ラディンとシルビアの偵察
灰色の焚き火の煙が、夜の森に薄く漂っていた。
「おい、おまえ……ラディン、偵察に行ってこい」
族長が声を張った。冷えた視線が若い男に向けられる。
「オルフェウス、あいつがどのくらい回復してんのか確かめろ。それとエドモンドの腕前もだ。そうそう、雪豹紋の連中が来たときに、襲うぜ。いい場所を見つけてこい」
「……はい」
ラディンは背筋を伸ばした。若いが、獣のような敏捷さを持つ男だ。
族長は隣に座る女に目をやった。
「シルビア、おまえは妹ってことで一緒に行け。あらかじめ、目ぼしいもんを見つけておくんだ」
シルビアは静かに頷いた。血のつながりはない。だが彼女は演技に長け、必要とあれば誰の妹にでもなれる。
焚き火を囲む男たちはざわついていた。
……一年前、前の族長が死んだ。
病とされたが、今も族の一部は疑っている。
「殺されたんだ」
「今の族長が手を下した」
そう噂される。
ラディンは炎の揺らめきの奥に、族長の目を見た。冷たい光。
真実を知るのは、危険かもしれない。
そうして、偵察の旅は始まる。
森の木々の隙間から、淡い光が差し込んでいた。
ラディンとシルビア、金の髪と緑の瞳。族では珍しくないが、外から見れば目を引く美形の姉弟。
「はぁ~面倒。でもエドモンドに会えるのなら良いかも~」
シルビアが口元をニヤニヤさせる。
「……ホドホドにしとけよ」
ラディンはため息をつきながら、肩に巻物を背負った。西から来た布の巻物を、できる限り運んでいる。
二人が歩みを進めると、前方に人影が揺れた。ときどきしゃがみ込み、地面に手を伸ばしている。腰には草の束。
「うわ、ひどい格好」シルビアが小声で笑った。
紫の髪――見慣れない色。ラディンは一瞬で思い出した。森で出会ったあの娘だ。
「……シルビア、先に行っててくれないか。町の中央広場で夕方落ち合おう」
「ふーん、わかった。じゃあ、お互い自由ね」
シルビアはまた意味ありげに笑い、ひらひらと手を振って去っていった。
ラディンは静かに近づき、声をかけた。
「おい、何をしてるんだ」
「えっ」
振り向いたのはリリアーナだった。北の森で出会った若い男を見て目を丸くする。
「……薬草をとってるのだけど」
確かに、手にも籠にも薬草がぎっしり詰まっていた。
「久しぶりだな。あの枝は、ちゃんと根が出たのか?」
「そうなの! 凄いの! みんな根が出たの! みんなよ! 春になったら、移植をするの!!」
リリアーナは興奮気味に、身振りまで交えて話した。
だがすぐに、熱が引いたようで、深々と頭を下げた。
「……あの時は、本当に有難うございます」
ラディンは少し目を細め、短く答えた。
「それは良かった」
森の風がそよぎ、紫の髪が揺れた。木漏れ日が、髪に影を落とす。
ラディンは腕を組み、少し首を傾げる。
「どうして森に来なくなったんだ?」
リリアーナはきょとんとした顔をしてから、言った。
「殆ど採れる薬草を採ったから。根っこからとか全部採ると、生えてこなくなるでしょ?だから少しずつ取って、移動してるの。それにね、植物地図も随分できてきたし」
「……植物地図?」
ラディンの眉が動いた。
「あ、薬草、木の実、山菜、キノコ、とか生えてる所を記憶してるの。毎年、大体同じ場所に生えてくるから」
「毎年取りに行くと?」
「そう。時期になったらね」
リリアーナは当然のように言った。
ラディンは内心、妙に感心した。町の子か? それとも農民か?
リリアーナは急に声を弾ませる。
「今はね、大王栗の木を探してるの。すっごく大きい栗なんだって。いいよね~」
「知ってるよ」
「本当に!? ……あ、でも秘密でしょ?」
彼女は目を丸くして、すぐに唇を押さえた。
「いや」ラディンは少し肩をすくめる。「知りたいのか?」
「勿論!」
即答。期待に満ちた緑の瞳がこちらをまっすぐ射抜く。
……この子、警戒心が無いのか?
ラディンの胸に不安が過ぎったが、その輝きを前にすると言葉が揺らいだ。
「……明日なら、教えてあげるよ」
「明日ね! 待ち合わせね!」
リリアーナの顔はぱっと明るくなった。
そうして二人は約束を交わした。
明日の朝、門が開く時間に北の門で。




