第20話 約束の履行──獣人保護区、決断の刻
聖カチオ教国。
外から見ると相変わらず威容を讃えたその姿は、シンボルたる大礼拝堂を中心にその威容を誇っている。しかし子供達の行方不明を発端とし、永井家が狙われる羽目になった先日の騒ぎにより、内部はまだ収まりがついてない。
その騒ぎの集団の主犯格と目されている男。
S級冒険者兼、永井家の大黒柱。
ミサオ・ナガイは、目に見えないカチオ教国を守る壁・魔法防壁の外側に光と共に姿を現す。
「・・・ここって、中入るまで、身ぃ隠せるとこ無いんだよな。検問まともに通れねぇし、とっとと入っちまうべ。」
以前使用した黒い筒。
魔法防壁を通過出来るこの魔道具を使い、スムーズに通過を終えるとそそくさと獣人保護区へと向かうミサオ。
「ここ、獣人保護区ん中って、入っても建物少ねぇしなぁ。・・・取り敢えずは、あそこのテントまでダッシュか。」
ミサオの見ている先にある、現代世界で言う(ゲル)の様なテント。
モンゴルと言う場所で、狩猟や放牧で生活する人達の様な、生きる場所を移動する民族の中で生まれた大きなテント。それに酷似した獣人保護区でよく見かける住居。その内の一つ、布で出来た住居の外に素早く身を寄せるミサオ。
「ホント、この国めんどくさいわぁ。ぜってぇこの辺りにも聖騎士の奴等の目、光ってんだろうしよ。でもなぁ、約束。・・・しちまったからな。さて、視界に馬鹿共の姿は無い。お次はっと!」
聖騎士の警戒を気にしつつ、ミサオは身を隠しながら少しずつ、保護区の長であるヘンリーの住居へと忍び寄る。
時間をかけて、無事ヘンリーのテントの外へとたどり着いたミサオは、挨拶も無しに無言で入り口の幕から中へと身を滑らす。
「何者!
・・・誰かと思えば。脅かさないで頂けますかな?・・・して、聖騎士の目は、誤魔化せましたかな?ミサオ殿。」
「・・・まぁ何とか。ヘンリーさんも元気そうで何より。」
一瞬の警戒の後に、顔を確認して肩の力を抜くヘンリー。
ミサオとヘンリーはその場で固い握手を交わす。
「さて、早速ですが返答や如何に。」
ミサオが前置きも無くヘンリーに問う。
「・・・別れた翌日、皆にはかって見ました所、数家族は、ここから離れる事を渋りましたがの。・・・あの子が、ラティファが移住を強く勧めましてな?」
「・・・。」
「ここに住む者の幾人かは国の仕事に就けておりますが、それも小間使い。他のほとんどの者は、保護区以外の人間の厳しい目に晒されながら、ただ無為の日々を生きて、屍となるのを待つばかり。
そんな希望も持てない毎日から放たれる機会。
あの子は、そこに賭けてみたかったんでしょうなぁ・・・。」
つぶやくヘンリーは、尚も言葉を重ねる。
「皆の気持ちは固まりました。全員・・・約70人の同意は貰えました。・・・いつ、動きますかの?」
保護区の皆の同意が取れたのであれば、ミサオに躊躇は無い。
「なるべく早い方が・・・!」
会話の途中で、ヘンリーのテントの外から聞こえる詰問調の声。
「長!ヘンリー殿は居られるか!聖騎士団の改めである。幕を開けよ!」
「ヘンリーさん!その、そこの布切れを早く!」
ミサオの声に、慌てて傍の布切れを渡すヘンリー。
それをミサオはぐるっと顔に巻き、目だけが見えるように隠す。
そのまま無言でいきなり後ろからヘンリーを羽交い締めにするミサオ。
「なっ?」
「いいから。合わせて下さい。」
意図の分からぬまま、無言で頷くヘンリー。
「おらんのか!ヘンリー殿!・・・返事無くば、勝手に入らせてもらうが良いか!・・・よし!貴様達、中を改めよ!」
入口の幕が上げられ、2人の聖騎士がなだれ込む。
「な!貴様!何をしておるか!」
「・・・ちっ。金目のもんでも奪ってやろうと思ったが、邪魔が入ったか!おいジジィ、貴様が下手に暴れるからだ!」
ミサオは力を入れた振りををしながら、危険から遠ざけようとヘンリーを突き飛ばす。
(・・・コイツら元々気に入らねぇんだよな。・・・決めた。身体強化もいらね。シバキ倒しちゃる!)
くすぶった不快感を、ミサオはこの場で発散しようと決心する。
「貴様!抵抗するな!下手に動けば切る!」
入り口の幕の外から声がして、上官らしき者も手勢に加わり、ミサオのまえには計3人の聖騎士が、剣を抜いて立つ。
「あ?うぜぇ。どけやカス。」
無人の荒野を歩くが如く、躊躇無く前に居る剣を抜いた3人に歩を進めるミサオ。
「止まれっ!それ以上進めば貴様・・・ええぃ、この者は気でも触れておるのかっ?切れ!切り捨てぃ!」
上官の命令で剣を振りかぶり、向かって来る聖騎士2人。
無言のまま、左の聖騎士の股間へ鋭い左横蹴り!
同時に右の聖騎士の鼻めがけて右掌底を叩き込む!
「んぐっ!・・・。」
「はがっ!・・・。」
そのまま昏倒する2人。
「貴様!・・・単なるこそ泥風情ではないな?」
上官が剣を構え直す。
部下よりも、少しは使える雰囲気をまとっている。
「あ?立場を傘に着て、偉そうに吠えるヤツらに言われたかねぇわ!イラッとするんだわな?そういうの。」
「小癪な。・・・ここで屍をさらせ。覚悟!」
ミサオの言葉への激昂を抑えつつ、真っ直ぐに鋭い突きを入れて来る上官の聖騎士。
2度、3度、4度、5度。
突きを寸前で見切り、身体を左右下方へと動かしながら前に出るミサオ。
5度目の突きを右に避けると同時に左肘を相手の剣を握る左手に落とすミサオ。
その落とした肘を力一杯伸ばすと同時にその喉元に握り拳を突き入れる!
「ぎゃっ!・・・くぶっ!」
喉元を両手で抑えつつも、その聖騎士はまだ膝をつかずに耐えている。
「まだ意識あんのかよ・・・フン!」
こらえる上官の顔面に、正面から飛び上がって、左の膝蹴りを叩き込むミサオ。
「んがっ!」
そのまま後ろに倒れて上官も昏倒してしまう。
「ふう。・・・こそ泥が、完全制圧で勝利・・・ってか?」
軽くて両手をはたき、ヘンリーの元まで戻るミサオ。
「・・・と言う訳で。こそ泥に狙われた長は、聖騎士の乱入により、からくも生きながらえました。めでたしめでたし・・・と言う寸劇を観て頂きました。私が消えたら、外に向かう側か、信徒地区側の検問所へすぐヘンリーさんから報告を。」
「で、でも、その様な事をすれば、警戒が厳重に!」
「このまま放置したらそれこそ怪しまれますって!先にこちらから報告すれば、ヘンリーさんはあくまで被害者。ね?・・・それでは3日後。それまでにはこちらにランカさんも顔出してますよね、その時に俺の動きも伝えて下さい。
3日後の昼頃にはこちらに伺います。
その日に例の謀り事をと、一言。・・・それだけ伝えれば、ギルド側で上手く陽動掛けてくれる手筈です。
・・・あ!酒!ランカさんに渡してもらう筈の手土産忘れちまった!やっべ〜、マミに又怒られちまう!
次!3日後来た時に持ってくるから、長の住居に置いておくので、聖騎士にバレない内に持ってってくれと追加で伝えて下さい!」
ミサオはクミコのお小言が待っているかと思うと、背中に嫌な汗をかく。
そして、忘れてはならないクミコの注文も合わせてヘンリーに伝えるミサオ。
「それと。もしも今使われていない、この住居の様なテントが余っているか、持ち運び出来るのならば、それを有るだけご用意頂きたい。移動の手段と皆の分の食料。こちらは用意出来てますのでご安心下さい。」
多分、獣人保護区の者達も、新天地までは長い旅路だと思っているはずとミサオは考えている。
ミサオからすればポチッとすれば一瞬なので、旅も何もないのだから。獣人達が廃村で寝泊まり出来て毎日腹一杯食えれば、ミサオの発言内容には何も齟齬は生じない。
「・・・わかりました。秘密裏に事は運びます。それでは3日後、お待ち申しております。」
「ではこそ泥は、スタコラサッサと退散します。くれぐれも、無理はなさらず。」
そのまま身を翻し、倒れている聖騎士達もそのままに、警戒の目を気にしながら保護区と外を隔てる魔法防壁へと走るミサオ。
「・・・しっかしエグいな、今回試した(クラヴマガ)。
元々闘いよりも生還する為のもんじゃん?
挙動読ませず急所攻撃なんて、逆の立場ならおぞましいわ!・・・アイツ、股間平気かな?」
自分の行いのクセに、他人事のミサオである。
「さて戻って。・・・明後日には、民族大移動か。・・・又忙しいけど、楽しくなるといいな。」
ミサオは、来た時と同じ様に、魔道具で防壁を越えて行く。
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「いやいや!怒涛の段取り、終わりやしたぜ!」
廃村へと転移し、仮住居の前で伸びをするミサオ。
「パピ!お疲れ様でした!」
住居の中からムサシが近寄ってくる。
「おぅよ!現場の指示、ご苦労さん!」
「どうでしたか?塩梅は。」
「明後日。・・・忙しくなんぞ?いきなり。
それと何かさ・・・この、幸せ者が!このこの!」
「何ですか急に!肘でツンツクツンツク!」
ミサオにちょっかいを受けるムサシは訳が分からない。
「・・・オラァよ、どっちでもいいよ?可愛いだろうなぁ・・・ミサオじーじ。いや、呼びつけでミタオ?とかも有りだな。」
「だから!何の話ですかパピ!」
「ま、いいからいいから!マミにも言っとかなきゃな、家族増えるかもって!マミ~ッ!パピお話があるよ~!」
ミサオはムサシをその場に残し、1人で盛り上がってクミコの元へと走り去る。
「・・・どうしたんだパピ?悪い酒でも飲んだか?」
困惑しきりのムサシ。しばし呆然としていたが、詳しい話を聞いていない事に気付く。
「いかん!移住者の詳細聞いてない!パピ、ちょっと待って下さい!」
慌てて後を追うムサシ。
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「・・・てなわけでさ、俺もびっくらこいて親御さんの許可取るように言ったけど、ありゃ来るな。間違いねぇ!」
ミサオは愉快そうに何かをクミコに伝えている。
「一途っていいわよねぇ・・・。あら、ムッちょん!・・・やっぱり息子ながら、いい男!」
仮の住居に慌てて飛び込んだムサシ。中ではテーブル横の空いた椅子に座り、ニヤケ顔でクミコもムサシをからかう。
「マミまで!一体何なんですかもう・・・。あ、そんな事より、移住者の詳細!」
「あ!悪りぃ。マミと盛り上がっちまったわ。弟達はいいのか?先話しちまって。」
「そうですね・・・。まもなく戻るので待ちますか。」
ムサシも肯定し、結局家族全員集まってから説明し始めるミサオ。
「パピ?そのニヤニヤ、いい加減やめませんか?」
「ん?別にニヤニヤ・・・どっちに似るのかな?いや、子供は天からの授かりもの、決めつけはいかんな?決めつけは。2人きりでも良いと思うな。うん。パピそう思う。」
「パピ!真面目にお願いします!」
ミサオの締まりの無い顔に、ムサシが喝を入れる。
「はいっ!わたくし、無事任務完了と相成りました!詳細を述べさせて頂きます!」
ムサシに叱られ、改めて説明を始めるミサオ。
「まず、白犬んとこが50と余名。コルテオのチビっ子達とマリアさん。で20名弱。カチオのヘンリーさんとこで70名前後。トータル140名くらいのもんか?あ、グラマスからの職人達も居るから、そうさなぁ・・・それでも200はいかんだろ?」
ミサオが名参謀役のムサシにたずねる。
「まぁあくまで概算。後々増える事は置いといて、食料。・・・もう少し常温で使える物欲しいですね。
やはり畑に時間掛かりますから、穀物も外から仕入れないと。肉は・・・コジョ!平気かな?」
ムサシがコジローに確認をいれる。
「ん~。明後日かぁ。来たら来たで、一緒に動ける者も居るだろ?ならしばらくは何とかなるさぁ。この森、食用になる動植物思ったより豊富だぜ?それに、食料は肉だけではないよな、サンくんよ?」
コジローはサンシローに話のパスを投げる。
「うん!1人じゃたかが知れてても、人数いれば運ぶのも楽勝でしょ!食える魚、豊富に居るようだし。大人達居れば、子供も水場で遊べるしね。」
皆の報告では、移住者の食料事情に関しては、パーフェクトでは無いものの、おおむねクリア出来そうだとミサオはうなずく。
「んじゃ、食料はもう少しため込めば、当面何とかなるか。何日かはみんなで集まっての飯だな。・・・配給みたいな感じもやだから、バイキング風にしてもいいか!とにかく腹一杯。そうすりゃ自然と希望も見える!」
「パピそれ良いかも・・・どれぐらい食べるのか、目安が無いから・・・後、移住者の中から手伝ってくれる人も声掛けないと!」
「お?マミもそれでいい?じゃ、鉄板で焼きそば、振る舞うか!」
盛り上がる永井家の一同。しかし、そのなかに1人。
ミサオがふと気付くと、1人だけ発言していない。
「あれ?ジョロ、どうしたの?調子悪い?」
クミコが顔を曇らす。
「うん・・・ミナちゃんやラティファちゃん、来るかなと思って。あとリオくん達も。」
ジョロは仲良くなった子達がこの地に来るのかと不安だったらしい。
「言ったろ?みんな来るぞみんな!・・・てか、女の子の名前2人、先に出たな?これはアレか?思春期か?」
「ししゅ・・・?」
ミサオのツッコミの言葉の意味を、ジョロは理解出来ずにいる。
「パピ!余計な事は言わない!・・・まだ早いわよジョロには。」
クミコがそばに座るジョロの頭を優しく撫でる。
「ムッちょんあれか?早くも嫁姑の争いか?」
「さ、さぁ・・・。コジョ!お、お前さんどう思う?」
「ムッちょんもすぐ俺に振る。俺に聞かれてもなぁ?この辺、一夫多妻だっけか?サンくん。」
「俺もそういう話題は・・・ね?マミ?」
ミサオが調子に乗って息子達を困らす質問を振った後。
ミサオがふと気付くと、前に座るクミコの顔に、般若の面が薄く重なって見える。
「少し調子にお乗りじゃございません事?そこのS級冒険者さんとやら!」
その場に立ち上がったクミコが、大きな足音でミサオの隣に並び、右耳を上に強くつまみ上げる。
「痛い!耳、耳引っ張らないで!身体強化した?ごめん!ごめんて!」
「親バカも程々に・・・ね!」
「痛い!最後下に引き下げるのやめて!切れちゃう!」
ミサオは涙目になっている。
「もう、何かテンションおかしいですよ戻ってから。」
ムサシが不審そうに言う。
「・・・何かさ、ウキウキしちゃってさ。家族揃った上に、仲間も増えて村作りだぜ!
ま、最初は難民キャンプってな感じだろうけどよ?
でもよ、みんなでそれぞれ働いて、日々の糧を得て、集まって飯食って、そんな輪が拡がっていって・・・学校とか作ってさ。
子供達のキャッキャ言う声聞こえてさ。何かパピ、嬉しくなっちゃってな。」
家族の皆も、ミサオの言葉にそれぞれ頷く。
「でもな。忘れてねぇよ?・・・守らなきゃいけないんだよこの先。俺達の本当の未来はその先だからな。正直、移住者にも厳しい判断迫る事にもなる。」
楽しい未来だけでは無い。迫りくる脅威はいずれ永井家へと向かって来る。それをミサオは危惧している。
「忘れてませんよ、ウチの家族は。」
ミサオの言葉に答えるムサシ。
「そうよ。でもまずはみんなの生活を固める事!それからね。」
クミコが場を締める。
「了解しました女王陛下!皆、良きにはからえ!」
「パピ、悪いお酒でも飲んだ?」
ミサオを心配そうに見るジョロ。
「ジョロもそう思うだろ?みんなそう思ってる。」
ジョロの言葉に同意するムサシ。
「あ、あのな?俺も、最初にイノシシモドキ狩って土産にして白犬達に渡したり、象モドキにかまして孤児院に届けたり、カチオの聖騎士達にゃ、こそ泥演じてうりゃっつって。・・・あれ?聞いてる?ねぇ、パピの話、聞いてる?お~いマミ?可愛いベイビー達?」
ミサオを無視し、他の家族はそれぞれやるべき事に向けて、席を離れていった。
「泣くぞ・・・パピ泣くからな!」
移住まで残り3日。時間の猶予はあまりないはずなのに、ミサオだけがまだ夢想しているのであった。




