってきた!もういい!みんな冷たい水ん中、泳いじゃえよ!」
サンシローはいきなり足元の氷にしゃがみ込み、両手をその凍った湖面につける。
「もうめんどくさい!足場失くせばこっち来れないだろっ!」
サンシローの手の平から白い光が氷河に流されてゆく。
サンシローの目の前から少しすつ氷河にヒビが入ってゆく。
(ピキッ。ピキピキッ。ビキッ。ビキガキッ。ビキビキメキッ!・・・ゴゴゴゴゴ・・・・。)
そのヒビが素早く広がり、敵の足元で割れてゆく。
「落ちろ〜〜〜っ!」
(グワッシャーーーン!)
サンシローの手を置いた数センチ先から、湖面の分厚い氷が割れ、下の水に呑み込まれてゆく。
大きな、大きな水しぶきをあげて。
それでもサンシローの優しさの現れなのか、氷に巻き込まれて、頭を打ったり水底に引きずり込まれる敵の姿は見えない。皆バタバタと水面でもがいている様に映る。
(君も頑固だね。・・・第3の答えと言う事かい?・・・まぁそれも一つの答えか。・・・想像力。こちらから言う前に実践されたかな。貫く若さと言うものは素晴らしい!)
謎の声には、喜びの感情が交じった様に感じられる。
「はぁ、はぁ、答えなんて分かんないよ。・・・生きる為に命を奪う。肉も食べるし魚も食べてる。それも命を奪うって事。だからその命を大切に頂く。そうしないと俺達も生きていけないから。・・・でも、今の俺は、あいつらの命も、自分の命も失くしたくない。そう思っただけだから・・・それだけ。でも、危なくなったら。家族が危険な時は・・・多分、そうじゃないかもね。」
肩で息をしながら、謎の声に答えるサンシロー。
(君の場合は進化や強化と言うより、覚悟が深まった感じなのかな?・・・それじゃあ改めて伝えよう。・・・物事には必ず裏と表がある。誰かにとっての正義は誰かにとっての悪。答えはあって答えは無い。・・・で、君の答えは、現時点では白黒じゃなくて灰色って事かな?)
「灰色。・・・それでも良いと思うよ。・・・パピがたまに言ってたな?世の中、グレーな部分も必要だなって。」
(ほぅ・・・君の親御さんは、苦労したんだね?故に君のこの答えか・・・。面白い。)
言葉と共にサンシローの目の前に現れる聖獣。
「真っ白の・・・セントバーナード?でっけぇ身体!」
聖獣の姿を見て興奮するサンシロー。彼ももちろんミサオから、犬の図鑑を見せてもらって履修済みである。
「せんとばな?・・・言ってる意味を僕はよく分からないけど、似た姿の生き物がどこかに居るのかな?・・・まぁ、君の試練は終了だね。僕の名前はフェンル。一応君も名乗って貰えるかな?」
「・・・俺の名前はサンシロー。サンシロー・ナガイってんだ。親父のミサオとお袋のクミコの息子で、ムッちょんにーにーとコジョにーにーの弟!んで、可愛いジョロの兄貴。・・・これでいい?」
「フフッ、ご丁寧にどうも!・・・これで僕もお役御免かな。それじゃ失礼するよ?たまには声かけてね。我が血を受け継ぐ子孫サンシロー・・・サンくん!」
言うが早いか、フェンルは白い光となってサンシローの胸に吸い込まれてゆく。
「ちょ、おい!・・・まだ聞きたい事あったのに。そんな簡単に答えなんて見つからないよ・・・。俺はまだまだ悩まなきゃダメかな?」
寒さが和らぐ事の無い、薄い氷の張った道へと振り返り、元来た場所へと歩き出すサンシロー。
「またこの分だと、ジョロもおざなりにならないかな?パピの対応。」
明日のジョロの旅立ちを、今から心配するサンシロー。
歩く先には、温かなココアを用意したミサオが、身体を震わせながらサンシローを今か今かと待っているはずである。




