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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第1章

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リリアーナの決意

学院生活は二年間を過ぎていた。最近のリリアーナは、日々がとても楽しかった。

騎士科の授業、剣を握りながらの稽古も、薬草の研究話も――全部が新鮮で幸せだった。

なにより、エドモンド様と過ごす時間がある。 

それが、心の奥を温めていた。


ところがある日の午後、ざわめきが学院を駆け巡った。


「辺境伯領主が、魔獣の群れに襲われて深手を負ったらしい」

「まさか……それで、エドモンドが……?」

「学院を辞めて領主を継ぐんだとよ」


リリアーナの胸が、きゅっと締めつけられた。


その日の夕刻。

約束もしていないのに、エドモンドがリリアーナを訪ねてきた。

静かな廊下で、低く真っ直ぐな声が告げる。


「……急に学院を辞めることになった。

リリアーナ嬢、君と過ごした時間は……楽しかった。ありがとう」


一瞬、何も言葉が出てこなかった。

笑って答えるべきなのに、喉が塞がってしまう。

ただ心臓が痛くて、息が苦しい。


踵を返そうとする背に、やっと絞り出した。


「……待って下さい!」


声が裏返り、震えた。

自分でも驚くほど必死な声だった。


裏庭へと誘い、二人きりになる。

木々の間に夕陽が差し込み、影が長く伸びている。


「……私も、楽しかったです。剣を交えることも。薬草のことを語り合えるのも……全部。

……もう、どうしても……無理なのですか。

会えなくなってしまうのですか」


震える声を隠すこともできず、リリアーナは視線を落とした。


エドモンドはしばらく黙ったまま彼女を見つめ、それから苦く微笑む。


「北は……厳しい土地だ。

雪と魔獣ばかりで、何もない。

しかし、守るべき領地と領民がいる。

……俺は来年、最終学年だったから、ただ時期が早まっただけだ」


穏やかな声。

けれど、その瞳の奥には覚悟と距離があった。



リリアーナは首を横に振り続けていた。

言葉にならない思いが胸を圧し、息が詰まりそうになる。


「……リリアーナ嬢」

エドモンドが声をかけた瞬間、彼女は堪えきれなくなった。


「……っ、いやです……!」


ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

自分でも驚くほど止められなかった。

あんなに楽しかった時間が終わってしまう。

もう会えなくなるなんて――受け入れられるはずがない。


「……どうしても……どうしても……」

しゃくり上げながら、リリアーナは震える声を絞り出した。


「わたくしも……一緒に北に行きたいです。

ダメ……ですか……?」


泣き崩れながら縋るように言うリリアーナの声は、震えながらも真っ直ぐだった。


エドモンドは大きく息を呑み、目を伏せる。

普段は冷静な彼の胸の奥で、何かが強く揺れ動いていた。


「……君は、本当に……どうして……」

彼は言葉を途中で呑み込み、顔を歪める。


「どうして、そんなに俺のことを……」


リリアーナは涙で濡れた目を真っ直ぐに向ける。

「だって……! エドモンド様といる時間が、とても幸せだったから……。

お話しして、剣を見て……薬草のことを話して……。

わたくし……もう、離れたくないのです」


その必死な告白に、エドモンドの心の最後の壁が崩れた。


「……リリアーナ……」


次の瞬間、彼は彼女を強く抱き寄せた。

胸に押し付けられた顔から、切ない涙がじわりと広がる。



「君は……本当に……」

喉の奥で笑うように呟き、けれどすぐに真剣な声へと変わる。


「北は厳しい。

俺でさえ、命を懸けねば守れない土地だ。

……そんなところへ、君を連れていけると思うか?」


リリアーナは涙で霞む視界のまま、必死に首を縦に振った。


「剣も……薬草も……頑張ります。

わたくし……エドモンド様のお役に立ちたいのです」


泣きながらも必死に言うその姿に、エドモンドは言葉を失った。



裏庭の夕暮れ。まだ涙で赤くなったリリアーナの頬に、エドモンドは静かに言葉を落とした。


「……君はまだ若い。将来、もっと良い人に会うかもしれない。

君を育ててくれた人々とも、北に行けば簡単には会えなくなる。

……違った、と後悔するかもしれない」


真剣な眼差しに、リリアーナはぎゅっと拳を握った。


「……いいえ」

彼女は小さく首を横に振る。


「行かなければ、きっと……行けば良かったと、一生後悔すると思います。

学院生活は、私には辛いことが多かった。けれど……エドモンド様と過ごした時間だけは、宝物でした。

皆には……手紙を書きます。北の薬草や魔獣の素材を梱包して送ります。……会えなくても大丈夫です」


言い切るリリアーナの声は震えていたが、その瞳は澄んで揺らがなかった。


エドモンドはしばし黙り込み、やがて深く息を吐いた。

強い北風を受けても折れない少女の意志が、目の前にある。


「……リリアーナ」

彼は彼女の肩に手を置き、まっすぐに見つめ返す。


「君が本気なら……俺は拒めない。

だが、今すぐにというわけにはいかない。学院を退学するには、家の事情を理由にしなければならない。

そして……君はまだ十四歳。結婚できるのは十五からだ。だから――婚約者となる」


リリアーナの心臓が大きく跳ねた。

言葉の意味を理解した瞬間、頬が一気に熱くなる。


「……婚約……」

彼女の声は小さく震え、目には涙が滲んだ。


エドモンドは真剣な顔のまま、わずかに微笑む。

「そうだ。北へ連れて行くというのは、それほどのことだ。……覚悟はあるか?」


リリアーナは胸に手を当て、呼吸を整えた。

長くて短い沈黙の後、小さく、けれどはっきりと答えた。


「……はい」


その声は、風に揺れる夕闇の中で、はっきりと響いた。


エドモンドはその答えに目を細め、彼女の手をしっかりと握る。

「……これから先、厳しい道になる。それでも、君となら……」


彼の言葉は最後まで続かなかった。

リリアーナがその手を握り返し、涙の中で微笑んだからだ。


二人の間に、もう迷いはなかった。

――その日、裏庭の静けさの中で、北へ向かう二人の未来が誓われた。




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― 新着の感想 ―
 よかったな、王女。望み通りの展開だ。だ が 赦 さ ん
すごい!何もかも中途半端!
いじめ主導は許せないけど良縁運んでくれらからちょっと許す
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