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冬がやってきた

冬になると、森は厚い雪に閉ざされる。

木の実も草も薪も手に入らず、子供たちは森へ足を踏み入れることができなくなるのだった。


「冬は、ほんとに食べ物が減るんだよねぇ……」

窓の外を見ながらリリアーナは、ほぅっと息を白く吐いた。


村の大人の男性たちは、この時期になると稼ぎを求めてよその町へ出ていく。

出稼ぎに行く者もいれば、命がけで魔獣狩りに従う者もいた。

村に残るのは、年寄りと女と子供ばかり。


「だから冬は、いっそう心細くなるのさ」

と母や姉たちがいつも言っていた。


五歳のリリアーナには、稼ぎに出る力も、魔獣と戦う勇気もない。

けれど彼女にはひとつ、胸に抱えた願いがあった。


「魔獣避けがあれば……春になったら、もっと安心して森に行けるのに」


リリアーナは、町外れにひとり住む調剤師のおばあさんの小屋を訪れた。

戸を開けた瞬間、鼻をつく薬草の匂いと暖炉の熱気に包まれる。


「おばあさん! わたし、なんでもするから……魔獣避けの薬の作り方を教えて!」

小さな体をぺこりと折り曲げ、リリアーナは声を張り上げた。


おばあさんは椅子に腰かけ、じろりと目を細めて睨む。

「なんでもする、だと?……じゃあ聞くが。お前、薬草をいくつ知っている?」


リリアーナは指を折って答えた。

「……十三!」

森で薬草を覚えたのだ。


「…十三か。子供にしては、まあ悪くないな」

そう言いながら、おばあさんは机に羊皮紙を広げ、さらさらと文字を20語書きつけた。


「では、これは読めるか?」


並んだ黒い線を見て、リリアーナは顔をしかめ、唇を噛んだ。

「……読めない……」

おばあさんは一つ一つ、指を指して読んだ。

「明日までに覚えてこい」

おばあさんは羊皮紙を押し付けるように渡した。

「これを覚えて、読み書きができるようになったら、考えてやらんこともない」


「……明日!?」

「嫌なら帰れ。口先だけで“なんでもする”なんて、二度と抜かすんじゃないよ」


リリアーナは羊皮紙を胸に抱え、真っ赤になった頬で力強くうなずいた。


翌日、リリアーナはもう一度小屋に向かった。

調剤師のおばあさんは、羊皮紙にさらさらと何かを書きつけ、リリアーナに突き出した。


「さて……これが読めるかい?」


羊皮紙の上には、見知らぬ黒い線のかたまりが三つ。

リリアーナはじっと目を凝らした。


(このひと塊が“ヒメトウバナ”……。こっちは“アマドコロ”。そして最後が“ノコギリソウ”……)


彼女の目には、それぞれの文字列が一つの絵のように映っていた。

“ノコギリソウ”の並びは、まるで小さな歯車の模様。

“アマドコロ”は、豆を繋げたような模様。

“ヒメトウバナ”は、細かい花弁を散らした模様。


リリアーナは声に出した。

「ヒメトウバナ! アマドコロ! ノコギリソウ!」


おばあさんは目を細めた。

「ほう、発音は悪くないな。……じゃあ、書いてみな」


差し出されたペンをぎこちなく握り、リリアーナは羊皮紙に向かう。

そして――黒い線の塊を、そっくりそのまま“絵”として写した。


ひとつめの塊は、花火のように線を散らした模様。

ふたつめは、くねくねと豆を並べた模様。

みっつめは、ぎざぎざした歯車のような模様。


「……書けました」


おずおずと差し出すリリアーナに、おばあさんは額を押さえた。


「……字を絵として覚えるとはね。そりゃ確かに似てはいるさ。けどな、これは字だ。字は意味があって、ただの模様じゃないんだよ」


リリアーナはしょんぼりとうつむいた。

だが、小さな拳を固く握る。

「でも……読めるでしょう。 次からは字を覚える…だから…」


おばあさんは長い沈黙ののち、ため息をついた。

「……しょうがない子だねぇ。まずは水汲みからやらせてみるか」


リリアーナの胸は、ぱんっと張り裂けそうなほどの喜びで満ちた。

自分だけのやり方で、ようやく手に入れた“最初の居場所”。



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