ラディンと弟
ラディンは森の一角で、弟をひそかに呼んだ。
木々の影に隠れるようにして、二人きりになる。
「……親父は、殺された……。知っていたか?」
弟は一瞬、言葉を失った。目を大きく開き、問い返す。
「何それ…」
ラディンは少し息を整え、低く、しかし真剣な声で続ける。
「親父の飲んでいた薬を調べてもらった。依存性のある、徐々に効いていく薬だったらしい。飲んだ直後は元気になるんだと」
「本当なのか…」弟の声は震えていた。
「俺も、薬を盛られていた。教えてくれた人が言ったんだ。このまま飲み続けたら、死ぬって」
「……誰に薬を貰ったんだ?」
「族長だ」
沈黙が二人の間に落ちる。森のざわめきだけが、重苦しい空気を和らげるかのように響いた。
ラディンは弟の肩に手を置く。
「お願いがある。やつが本当に親父を殺したのか、知りたい」
ポケットから薬と酒を取り出す。ラディンは弟に手渡し、説明を続ける。
「気を大きくする薬だ。酒にほんの少し混ぜて、飲ませろ。俺は警戒されている。……俺が腰抜けでつまらない、もっと商人を襲おうぜ、みたいに言って取り入り、上手く聞いてくれないか」
弟は薬を見つめ、唇を噛む。
「無茶言うな……」
ラディンはわずかに笑みを浮かべ、しかし目は真剣そのものだ。
「真実が知りたいんだ」
弟はしばらく考えた後、深く息をつく。
「……そうだな。やってみよう」
ラディンは小さくうなずき、森の奥へ視線を向ける。
父の死の真実を突き止めるため、二人の計画は今、静かに動き出した。
弟は夜、族長に会いに行く。愚痴を言う、頭の軽い、軟弱者の振りをして。
「兄貴は腰抜けだ。商人を襲うのは良くない、って言うんだ。親父もそうだったが、くだらない。もうたくさんだ。俺は、金が欲しい。今度の襲撃、俺も入れてくれよ」
族長は少し眉をひそめる。
「まだ、若いだろ」
弟は笑みを浮かべて首を振る。
「関係ないよ。楽して遊びたいんだ。酒も持ってきた。…珍しくて、旨い酒だ」
族長は怪訝そうに酒を手に取る。毒が混ざっているかもしれない、と思ったのだ。
「まず、お前が飲め」
弟は躊躇せず、堂々と口にする。香りを楽しむように目を閉じ、喉を通すと笑みを浮かべた。
「ははっ、すげえうまい。もう一杯飲んでいいか?」
「駄目だ」
族長は素早く酒を奪い、杯に注ぎ直す。香りが濃厚で、微かに癖のある風味が広がる。それでも、味は確かに旨い。
弟は目を輝かせ、族長を誉め讃えた。言葉の端々に散りばめる。
「すげえな、さすが族長だ」
酒がゆっくりと減っていく。族長は、段々声が大きくなり、身体を揺らすようになった。
弟は少し声を荒げる。
「親父はいい時に病気で死んだよ。今の族長に乾杯!」
酒を一口含んだ族長は、気の大きくなった表情で笑った。
「本当に病気だと思うのか?」
「そうだろ?」
「違うさ。己が薬を盛ったのさ。よく効くとか、ありがたがってさ。ははは。おかしいだろ」
弟は拳を握りしめた。その手のひらから、血が滲むほど強く、握りしめていた。
「族長、最高だな。もう一度、乾杯しようぜ」
その言葉の裏で、弟の心は怒りで燃えていた。
弟はラディンの前で、言葉を震わせながら報告した。
「親父は殺された…はっきり言ったよ、薬を盛ったって」
「親父を慕っていた人達も……」
悔しさで涙をこらえ、弟の肩が小さく震える。言葉が続かない。
ラディンも黙ったまま、視線を床に落とす。
しばらく沈黙が二人を支配する。森のざわめきや遠くの風の音だけが、重苦しい空気の中に響く。
やがて弟が静かに口を開く。
「…どうするんだ」
ラディンは視線を弟に向け、低く答える。
「親父の仇を討つ」
弟は息をのみ、目を見開く。
「どうやって…」
ラディンは深く息をつき、言葉を選ぶように口を開く。
「族長は警戒心が強い。……襲撃の時に混乱に紛れて襲うのは、どうだ。……それまで、情報収集をしてくれるか?」
弟は力強くうなずく。
「わかった」
「頼んだ」
二人の決意は静かに、しかし確かに固まった。
父を奪った者に復讐を果たすため、夜の闇の中で準備が進む……その瞬間だった。




