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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第2章

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オルフェウスの話

翌日。

エドモンドとリリアーナは、オルフェウスの寝室に通された。

そこにはマルグリットと、ベッドに横たわったオルフェウスが待っていた。

昨日は笑っていた彼も、今日は顔色に疲れがにじんでいる。


「父上、無理をなさらずに……」

エドモンドが言うと、オルフェウスは手を振って制した。


「大丈夫だ。寝ていても舌はまだ動く。……さて、エドモンド、リリアーナには“渡り”について話してあるか?」


「まだです」

息子の答えに、オルフェウスはゆっくりとリリアーナに視線を移す。


「リリアーナ」

低い声が響いた。

「これから話すことは、楽しいことではない。しかし、この地で暮らしていくには必要なことだ。聞けるか?」


「……はい」

リリアーナは背筋を伸ばし、真剣な面持ちで答えた。


オルフェウスはひとつ息を吐き、言葉を継ぐ。

「この土地は――夏には“渡り魔鳥”の襲撃を受ける。一週間位にわたり群れをなして飛来し、家畜を襲い、時に人も襲う。身長は二メートル位か。大型の凶暴な肉食魔鳥だ。

そして冬には、北から狼型の魔獣の群れが押し寄せる。長い雪に閉ざされた時期だ」


リリアーナは思わず息を呑んだ。

魔獣は、ここでは現実の脅威として語られている。


オルフェウスの目は鋭く、しかし誇りを帯びていた。

「その期間――農民も兵士となり、皆で家族と家畜を守る。

今までは、この身が領主として指揮を執ってきた」


ベッドの上の拳が強く握られる。

「だが……もう、前のようにはいかぬ」

オルフェウスは、深く息を整えたあと、言葉を続けた。


「……エドモンド。渡りの指揮は、お前に頼む」


「はい」

息子は即座に返答する。だが、その声音にはわずかな緊張がにじんでいた。


「父上」エドモンドはためらいながらも問う。「怪我を負った時のことを、聞かせてください」


ベッドに横たわるオルフェウスの眼差しが鋭さを増す。

「……いつも恒例の、西の森の視察中だった。背黒斑が出たのだ」


室内の空気がわずかに張り詰めた。

「一匹ならば余裕だった。しかし……番がいた。気づかぬうちに背後を取られ、肩から背中にかけて抉られた。……この左腕は、もう動かん。大弓も二度と引けぬ」


静寂を破るように、エドモンドが低くつぶやく。

「……背黒斑は、もっと西の深い森に棲むはずでは……」


「そうだ」

父の声は苦い。

「だから油断した。境まできているとは思わなかったのだ」


そこで、リリアーナが思わず口を開いた。

「……背黒斑とは?」


エドモンドは彼女に視線を向け、説明する。

「背に黒い斑模様を持つ、熊に近い形の魔獣だ。大熊よりは小さいが、動きが素早い。牙も鋭く、肉を裂く力は熊以上……。それが出るなら、西の森はもう危険だ」


「ええ」マルグリットが頷く。

「昨日は斥候が戻ってきたの。西の森に出した者たちが、やはり“魔獣の動きが不自然”だと言ってきたのよ」


「不自然?」リリアーナが問い返す。


「ええ。数が多すぎる。棲み処を追われて移動しているのか、それとも――隣国の部族が何かを仕掛けたのか」

マルグリットの声には、かすかな憂いがにじんでいた。



「大弓は……練習は続けます。しかし、父上の技量には到底及びません」エドモンドは言う。


「それでもやらねばならん。魔鳥は群れで来る。大弓が無ければ兵士を何人も失うだろう」



重苦しい沈黙が部屋を満たす。

夏を前にして、この地に迫る影は確かに広がりつつあった。



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