リリアーナは見た
翌日、リリアーナは朝から人々を捕まえていた。
「大王栗ってどうやって食べるのが一番ですか!?」
「そりゃあ、蒸すのが一番だな」
「ありがとう!」
聞いた傍から早速蒸してもらい、湯気ほかほかの大王栗を大切そうに籠に入れる。
……よし。エドモンド様に食べてもらわなきゃ。
軽やかにエドモンドを探しに走り出す。しかし、エドモンドは城には居なかった。
エドモンドは町にいた。
……あの金髪の青年……いったい何者だ。リリアーナと仲良さそうだったとか。放っておけん。必ず、見つけ出す。
名目は「視察」だが、内心は完全に「調査」である。
そんな中、ふいに聞き覚えのある声がした。
「久しぶりね、エドモンド」
足を止める。振り向けば、金髪の女が微笑んでいた。
「……シルビア、か?」
「嬉しい! 覚えていてくれたの!」
「……ああ」
ぱっと花のように笑うシルビア。
「六年ぶりね。元気そう」
そしてそのまま、迷いなくエドモンドにぴったりと抱きついた。
通りの人々が「おお?」という視線を向ける中、エドモンドは硬直。
……ちょ、ちょっと待て……。この状況は非常にまずい……!
――そして角を曲がった先から、ちょうど大王栗を持ったリリアーナが駆けてきていた。
角を曲がった瞬間。
エドモンド様の姿だ、
リリアーナは笑顔で大王栗の入った籠を掲げた……が、その笑顔は一瞬で固まった。
目の前には、エドモンドと抱き合う美女。(本当はエドモンドが抱きつかれているだけ)
金髪が太陽を反射し、胸元のボリュームはリリアーナの想像のはるか上。
リリアーナは思った。
(……肉体的だ……。私と全然ちがう……!)
籠を抱えた腕がカタカタ震える。
「……っ!」
次の瞬間、リリアーナは踵を返し、全速力で逃げ出した。
栗が籠の中でゴロンゴロン揺れる。
路地の陰に身を隠し、しゃがみ込む。
「なんで……どうして……あんな美女と……。 私なんかより……」
胸の奥に、初めて味わう重たい感情が渦巻いた。
そのとき。
「……大丈夫か?」
顔を上げれば、そこに立っていたのは大王栗を教えてくれた男だった。
「こんなところで何をしてる。顔色が悪いぞ」
リリアーナは慌てて籠を抱きしめ、言葉に詰まる。
「わ、わたし……」
男は彼女の困惑した表情をじっと見つめ、眉をひそめた。
「……何があった?」
……エドモンドの胸元に埋もれる美女の姿が脳裏にフラッシュバック。
リリアーナの目にまた涙が浮かんだ。
リリアーナは泣きじゃくりながら、男に打ち明けた。
「す、好きな人が……とても美人で、胸の大きい人と……抱き合っていたの……!」
男は一瞬ぽかんとしてから眉を寄せる。
「……間違いかもしれないだろ」
「確かに、見た」
「事情があるかもしれないだろ。そんなに信用できないのか」
「信用は、してる……」
「じゃあ、ちゃんと話をするんだ」
「でも……」
また、ぽろぽろと涙がこぼれる。
男は困惑して頭をかきむしった。
リリアーナ、涙が止まらない。
男、何か無いかと鞄を見るが、良い物は無かった…。
「……そうだ。魔獣避け、使ってただろ。俺達が使うのと匂いが違うんだ。興味あるか?」
リリアーナは涙を止め、ぱちりと目を瞬かせる。
「……ある」
「今度、持ってきてやるよ」
「ほんとに?」
「欲しければ、元の薬草もいいぞ」
「ほんとに?」
「本当だとも」
「種類の違う魔獣避け……!」と聞いた瞬間、リリアーナの顔にそわそわとした好奇心が戻ってくる。
「約束よ」
「ああ、約束だ。取りに行くのに時間がかかるから……二週間後、大王栗の下でどうだ。栗を拾った頃の時間な」
「わかった! 薬草も必ず持ってきてね!」
さっきまでの涙はすっかり引っ込み、リリアーナの目はキラキラ輝く。
「もし、その日が雨だったら?」
「次の日だ」
「次の日も雨だったら?」
「その次の日」
「その次も雨だったら?」
「その次の日」
にんまり笑うリリアーナ。
「絶対、約束よ!」
「……ああ」
「薬草も、絶対にだからね」
「……ああ」
「あ、名前聞いて無かった。私、リリアーナって言うの」
「……ラディン、だ」
「宜しくね。絶対に持って来てね」
ラディンは小さくため息をつきながらも、口元には苦笑が浮かんでいた。
リリアーナの涙は引っ込んでいた。




