初めての弾き語り
リリアーナは毎日、小屋へ通った。
水汲み、掃除、器具の手入れを済ませると、調剤師の婆は分厚い古書を机に置き、低い声で淡々と教えてくれる。
「この土地じゃ滅多に見ない草だよ。しかし王都では常備薬に使う。覚えるように」
「数を間違えたら毒になる。数字は正確に書けるように」
その一言一言に、重みがあった。
やがてリリアーナは知る事になる。――この調剤師はただの田舎の薬師ではない。
若い頃、王都で名を馳せた高名な調剤師であり、老いて隠れるように村に戻ったのだと。
リリアーナは、知識を吸い込むように学んだ。
――だが、心を揺らすのは、薬草の他にもあった。……音だ。
ある日リュートを抱え、森に入る子どもたちに声をかける。
「少しだけ、聞いて……?」
指先がぎこちなく弦を弾き、拙い旋律が森に流れる。
「すごい!」「リリアーナ、楽器なんて弾けるんだ!」
子どもたちの笑顔と拍手に、リリアーナの頬は熱く染まった。
その時、少し離れた場所で木を伐っていた大人の男が、にやりと笑って銅貨をひとつ投げてきた。
「ほらよ。いい音色だった」
思わぬおひねりに、リリアーナは目を見開く。
――歌や音で、お金がもらえる?
胸の中に、不思議な温かさが広がった。
後日、小屋に来ていた弾き語りの女性にそのことを話すと、彼女はにこやかに答えた。
「練習したんだろう。だからだ」
けれどリリアーナは唇を噛む。
「でも……歌えないんです。わたし、あなたみたいに……心が震えない」
女性はリュートを軽く爪弾き、静かに言った。
「声に魔力をのせて歌うのさ。それで、人の心を揺らす。けど――そればかりは、誰も教えられない」
「……自分で掴めってことですか?」
「そうだよ。魔法と同じさ。心から声を出す。答えは、自分で見つけな」
リリアーナはうつむき、リュートの弦をそっと撫でた。
薬学は知識で学べる。だが歌は、自分の心をさらけ出さなければ届かない。
その違いが、胸の奥に強く刻まれた。
まだまだ、足りないのだ…………。