リリアーナ達、イリヤ族の居住地へ行く
イリヤ族への道中、リリアーナはセラフィーネに聞く。
「よく、許しをもらえたね…?」
「リリアーナ、世の中には交渉術というのがあるのよ?貴女は、勉強が足りないわ」
納得のいかないリリアーナ。
セラフィーネの亜麻色の髪が風に揺れる。微笑んだ様な唇は、女性から見ても魅力的だった。横顔を盗み見たリリアーナは、気付く。……大人の女性だからなの?少し納得した。
セラフィーネとリリアーナは、イリヤ族の居住地に到着した。
質素だが活気があり、中央の広場では人々が集まり、簡素な楽器を鳴らして歌を口ずさむ姿もあった。娯楽が少ない土地だからこそ、音楽は心を潤す大切なものだ。まして、セラフィーネのような美貌の女性がリュートを奏でれば、視線が集まらないはずもない。
リリアーナはその姿を見て、少し誇らしく思った。人々がセラフィーネの周りに集まり、誰もが彼女の奏でる音色に耳を傾けていった。
セラフィーネがリリアーナの袖をそっと引いた。
「探してきなさい」
声は小さく、優しく。
リリアーナはうなずき、広場の人々の間を歩き出した。
だが、すぐに気がつく。
(どうしよう……金髪で、緑の瞳……そんな人ばかり……)
焦りと不安で胸が詰まる。
そんなとき、背後から軽い調子の声がかかった。
「あら、薬草の子じゃない? どうしたの」
振り返れば、あのシルビアが立っていた。
リリアーナの心臓が跳ね、思わず身体がこわばる。
(……この女の人だ。……ラディンの妹?)
「えっと……男の人を探してるの」
もじもじしながら答えるリリアーナに、シルビアは唇をゆがめ、にやりと笑った。
「もしかして、ラディン?」
「……はい」
シルビアは顎に指を当て、楽しげに首をかしげる。
「ラディンなら今日は狩りに出てるわ。でも、そろそろ戻る頃ね」
「ここに居たら会える?」
「そうね」
「……なら、待ってます」
リリアーナが小さく頷くと、シルビアは一層にやにや笑いながら、踵を返して去っていった。
リリアーナの胸は緊張と期待でいっぱいになり、手のひらに汗がにじんでいた。
ラディンは狩りの獲物を肩に担いで戻ってきたところで、広場の外れに立つリリアーナの姿を見つけた。
思わず足を止め、驚いたように目を見開く。
「……お前、どうしてここに?」
リリアーナは胸の前で両手をぎゅっと握り、勇気を振り絞って言った。
「あの……ずっと会いたかったのです」
ラディンの眉がわずかに動く。
慌てたように周囲へ目を走らせ、人目がないかを確かめると、低い声で言った。
「……ちょっと、ここでは。こっちだ」
そう言ってリリアーナの手首を軽く取り、人気のない林の方へ導いていく。
木々に囲まれ、人の気配が遠のいたところでようやく足を止めた。
「何かあったのか?」
ラディンの問いに、リリアーナは背負ってきた薬草袋を取り出し、中から小さな包みを差し出した。
「薬草について、教えてください。前にいただいた中に……どうしても分からないのがあったの」
包みを開いた瞬間、ラディンの目が少し柔らかくなった。
「ああ、これか。この辺りには普通に生えているんだけどな。……ほら、これだ」
しゃがみ込むと、足元に生えていた細い葉の草を摘み取り、指先でひらりと見せる。
「……これ?」
リリアーナは目を丸くした。
確かに、今まで見たことのない形をしている。
「持って帰ってもいいかな?」
「いいんじゃない? 草だし」
「土ごと持って行ってもいいかな?」
「……いいけど。植えても、多分枯れるよ」
「どうして?」
「土の色を見てごらん」
「……白っぽい」
「この草は、この色の土でしか育たない。他では、この土は見たことが無い」
「そっか…」
そしてリリアーナはしゃがみ込み、薬草を摘み始めた。髪がさらりと頬にかかるのも気にせず、袋いっぱいに詰め込む勢いだ。
「ねえ、これって乾かして使うの?」
「ん、ああ……乾かして粉にするな」
「とても細かく?」
「そうだな」
次々に問いを投げるリリアーナに、ラディンはやや苦笑しつつ答える。
周囲には風が吹き抜け、鳥の声が響いているのに、二人の会話はどこまでも薬草一色。
色気のない、しかし妙に心地よい時間が、ただ淡々と続いていくのだった。
林の奥、夢中で薬草を集めるリリアーナと、それに答えるラディン。
そこへ軽やかな足取りでセラフィーネが現れた。
「リリアーナ、探し人は見つかったの?」
振り返ったリリアーナの顔は、ぱっと花が咲いたように明るかった。
「はい!」
ニコニコと笑い、薬草の束を大事そうに抱えている。
セラフィーネの視線がラディンに移る。
「世話になったようね」
ラディンは肩をすくめて、素っ気なく答えた。
「別に」
その温度差に、リリアーナは少しだけくすぐったい気持ちになる。
セラフィーネはふっと笑みを薄くして、リリアーナに告げた。
「今日泊まったら、戻るわ」
「えー……。もっと色々聞こうと思ったのに」
リリアーナは名残惜しげに声を上げる。
「会えたのなら、文句言わない」
セラフィーネはきっぱりと断じた。
ラディンは、静かにセラフィーネを見ていたが、立ち上がって短く言う。
「……帰る」
そう言って背を向けるが、その歩みはセラフィーネの横で一瞬だけ止まった。
彼は低く、他の誰にも聞こえない声で囁く。
「……夜、話がある。一人でここに来い。月が真上に昇る頃だ」
セラフィーネの耳元に余韻を残し、ラディンはそのまま歩き去っていった。
セラフィーネは何も言わず、その背中を目で追う。
リリアーナは薬草に夢中で、そのやりとりに気づいていなかった。




