マルグリットの不安
リリアーナは毎日、午前は調合室で薬を作り、午後は森へ足を運んだ。合間に弓の練習も欠かさなかった。
薬草を摘み、魔鳥を狩り、調合の試行を繰り返す。狩った魔鳥は、前に同行した兵士に運んでもらった。
そうして、渡り魔鳥の時期が目の前になった。
ある日、リリアーナは調合した薬をエドモンドに差し出した。
「これを……魔鳥と闘う人々に渡して欲しいの。ナイフに塗る神経毒と、刺激臭の袋。袋は、魔鳥と揉み合いになったら、顔に向けて投げて。少しは効果があるかもしれない。森で試した結果、一番効いたものだから」
エドモンドは神経毒の瓶を受け取り、リリアーナの瞳をじっと見つめた。
「リリアーナ、本当に闘うのか」
「はい」
横で聞いていたマルグリットが口を挟む。
「リリアーナ、あなたは女の子なのよ。危険だわ」
「誰もが危険です」
「力のある者に任せればいいのよ」
リリアーナは少し息を整えてから言った。
「……力なら、少しついてきました。足手纏いにはならないつもりです」
マルグリットは大きくため息をついた。
すると、エドモンドが母に向かって言う。
「母さん、リリアーナの実力を見てから決めたらどうだろう」
「……そうね。無理だと思ったら、絶対に反対するわよ」
三人と付き添いの兵士は弓の練習場へ向かった。
エドモンドが弓を示す。
「リリアーナ、試してみて」
「はい」
リリアーナは普通の弓と矢を選び、深く息を吸う。
一射目――的の中心から少し外れた。
二射目、三射目――矢は中心近くに続けて突き刺さった。
「いつの間に……」
エドモンドとマルグリットは顔を見合わせた。
「母さん、剣も確かめてみる?」
「そうね」
付き添いの兵士が木剣を取り、リリアーナと対峙する。
リリアーナは身体強化を発動し、魔力を剣に乗せた。
次の瞬間、鋭い踏み込み――。
ガギン、と甲高い音。兵士は押し返そうとするが、力も速さもまるで違う。数合打ち合っただけで、兵士はあっさりと剣を弾かれた。
「……リリアーナ、強くなってない……?」
エドモンドは小さく呟いた。
練習場に静寂が落ちたまま、マルグリットはしばらくリリアーナを見つめていた。
「……驚いたわ。ここまで出来るなんて思ってなかった」
リリアーナは汗を拭いながら、少し照れたように笑う。
「ありがとうございます」
けれど、マルグリットの瞳はすぐに厳しくなった。
「でも、勘違いしないこと。今のは訓練場での話。相手は魔鳥、人の心があるわけじゃない。本当の戦場は違うの。恐怖で体が固まることもあるし、予想もしない怪我や不運だってある。……どんなに強くても、死ぬ時は一瞬よ」
リリアーナは真剣な表情でうなずいた。
「……わかっています。私の、我が儘であることも。それでも、やりたいんです」
マルグリットは言葉を失い、目を伏せた。
彼女は歩み寄り、リリアーナの頬にそっと触れる。
「あなたは私にとって娘のように大事なのよ。可愛くて、心配で仕方ないの。……だから、どうか絶対に無茶はしないで。命を投げ出すことだけは、許さないわ」
リリアーナの胸に、温かさと責任の重さが同時に広がった。
「……はい」
マルグリットは小さく頷き、ようやく表情を緩めた。
「……エドモンド、必ず、守りなさい」
エドモンドは無言で頷いた。




