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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第3章

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宴②

人々が、周りの精霊に目を奪われていた時だった。


「……うそ、嘘よ!」


一人の少女が叫んだ。

その瞬間――お雪様を除いたすべての精霊の光が、すっと消えた。


夜の静けさが、再び広場を包み込んだ。


少女は――セレナだった。


青ざめた顔で、唇を震わせながら呟く。

「そんな……」


「セレナ、あなた……」

セラフィーネの声が途切れる。言葉が喉で凍りついたようだった。


ざわめきが広がる。


「セレナ様が……?」

「愛し子なのでは……?」

「でも、セレナ様の能力は……“王”だったはずだ」

「王、だから……抑えつけていたのか?」

「我々の願いを……?」

「まさか……」

「しかし……」


低く渦を巻くような人々の声が、広場を満たしていく。

誰もが真実を掴めず、誰もが恐れていた。


突然だった。

「お前が、母さんを殺したんだッ!」


鋭い声が響いた。

細い体の少年が、涙に濡れた顔でセレナに向かって走り出す。


「待て!」

大人たちが叫び、手を伸ばす。


だが少年は振り払うようにして走り抜け、

その手には光を反射するナイフが握られていた。


一瞬のことだった。


セラフィーネがセレナの前に飛び出した。

「だめ!」


刹那――鈍い音とともに、ナイフが深々とセラフィーネの胸に突き刺さった。


世界が、息を止めた。


セラフィーネが口から血を吐いた。

紅い滴が地面に散る。


少年は震える手でナイフを引き抜いた。

その瞬間、ラディンが飛び出す。


鈍い音が響く。

ラディンは、少年の頬を殴りつけた。拳の勢いで、少年は遠くまで吹き飛ばされた。


「セラフィーネ!」

リリアーナが駆け寄る。

セラフィーネの体から血が止めどなく流れていく。


セレナも、人々も――呆然と立ち尽くしていた。


「リリアーナ、血を止めろ!」

ラディンの怒鳴り声が響く。


「……できない……」

リリアーナの声は震えていた。

足も、手も震えた。頭が真っ白になる。


ラディンは歯を食いしばった。

彼は見ていた――リリアーナが以前、傷を癒やした光景を。

彼女には治癒の力があると確信していた。


ラディンはリリアーナの手を掴み、セラフィーネの傷口に押し当てる。


「願うんだ!」


白くなっていくセラフィーネの顔。

手に触れる血が、熱い。

リリアーナの頬を涙が伝う。


「……治って……お願い……!」


だが、力が出ない。

先ほどの歌で、魔力をほとんど使い果たしていた。


「――あの玉を出すんだ!」

ラディンの声に、リリアーナははっとした。


そうだ。セラフィーネから渡されていた、あの玉。

自分の魔力を込めた玉――。


リリアーナは震える手でそれを取り出す。

玉に込められた魔力を、全て解き放つ。無我夢中だった。


淡い光が玉を包み、ひとつ、またひとつと透明になっていく。

汗と涙が止まらない。

それでも、リリアーナは手を離さなかった。


すべての玉が透明になった。


――それでも、まだ血が滲んでくる。


ラディンの顔に焦りが浮かぶ。

流れ出る血が多すぎる。


「お願い、助けて……!」


リリアーナは声を震わせて祈った。

そのとき、耳の奥で、かすかな声が響く。


「……イイモノ、クレタラ……」


リリアーナは即座に答えた。

「あげるから……助けて!」


次の瞬間――


リリアーナの手が、まばゆい光に包まれた。

白い閃光が一瞬、夜を照らし出す。


そして、リリアーナはそのまま崩れ落ちた。


ラディンは素早くセラフィーネの傷口を確認する。

血が……止まっている。


リリアーナのもとに駆け寄り、脈を確かめる。

その手に、かすかな鼓動。


「……生きてる」


ラディンは小さく息を吐いた。

焚き火の火が揺れ、静寂が戻る。

夜の空気の中、二人の息づかいだけが聞こえていた。


ラディンは、ゆっくりと周りを見渡した。

人々は誰も動けず、ただ静まり返っていた。

焚き火の音だけが、ぱち、ぱちと夜気を裂いている。


ラディンは深く息を吐き、セレナのもとへ歩み寄った。

彼女は立ち竦んで、蒼白な顔でセラフィーネとリリアーナを見つめている。


「……謝れ。人々に、精霊に」


その言葉に、セレナの肩が震える。

「わたし、は……」

かすれた声が、喉の奥から漏れた。


「精霊がいなければ、セラフィーネは死んでたんだ!」

ラディンの声が強く響く。

「謝り、感謝しろ。そして――“いて欲しい”と願うんだ」


セレナの目が大きく見開かれる。

視線の先には、血の海の中に横たわるセラフィーネの姿。


「でないと、あの二人が……」

ラディンの言葉は途切れた。喉が詰まり、声にならない。


「……できない」

セレナの唇が震える。


「できる。俺が、信じてやる」

ラディンは静かに言い切った。


セレナの瞳が揺れる。

「……こわい」


「目を閉じてろ。そして、願うんだ」


その言葉に、セレナは震える手で胸を押さえ、ゆっくりと膝をついた。

冷たい地面の感触が、現実を突きつける。


セレナは両手を胸の前で組み、ぎゅっと閉じた瞳の奥で願いを紡ぐ。


――セレナは今まで、一度も精霊を見た覚えがなかった。賊の襲撃があった時は、あまりにも幼なすぎて。凄惨な事件が精霊の記憶を消していた。

だから、信じられなかった。


父も、母も――

確かに精霊の加護を持っていたのに、

それでも死んでしまった。


“精霊なんて、意味がない”


そう、心の奥深くで思い込んでいた。

だから、信じることをやめていた。


けれど――その拒絶こそが、精霊との絆を断ち切っていたのだ。


精霊の愛し子でありながら、

その存在を否定したことが、精霊たちを遠ざけた。さらにセレナの中に眠る能力――“王”本来なら、人々をより高みへと導く、しかし、支配すらする―が、強かった。


“王”の力は、人々の願いを押し伏せる。

その意志が、知らぬ間に島の祈りさえもねじ伏せていたのだ。


……セレナの魔力は、島の中では一番大きかった。


セレナは、いつしかそれに気づいた。

けれど――もしそれが真実なら。


あまりにも恐ろしくて、誰にも言えなかったのだった。



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― 新着の感想 ―
 かつてこの島に潜入した男とその仲間は全員祟りで地獄に落ちて欲しいな。  リリアーナはナニを渡しちゃったんだ? モノによってはセラフィーネたち島の住人全員のヘイトが爆上がり待ったなしなんだけど(ぴき…
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