第26話 東方聖獣アイン──長男ムサシ、試練の山へ
その日の朝は、空が薄い雲に覆われていた。
「本当に行くのね?ムッちょん・・・。」
新しい自宅。大きい卓が置いてある和室にて、しょんぼり顔でつぶやくクミコ。
「マミ。心配しすぎだよ?別に敵と戦闘しに行く訳でも無いんだから。ね?パピ?」
ムサシがクミコを励まし、ミサオに確認する。
息子達の意思を確認してから数日。
いよいよ、永井家の息子達と聖獣達との出会いが始まろうとしていた。
「・・・それはそうなんだが、大体こういうのって異世界ファンタジー小説のテンプレじゃないかい?試練だとかさ。」
ミサオも、軽口を叩いてクミコを心配させまいとするが、実は自分も正座をしながら、その両膝の上では拳を強く握りしめ、不安を見せまいとしている。
「あぁ!パピに教えてもらった事あるよね?そういうの。何でだろうね?別に、会って話してはいどうぞ!みたいな方が、時間かからないで、みんなと飯食う時間取れるんだけどなぁ。」
コジローの呑気さは筋金入りである。
「コジョにーにー、他人事だけど、俺等も行くんだよ?しかも飯ってさ・・・。」
コジローの言葉に呆れるサンシロー。
「ムッちょんにーにー、気をつけてね?・・・僕も自分の時は、頑張るからさ!」
1人健気にムサシを応援するジョロ。
話は尽きないが、この日、永井家の長男であるムサシが、課長(カ=チオ)さんに確認した情報を元に、新たなる力を手に入れる為に旅立つ。
「・・・ま、実際は涙の別れって感じにはならんけどな?ウチの家族は。近くまでは俺が転移で送って、その場で俺が待機して、又連れて戻るし。向こうの世界と比べても、親の送迎付きって甘いと思われんのかな?
・・・それはさておき。こっからムッちょんが向かうのは・・・東の果てか。スマホのメモ機能、このままだと字が小さくて見にくいな?拡大して・・・お!これだ。・・・天羊峰。何か高山地帯っぽいぞ?・・・改めてみんなに言っとくが、俺は途中までしか一緒に行けん。だがその場所で、お前達の帰りを待つ。どんなに時間が掛かろうがな。だから、迷うな。前を向いて進め!そして、自分の想いを信じろっ!・・・これぐらいかな、親父からの言葉は。・・・いくぞ!ムッちょん・・・いやムサシ!」
ムサシの目的地を確認し、重ねて息子達を鼓舞するミサオ。
「・・・行きましょう、パピ。」
ムサシは静かに、ミサオがアプリをタップするのを待つ。
「この場面はいつものノリじゃいかんわな?それじゃあ・・・イグナシアの東の果てへ・・・転移!」
ミサオもおちゃらける事もせず、ムサシと自宅の居間から消えて行く。
「・・・行っちゃった。・・・これをあと3回も繰り返さなきゃならないのね。・・・少し胸が締め付けられるけど、あなた達なら大丈夫よね?信じても。」
クミコが目尻にシワを寄せながら、残った息子達を見回す。
「ムッちょんなら平気だよ!長男坊だからなぁ。」
「そうそう。どちらかというと、心配は俺等の番になってからじゃない?」
クミコを気遣うコジローとサンシロー。
「サンくん!マミとパピには、みんなが同じくらい大事な子なのよ?その冗談は、ありがたいけど認めません!」
次男と三男に、クミコからしっかりカミナリが落とされる。
「コジョにーにーもサンくんにーにーも平気だよ!僕信じてるから。だから僕も、にーにー達に負けない様に、頑張るんだ!」
胸を張って宣言するジョロ。それを見て、残った永井家のそれぞれが微笑む。
「・・・ウチの男連中は頼もしいですこと。さあ!2人がいつ戻って来ても良い様に、美味しい物、考えておかないとね。ね?リュミアちゃん?」
クミコが左手にある、廊下へつながる障子に目をやる。
「ひゃい!・・・いつから気付いてたんですか?」
新居の居間で会話をしていた永井家。その会話を外の廊下で黙って聞いていたリュミア。クミコの言葉に、仕方なく居間へと入ってくる。
「ふふっ。あなたの可愛いお耳がピコピコしてたの、私には丸見えよ?エルフさんの耳って素敵よね?・・・それと、リュミアちゃん。ちょっと私の隣に座りなさい。・・・これ。ムサシから。あなたにですってよ?」
隣に座らせたリュミアの前に、ムサシから預かっていた品物を出して卓の上に置くクミコ。
「ふぇ?な、な、な、なん!厶、厶、厶、ムシャシャしゃんが?」
リュミアのリアクションはあまりにもわかりやすく、この場に居た誰もが苦笑する。
「リュミア姉ちゃん、言えてない言えてない!」
リュミアの慌てように、珍しく突っ込むジョロ。
リュミアに手渡されたのは、綺麗な刺繍の施された刀袋に収められた白鞘の短刀。
「あの子、何でか古風なのよね。異世界で侍ってどうなのかしら?・・・それ、私達の故郷でも相当昔の女性が持っていた、守り刀って言うの。・・・ムサシにしてみれば、自分が居ない間のお守り代わりなのかしらね?」
リュミアを見つめるクミコの瞳が、とても優しく感じられる。
「・・・。」
無言で守り刀を握り締めるリュミア。
「ムッちょんなら平気だよ!いない間は俺達も居ることだし、安心して花嫁修行してくれて良いと思うんだけどなぁ。」
「コジョにーにー、俺達、姉貴って憧れるよな?」
茶化すコジローとサンシロー。
「や!おね、おね、おね・・・。」
顔を真っ赤にして言葉が出ないリュミア。
「リュミア姉ちゃん。ムッちょんにーにー、嫌い?」
ジョロから無邪気な追撃が入る。
「嫌いなんて一言も、これっぽっちも言ってません!むしろ。・・・むしろ私が嫌われてないか心配だったくらいで・・・。」
思わず本音を漏らすリュミア。
「どこに嫌われる要素があるのか、周りの人に確認してごらんなさいな?あ〜、リアルな青春よね!お昼ご飯まだだけど先にご馳走様!それじゃリュミアちゃん、ムサシが帰ってきた時に喜びそうなメニュー、今から一緒に考えましょうか?」
リュミアをこれ以上困らすのも可哀想だと、クミコが話題を変える。
「クミコさんまで・・・。でも、メニューは一緒に考えます!」
皆がムサシの無事を信じてこそ。
笑顔を絶やさぬ様にする、永井家の面々とリュミアなのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ〜・・・。最初はこうなるか・・・。」
転移したミサオとムサシの視界に写る場所。
高くそびえる山々。その一角に、明らかに他とは違う雰囲気をまとっている場所がある。
目で見てどうのとかではなく、感じられるとしか言いようの無い、荘厳な空気がその場所から2人に伝わってくるのである。
「ありゃあ、確かに決められた人間にしか行けんわな?並の人間じゃあ迷わされるぜ。俺でもこっから圧感じる位だからよ。
まあ、感じとしちゃあ遭難というより元の場所に強制的に戻される感じかな。
聖獣なんて言われてるくらいだから悪意はないだろうが。・・・俺の引率はここまでだ。ムッちょん、最後の確認だ。
・・・行くのか?たった1人で?」
答えを確信しながらも最後に問うミサオ。
親心から出てしまう、無意識の庇護の言葉である。
「パピ。答えは分かってる癖に。・・・でも、ありがとう。時間を掛けるつもりは無いよ。私にも害意は感じられない。それじゃあ・・・行って来ます。私が終わらなければ、弟達も先に進めないでしょ?ゆっくり1人キャンプでも楽しんでて下さい。・・・では!」
笑顔で高山地帯へと踏み出してゆくムサシ。
「おう!・・・大体、異世界ファンタジーってこういう面倒くさい事やらされるの定番だからな。し、心配なんてっしてあげないんだからねっ!なんてな。・・・ったく、ウチの子達ゃ、どの子も頼もしいったらありゃしねぇ。もう少し親に心配ぐらいさせろっての。・・・さて。息子だけに苦労させといて、親がのんびりキャンプだけってのもな?・・・修行するか。まずはアプリの動画見て。・・・新しい格闘技。モンゴルのブフだっけ?そろそろマイナー系になってきたよな?見てねえの。」
ムサシの背中が小さくなって行くのを見送り、ミサオも自らの技のスキルアップを地味に行う積りの様である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「・・・頂上に近付くにつれ、やはり生き物の気配が薄くなる。険しい事もあるが、聖域の威光というか、やはり結界みたいなものなのか?」
ムサシは周囲を警戒しながらも、足場の無い崖を木の蔦などを器用に用いながら目的の場所へと一直線に向かって行く。
「!・・・この先からは、神域と言う事か。てっぺんだと言うのにこの広大な空間。・・・神獣と言われるだけの力はある。・・・しかしなんだ?この違和感は。・・・重力場が不安定だな。早速、能力を見せろと言う事か。」
険しい山の頂上にたどり着いたムサシであったが、その目の前の景色に驚かされている。本来であれば、そこはとても狭い場所であるはずなのに、山のふもとと同じ様な広さの空間が広がっていたのである。
その異様さに、一瞬警戒したムサシであったが、臆する事無く、その空間へと歩を進めてゆく。
そこでムサシは違和感に気付く。
一歩踏み出すごとに、身体が浮いたり身体が重くなったりと、ムサシはそのままでは普通には歩けなくなる。それに対してムサシは、重力魔法を用いて、斥力や引力を微細に調整しながら神域の奥へと何とか進んでゆく。
いつ、どこまで進めば良いのか分からぬまま、同じ様な景色の中、進むムサシの頭に、突然不思議な声が響く。
(・・・やっと現れたか。)
「!」
その声がどこから聞こえたのか、ムサシは周囲を最大限に警戒する。
(そう慌てなくとも良い。・・・ようこそ、我が血を引く者よ。この世界ただ1人の、我が力を受け継ぐ資格を持ちし者!・・・しかし受け継ぐにはそれに相応しい魂を持って居らねばならぬ。・・・我が試練、受けてみるか?)
ムサシの頭に直接響く声が誘いの言葉を放つ。
「そちらから言って頂けるとは、思ってもみませんでしたが・・・わたしはその為に来たんです。
ここまで来て辞めるという選択肢は持ち合わせておりません。あなたの血を受け継いでいるという事はありがたい事なんでしょうが、それと同じ位。・・・いや。それ以上に私は、永井家の家族と言う事に誇りと義務を背負っています。
だから、血筋云々が無かったとしても、私は何とかこの地までたどり着く努力を惜しまなかったでしょう。」
(ほぅ・・・。血ではなく、家族の絆を重んじると言う事か。・・・魂で結ばれた家族。ならば、我に見せてみよ!貴様の覚悟を。・・・我が名はアイン。この東方の守護者にして聖獣と呼ばれし者。試練の前に貴様も名乗れ、家族の絆の証を!)
四大聖獣の内の一柱、東方の守護を司るアイン。未だ姿は見せていないが、その空間に広がってゆく威圧は凄まじい。
その圧に負けぬ様、ムサシも精一杯の声を張り上げる。それは咆哮の様に、この空間へと轟いてゆく。
「我が名はムサシッ!・・・永井家の長男にして、重力魔法と剣にてこの世界の異物である闇に抗いし者!・・・これから来たる決戦の前に、貴殿の力を所望するっ!」
その声は、山々に反響している様に聞こえる。
(・・・よく言った、ムサシ!・・・では試練を始めさせてもらう。顕現せよ!我が子孫の判定者!)
その言葉と同時に、ムサシの前に2人の人物が現れる。
1人は刀を持ち、1人は無手。そしてその姿は・・・。
「・・・自らを越えてみろ、と言う事か。」
2人は共に、ムサシと同じ姿をしている。
「さて、どこまで私に似せてくるやら。・・・来いっ!」
刀を持った偽ムサシと鍔迫り合いを行うムサシ。そこに無手の偽ムサシからの重力魔法が向けられる。
ムサシの身体に急激に重みがのしかかる。
「グッ!・・・自分の得意を自ら味わう事になるとは・・・。早々無いわなっ。それにしても、わざわざ2人に分けて、刀と重力か?はっ!」
無手の偽ムサシへの重力魔法の発動を行うムサシ。同じだけの反作用をかけて、均衡状態にしてからの無力化。その間に相手の刀を弾く反動で2人から距離を取るムサシ。
「・・・重力刃。」
(ズンッ!)
ムサシの振り降ろした刀に魔法が付与され、空から、見えない刃が偽ムサシ達を襲う。
無手が魔法で抑え、その間に刀の方が効果を斬り伏せて、ムサシの攻撃を無効化する。
(・・・貴様の力は、絆はそれくらいの物か?何故力を一方向にしか使わぬ。・・・魔法は想像力。形にこだわる事で威力を増すのも一手では有るが・・・それは縛る事でも有るぞ?)
アインからの声が、ムサシの頭に響く。
(形にこだわる?・・・つまり、逆に言えば柔軟性に欠ける。聖獣はそう言いたいのか?おっと!)
偽ムサシ達の合わせ技による、ムサシが先程放ったのと同じ重力刃が、今度はムサシの頭上から襲う。
「自らの技で殺られる程愚かではない。が・・・。」
ムサシは考える。
(もっと柔軟に。もっと自由に。・・・形から、空間から、制限からの脱却。・・・そうか!)
ムサシが何かに気付く。
「・・・もう終わりにしよう。付き合ってくれて助かった。」
言葉を発したムサシの姿が消え、元いた地面に、大きな切れ込みが入る。
その間に、無手の偽ムサシの目の前に瞬時に現れ、袈裟懸けに斬り伏せるムサシ。その攻撃に、無手の偽ムサシの姿が霧散する。
その直後、後ろから刀を持った偽ムサシが襲う。
ムサシはその手から刀を離し、振り返りざまに上からの刃を両手の平で挟み込む。
真剣白羽取りである。
「何故凝り固まった考えばかりでいたのか、気付けば単純な事。
重力魔法を刃に乗せる斬撃。重力魔法を、敵に対してだけ使う事ばかりしか、してこなかった固定観念。
まだまだ未熟。
重力魔法は自らの身体にも作用する。
加速。急停止。地面への沈降。そして浮遊。考えれば使い方などいくらでもある。もちろん、自らの肉体の研鑽も必要不可欠だがな。・・・そして今。刀を刀で抑え込むという当たり前。しかしそれさえも形。ならば、その形から外れてもよかろう?なっ!」
刀を使う偽ムサシの土手っ腹に右足の前蹴りを放ち、偽ムサシの刀を奪い取るムサシ。
ムサシの性格らしく、奪い取った刀は放り投げずに足元にそっと置き、偽ムサシに駆け出すムサシ。その姿が偽ムサシの視界から消える。
「柔にして重。」
いきなり、刀を無くした偽ムサシの前に姿を見せるムサシ。既に右腕を後ろに思い切り引いている。
「ほぅっ!」
右拳に重力を思い切り乗せてその腹に打ち込むムサシ。
「グッ!・・・。」
ムサシの拳の一発だけで、先の無手の偽ムサシと同じ様に、その姿が霧散してゆく、刀を取られた偽ムサシ。
(・・・ふっふっふ。型に嵌める事による力の増幅。それを上回る為の技。これぞ形無しの形。基礎を怠る事無く、それを超えろ。貴様はこれから自由に、その力を使え。想像力を忘れるなよ?)
その言葉と共に現れたのは、青色の狼に似た姿の生き物。その生き物が言葉を発する。
「我が子孫とは敢えて言わぬ。お前は永井家と言うものに連なる者なのだろう?・・・ムサシよ!」
近寄るもの全てを射抜くであろうその瞳が、ムサシに向けられ、そして和らいだ。
「はい!・・・我が母クミコ。父ミサオ。その子であり、永井家の長男としての矜持はいつもこの胸に。・・・ですが、ご先祖を敬う念まで忘れた訳では御座いませんよ?」
白犬の衆といた時のムサシが少しだけ顔を出す。
「ハハッ!ほざいたな子孫よっ!・・・では、我はお主の中で休ませて貰うとしようかのう。我も東の守護の役目を随分と長い事してきたが、この世界で生まれる悪意とは違う何か。最近、それらが跳梁跋扈してきておるのは感じておった。
その怪しげなもの達と、お主とその家族は相まみえようと考えておるのじゃな。
ならば、これからはお前の思うままに生きよ。我が譲りし力を使い、見事その本懐を遂げてみせよ!・・・今の想いを、決して忘れるなよ。ムサシ。」
言葉を終えると、アインの姿が青色の光の玉となり、ムサシの身体に吸い込まれる。
(・・・悩みし時は、我に問いかけよ。・・・ただ聖獣は気まぐれでな?気が向いた時には、答える事もあろう。・・・自らの想い、貫いて見せよ、ムサシ。)
胸の中で話すアイン。ムサシの身体に、これまでとは比べ物にならないほどの魔力が駆け巡る。今のムサシでは、抑え込むのに苦労する程に。
「何とかカタはつけられた。これも・・・皆の笑顔を守る為。それが私の一番の想い。・・・さあ、戻りますか。家族の元へ。」
ムサシは、主の消えた聖域を、迷うこと無く真っ直ぐ歩いてゆく。遥か先で待つ父の元へ。そして、笑顔の待つ、家族の元へ。




