大王栗探し
翌朝、北の門前には、軽やかに駆けてくる紫髪の影があった。
リリアーナだ。手には籠、顔は期待に満ちて明るい。
「おはよう!」
嬉しそうな声が響く。
ラディンは門にもたれ、腕を組んだまま微妙な顔をした。
「……本当に行くのか」
「やっぱり、教えるのが嫌になったのでしょう」
リリアーナの瞳が一瞬にして潤む。
「いや……、時期がまだ早いから、落ちているかどうかはわからない。……いいのか?」
「もちろん」
リリアーナは即答した。
ラディンは小さくため息をつく。
だが、その頬に浮かぶ笑顔に押されるように、彼は歩き出した。
二人は並んで森へ。
風に揺れる枝葉が、二人の前に道を示すように広がっていった。
――森の奥。
しばらく歩いた後、ラディンが立ち止まり、顎を上げた。
「あの木だ」
「ええーっ、ここ知ってる。でも、あの木は高すぎて葉も見えないから、分かんない」
リリアーナは見上げて、ぽかんと口を開ける。
「よく見ろ。落ちている葉を。栗と少し違うだろ」
「あっ……そうなのよね。初めは栗かなって思ったけど、微妙に違うから、他の種類と思ってた……。この葉が大王栗なのね!すごい、詳しいのね!」
リリアーナの瞳がぱっと輝いた。
二人で周囲を探すと、地面に丸々とした実が二つだけ落ちていた。
「……やっぱり、早かったな」ラディンが肩をすくめる。
「二個もあったし、 場所も木もわかった。十分だよ、有難う!」
リリアーナは満面の笑顔で、手のひらに載せた大きな栗を掲げた。
――少しだけ可愛いかも。
ラディンは思わず、そう感じてしまった。
「今日は本当に有難う。……これ、お礼に」
リリアーナは籠から大切そうに取り出した。
それは、鎧鷲の風切り羽根。陽の光を受けて、輝きが淡く揺れる。
「……鎧鷲の羽根?」
ラディンは目を細めた。族でも滅多に手に入らない貴重品。高値で取引される品だ。
「綺麗な羽根でしょう? 何かに使ってくれたら嬉しいな」
リリアーナはにこにこと笑いながら、両手で差し出す。
「……有難う」
ラディンは鎧鷲の羽根を丁寧に布で包もうとしていた。
折れたり傷ついたりしないように、慎重に鞄を漁ったその時――。
小袋がころりと出てきた。
薬の独特な匂いがふわりと漂う。
「……?」
すぐにリリアーナが眉をひそめた。
「ねぇ、薬の匂いがする。飲んでるの?」
「ああ、ふらつく時があってね」
「……その薬、見てもいい?」
「いいよ」
ラディンが差し出すと、リリアーナは袋を開け、鼻を近づける。
薬草とは違う、鋭い香り。少しだけ削り、舌に乗せた。
しばらく無言……そして低い声。
「……ねぇ、この薬、毎日飲んでないよね?」
「なんでだ」
「こんなにも沢山……、死ぬかもしれないよ?」
「……そうなのか?」
リリアーナは真剣な目でラディンを見つめる。
「これ、南の薬だよ。すごく貴重で、値段も高くて。飲んだ後は意識が高揚して、強くなったように感じるの。その時だけ使うなら問題ないけど。……僅かに毒があって、毎日飲めば身体に毒が溜まるの」
ラディンは眉を寄せた。
「……毒?」
「そう。始めは手の震え、次に力が入らなくなって、やがて起き上がれなくなる……」
リリアーナは声を落とす。
「……ねぇ、水筒持ってる? 見てもいい?」
「ああ」
彼女は蓋を外し、匂いを確かめ、少し口に含んだ。
「……、やっぱり」
「何だ?」
「この水、捨ててもいい?」
「……ああ」
リリアーナは地面に水を流し、水筒の奥を小枝でゴリゴリと削った。
枝の先には、透明なゼリー状のものがぬるりとついている。
「これは巻き貝が出す粘液みたいなもの。水に少しずつ溶けるの、そこに薬を混ぜてある……」
ラディンは息をのんだ。
「……飲むとどうなる」
「お酒を飲んだみたいにふらついたり、意識が回らなくなったりする。味は……、ほんの少し甘くて、水を飲んでも『少し甘いかな?』くらいしか感じない」
「……毒なのか」
「うーん……媚薬に近いのかな。でも、沢山飲むと危険。下手すると意識を失うし」
リリアーナは真面目な顔で言った。
「昔ね、この二つを組み合わせて使う方法があるって、聞いた。……大丈夫なの?」
……ラディンは無言だった。




