弾き語りと出会う
弟子入りを許されてからの日々。
リリアーナは調剤師の小屋で、乾燥薬草の名前や効能を学ぶだけでなく、帳簿に数字を並べる練習もさせられていた。
「薬を売り買いするのに、計算ができなければ話にならん」
調剤師は淡々とそう言う。
家では姉たちが残していった古い教材を広げ、夜遅くまで復習した。
小屋では知識と薬草を学び、家では数字と文字をなぞる。
地味で厳しい日々だったが、リリアーナは決して苦ではなかった。
春。
雪解けの水がせせらぎを作る頃、小屋にときどき妙齢の女性が訪れるようになった。
長い髪を背に流し、リュートを抱え、調剤師と静かに語らうその姿は、リリアーナの目に大人びて美しく映った。
やがて、柔らかな歌声とリュートの音色が小屋に満ちる。
野山を駆ける風のように軽やかで、耳に残る旋律。
リリアーナは目を輝かせ、夢中で聴き入った。
「……私も、練習したら弾けるようになるでしょうか?」
おずおずと尋ねると、女性は笑って言った。
「いっぱい練習すればね。音楽に近道はないわ」
家に戻ったリリアーナは、さっそく母に聞いた。
「うちにリュートってある?」
倉の奥から出てきたのは、弦は切れ、木もひび割れ、音を奏でるにはあまりに無残。
母は少し寂しそうに笑って言った。
「これは父さんが昔、村祭りで弾いてたものよ。けれどもう駄目でしょうね」
翌日、小屋へと持っていくと、弾き語りの女性は楽器を丁寧に撫でた。
「……まだ息はあるわ。材料さえあれば直せるでしょう」
リリアーナの心は高鳴った。
冬の間、森に入れずに過ごした日々。調剤師の手伝いでほんの少しずつ貯めた銅貨が袋にある。
その全てを差し出して、直すための木材や弦を買った。
修理が終わったリュートは、まだ不格好で、輝きは失われていた。
けれど女性の指が軽く弾くと、たしかに音が蘇った。
「……!」
リリアーナは目を丸くし、胸に熱いものがこみ上げてくる。
「お願いします。わたしにリュートと歌を教えて下さい」
「…なぜ私が?」
「あなたの歌声とリュートが、好きだからです
あなたのように、なりたい…!」
「教えられる事は、少しよ……?音楽とは、自分で練習するしかないのよ?」
「それでも、お願いします!」
女性は遠くを見た。調剤師の顔を見た。調剤師は首を横にふった。諦めな…と。
「ここに来ている時、少しなら教えるわ…」
「ありがとうございます!!」
リリアーナは勢いよく頭を下げた。
薬を学んだのは、生きるためだった。
森の危険を減らす為だった。
けれど、リュートの音色に触れたとき――彼女は初めて「心が震える」ことを知った。
私は手に入れる。薬の知識も、音楽も。
家への帰り道、緑が鮮やかな春の光りの中で、彼女は小さな決意を胸に抱いた。