リリアーナの水やり
リリアーナは城の庭の一角で、今日も薬草に水をやっていた。
「はい、甘甘液の木さん、お水です~。根っこが元気ね。えらいえらい~」
葉がツヤツヤと輝き、リリアーナの声に合わせて揺れる。
「次は甘青草。君もよく伸びたねえ~。もっともっと大きくなーれ」
魔力が水に、歌にのり、草はワサワサと嬉しそうに身を振った。
リリアーナはご機嫌で鼻歌を歌いながら、薬草たちに声をかけ続ける。
――その光景を、庭のベンチから見ていたのはオルフェウスだった。
(……何をしているんだ、あの子は)
リリアーナが如雨露を傾けるたび、葉っぱが一斉に揺れる気がする。
「ほら、もっと飲んで、のびのびしてね~♪」
まるで、草が返事しているように見える。
「……」
オルフェウスは額に手を当てた。
(花と会話し、草と踊る……リリアーナ、とうとう……)
その瞬間、リリアーナがこちらを振り向いた。
「オルフェウス様! 見てください! 甘甘液の木、根っこが出たんです!」
誇らしげに両手を広げるリリアーナ。
「……ああ、そうか。良かったな」
「ふふっ、でしょ! それに、見てください。この甘青草、今日もなんて――素晴らしい」
葉っぱがピンと張り、つややかに光る。
(……おかしい。あれはただの川の水のはずだ。なのに、草木が異様に元気だ)
(まるで、リリアーナの声に応じて動いているようにすら見える……)
リリアーナ「もっとのびのび育ってね~」
草「ワサワサワサァ…」
オルフェウス「……」
(……やはり、草が返事しているようにしか見えん)
オルフェウスはさらに真剣に観察を続けた。
(これは……もしや彼女が無意識に魔力を流し込んでいるのか? いや、待て。そんな高度なことを気づかずにできるはずが――)
リリアーナは小さく拍手して、にっこり。
「すごいすごい、今日も元気いっぱい」
……オルフェウスの目には「草相手に拍手している少女」の姿しか映らない。
(……いや、やはり違うな。緑の手ではなく、緑の脳かもしれん)
彼は深刻そうに額を押さえた。
リリアーナは何も知らず、今日も楽しそうに如雨露を傾ける。
彼女自身は「緑の手」の能力を少しも自覚していなかった。
ある日。
リリアーナは庭で水やりをしていた手を止めた。空を見上げ、目を瞬かせる。
「……雪?」
白いものがふわふわと舞い降りてきたのだ。
けれど、それはやけに大きい。
冬はまだまだ先だ。
(雪国だから……雪も違うのかな?大きいのが普通なの……?)
彼女は両手を伸ばして受け止めた。
「……冷たくない?」
指先に乗ったそれは、雪のようで雪ではなかった。むしろ、ふわふわ。まるで綿毛のような感触。
「なにこれ……?」
リリアーナは不思議そうに見つめながら、そのまま駆け出した。
向かう先はエドモンドの執務室。
「見て!溶けない雪!」
机に書類を広げていたエドモンドは、沈黙した。
「……リリアーナ。それは雪ではない」
「え? じゃあ何?」
「精霊なのか、魔獣なのか……正体は不明だ。この辺りでは『お雪様』と呼んでいる」
「お雪様?」
「捕まえられるようなものではないぞ。人が触れれば、すぐに消えてしまうはずだ」
「でもね、落ちてきたの。ほら」
リリアーナが手のひらを差し出すと、お雪様はふわふわとそこに留まっていた。
エドモンドは珍しそうに目を細める。
「……これは……滅多に見られるものではない」
彼がそっと指先を伸ばすと――すいっとお雪様は逃げていった。
リリアーナが笑う。
ふわりふわりと舞いながら、しかし再びリリアーナの肩に戻ってくるお雪様。
「……やはり、リリアーナ。お前の力に引かれて来たのだろう」
エドモンドは深く息を吐いた。
リリアーナは首をかしげる。
「え、私?まさか、でも……、嬉しい……」
お雪様はその言葉に応じるように、ふわふわと揺れた。そして、そのまま消えた。
「消えちゃった…」
「そういうモノだ」
「……残念」
お雪様は、リリアーナが庭で水をやっている時に、時々現れるようになった。




