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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第2章

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リリアーナ、エドモンドに問う

リリアーナは城へ戻った。

頭の中は、ラディンが今度渡してくれる「知らない魔獣避け」のことで一杯で、妙に浮き足立っていた。

だが、目にしたエドモンドの姿に、あの光景、……町で女性と抱き合っていた……、が鮮やかに蘇る。胸の奥がきゅっと痛み、足は自然と彼から遠ざかっていった。


一方、エドモンドの方も落ち着かなかった。リリアーナと金髪の男のことを、どうしても確かめたかったのだ。


夜。

リリアーナは机に広げた薬学の本に手を置いていた。

少しだけなら、気が大きくなる、という文面を指でなぞる。……ほんの一舐めで、臆病さを払いのけられる?

震える指で作った薬の瓶の口を開け、慎重にすくい取ると、そっと舌先に載せた。

苦味が広がる。同時に胸の奥に勇気が灯る気がした。


……今しかない。


静まり返った廊下を歩き、エドモンドの部屋の扉を叩く。


「……誰だ」

「リリアーナです」


音を立てるほどの速さで扉が開いた。

彼は目を見開き、すぐに彼女を招き入れる。


「話があって来ました。いいでしょうか?」

「……扉は開けておく」

「? はい……」

「入って」


戸惑いつつ足を踏み入れるリリアーナ。蝋燭の灯が、二人の影を壁に揺らしていた。


彼女は息を吸い込み、勇気を振り絞る。

「昼……町で女性と抱き合ってましたよね」


「……いや、違う。あれは、向こうから抱きついてきただけだ」


リリアーナの瞳はじとりと、射抜くように彼を見つめる。

「どういう人ですか」

「昔、会ったことがあるだけだ」

「それで、あんなにくっつくのですか」

「突然だったんだ」

「言い訳は……何とでも出来ます」


沈黙。

エドモンドは彼女を見つめ、声を低く落とした。

「……怒っているのか」


「当然です……」

声が震え、唇が噛みしめられる。

「横に居ていいのは……私だけです」


その言葉とともに、堰を切ったように涙がこぼれた。


「リリアーナ……」

エドモンドは戸惑いながらも、迷わず彼女を引き寄せた。


「すまん」

「……もう、しないでください」

「わかった」


彼の胸に抱かれ、リリアーナの小さな体は震え続けていた。

心臓の鼓動が、互いの胸板越しに響き合う。

彼女は顔を埋め、声にならない嗚咽を漏らす。


「……そんなに、俺が大事か」

「……っ、当たり前です……」


彼はその答えに言葉を失い、ただそっと彼女の髪を撫でた。時間が止まったように、二人は寄り添い続ける。


涙が乾いていくまで。


翌日。

エドモンドは執務室に腰を下ろしていた。

机の上には領地関係の書類が山のように積まれている。


……だが、目は紙に落ちていても、頭の中は全く別のところにあった。


(……昨日のリリアーナ……泣きながら「横に居ていいのは、私だけです」……)


脳裏に、潤んだ瞳と震える声が何度も再生される。無表情を装っているが、胸の奥では何かがぐるぐると暴れていた。


(可愛い……いや、可愛すぎる……!)


無駄にペンを握り直し、無駄に背筋を伸ばす。

表情は領主らしく固く据えたまま――だが中身は完全に悶絶中だった。


(あんなこと、普段なら絶対に言わんだろうに……。はぁぁ……)


こめかみを押さえ、深呼吸。

しかし、数行読んだだけで、また脳内リリアーナが現れる。

「横に居ていいのは、私だけです」リピート再生。

……もう仕事どころではなかった。


一方その頃。

リリアーナは廊下の角でひとり縮こまっていた。

両手で頬を押さえ、真っ赤になっている。


(ど、どうしよう……あんなこと言うなんて……。 あれは薬のせい、薬のせい……!)


何度もそう言い訳しようとするのに、胸の奥では「本音だった」ことを知っている。

だからこそ、エドモンドの顔を見るたびに、全力で赤くなってしまうのだ。


そう、廊下でエドモンドと鉢合わせした瞬間


「……リリアーナ」

「……!」


彼女は顔を真っ赤にして、そそくさと逆方向へ走っていく。残されたエドモンドはきょとんとし、それから小さく笑った。


(……やっぱり、可愛いな)


彼の胸の内では、再び昨夜の記憶が流れ出す。

表情は変わらぬまま、しかし内心では「可愛い」で執務室の半分を埋め尽くしていた。


そんな二人の様子は、周囲に筒抜けだった。


「ねぇねぇ、リリアーナ様って、領主様と顔合わせるたびに逃げてない?」

「うんうん、でも領主様の方は全然怒ってなくて……むしろ顔が柔らかい」

「わかる! あれ、絶対……」

「……絶対、そうよね」


廊下の陰や執務室の外で、使用人たちがこそこそ話してはニヤニヤ。

厨房でも話題はもちきり。


「領主様、昨日から書類ほとんど進んでないって」

「うちの領主様、珍しく恋煩いかしら」

「やだぁ、青春ねぇ」


本人たちは必死に隠しているつもりなのに、城中にはもう、あたたかい噂がじわじわ広がっていた。



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