王女の暗躍
王女は机の上に広げられた羊皮紙を睨みつけていた。
それは、王の側近からの冷ややかな調査報告。
――「リリアーナ嬢、歌・剣・調剤いずれも未熟。年齢も浅く、外交の場には不適」
「未熟? 若い? ……それだけで済むの?」
王女は口元を引きつらせ、堪えきれずに叫んだ。
「何でよ! 何で出来ないのよ!!」
「憎らしい! 憎らしい! 憎らしいぃぃぃ!!」
椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、部屋をぐるぐる歩き回る。
考えれば考えるほど、胸の内の黒いものが膨れあがる。
「……階段から落とす? 駄目、目撃される。犯人はすぐにわかるわ」
「薬を盛る? もっと駄目。調べられれば見つかるに決まってる」
「剣で痛めつける? ……そんな生徒が騎士科にいたら、それこそ大問題!」
思いついては自分で否定し、顔を覆って悔し涙を浮かべる王女。
自分が実は小心者で臆病で、実行力など皆無だとわかっている。
「うぅ……どうすれば……」
その時、閃いた。
「――そうだわ! 婚約者よ!」
リリアーナに婚約者さえ出来れば、ユリウスは彼女を別の男のものと見る。
そうすれば目も心も離れるはず!
王女はすぐさま机に戻り、日頃から書きためていた「リリアーナ調査ノート」をぱらぱらとめくった。
彼女は、ライバルを徹底的に監視していたのである。
「いじめに加担していない。ユリウスより美形。剣も出来る。リリアーナを悪く思っていない……」
指で候補の名前をなぞり、吟味する。
「……でも、お金も必要。薬に造詣があれば、なお良い。辺境の薬草……そう! 辺境伯の息子!」
ページの隅に書かれたその名前に、王女は勢いよく指を突き立てた。
「条件すべてを満たすじゃない! これしかないわ!」
ぱっと顔を上げ、鏡の前に立ち、自分の姿を見つめる。
まるで王国の命運を決する策を練り上げた偉大な戦略家のように、王女は顎を引いて胸を張った。
「ふふ……ふふふ……」
次の瞬間、こらえきれずに笑い声が弾けた。
「ふふっ、あははははっ! 完璧よ! これでユリウスは私のもの!
リリアーナなんて眼中になくなるわ! あーっはっはっはっはっ!!!」
高笑いが寮の廊下まで響き渡った。
学院の講義棟、薬学教室。
薬草の標本と瓶が整然と並ぶ部屋に、王女はひっそりと入ってきた。
薬学教師が眉をひそめる。
「おや、王女殿下。授業でもないのに、どうされましたか」
王女はにっこりと微笑み、小さな紙片を差し出した。
「先生、リリアーナさんのことなのです。彼女、とても調剤の能力が高いと伺っていますわ」
教師は半眼になりながら、紙を受け取る。そこにはある辺境伯の名が記されていた。
王女は声を落とし、ことさらに真剣な様子を見せる。
「ある辺境の土地に、素晴らしい薬草が生えていると情報を得ました。
きっとリリアーナさんの知識や勉強の役に立つかと……。気になったら、先生から本人に話をして差し上げてくださいませ」
薬学教師は訝しげに紙を見下ろす。
「ふむ……これは辺境伯の名……。確かにあの地は薬草の宝庫と聞くが」
さらに王女は、声を潜めて教師に耳打ちした。
「……これは私心なのですが、リリアーナさんと辺境伯の御子息、とてもお似合いだと思いませんこと? ……どうか内密に」
教師は、少し驚いたように目を細め、唇を撫でる。
「なるほど……殿下のお考えはわかりました。……承知しましたよ」
王女は満足げに微笑み、教室を去った。
数日後。
薬学の授業が終わった後、薬学教師はリリアーナを呼び止めた。
「リリアーナ嬢、少しよろしいか」
「はい?」
首をかしげるリリアーナに、教師はある領地名を言う。
「この辺境伯の領地には、珍しい薬草が多い。私も興味があったが……どうだ、君は興味があるか?」
「珍しい薬草……! ぜひ知りたいです!」
リリアーナの瞳が輝いた。
教師は微かに頷く。
「学院には、その領地について詳しい者がいるらしい。話をしてみたいか?」
リリアーナは少しも迷わず答える。
「はい! ぜひ!」
教師は満足そうに頷き、内心で「王女殿下の策に乗せられたかもしれんが……初めは私も同席して話を聞こう。これはこれで悪くない」と思うのだった。




