特技披露の会
学院の行事のひとつ――「特技披露の会」。
最終年の生徒が、自分の得意を学院生・教師・さらには国の要職者の前で披露し、将来の進路や縁を繋ぐ重要な場。
剣の試技、流暢な多国語の会話、見事な調合、堂々たる弁論――次々と舞台で光を放つ最上級生たち。
低学年の生徒たちはそれを見て「自分もいつか」と夢を描くのが恒例だった。
すべての発表が終わり、拍手が会場を包む。
だが――その直後。
『サプライズ発表です! いま注目を集めつつある優待生、リリアーナさん。舞台へどうぞ!』
会場がざわめいた。
リリアーナは椅子から跳ね上がり、固まる。
「えっ……? な、何それ……聞いてません!」
背筋に冷たいものが走る。
舞台袖に、にこやかに扇子を口元に当てる王女の姿があった。
押されて、舞台の中央に立たされるリリアーナ。
剣も薬も、披露の用意などない。リュートがあれば歌えるけれど……何もない。
心臓が耳の奥で暴れるように脈打つ。
(どうすればいいの? ……いや、逃げるわけにはいかない)
リリアーナは深く息を吸い込んだ。
頭は真っ白なのに、唇が自然に動き出す。
それは何度も口ずさんだ英雄の歌。
勇者が仲間を鼓舞し、大地を照らしながら歩んだ伝説の旋律。
――前を向いて進め。されば道は開かん。
アカペラで紡がれる歌声。
舞台上に響く声は、澄み渡る鐘の音のようで、会場を満たした。
その瞬間、彼女自身が気づかぬまま歌に魔力が宿る。
聴衆の心に光が差し込むようだった。
胸の奥に希望が芽生え、涙が浮かぶ者もいた。
歌が終わったとき――会場はしんと静まり返っていた。
風の音すら聞こえそうな静寂。
リリアーナは青ざめて立ち尽くす。(……失敗した?)
だが次の瞬間、割れるような拍手が起きた。
教師たちが立ち上がり、要職者までもが身を乗り出す。
「素晴らしい……!」
「心を打つ歌声だ……」
ざわめきは歓声に変わり、会場は熱に包まれていく。
舞台袖の王女の扇子が、わずかに震えていた。
(どうして……どうしてあの娘は、失敗せずに……!)
リリアーナは舞台上で呆然としながら、ただひとつ確かに感じていた。
――前を向いて進め。
歌の言葉は、今の自分自身に返ってきているのだ、と。
歌が終わり、拍手喝采。
リリアーナは困惑しつつも舞台を降りた。
夜、王女は豪奢なカーテンを引きちぎらんばかりに掴み、爪を立てて叫んだ。
「どうしてよッ! あの子が、あの子が一番目立ってどうするの!」
取り巻きの一人が怯えたように答える。
「で、ですが、あの歌声……まるで人の心を揺さぶるような……」
クラウディアは荒い呼吸のまま、ふと目を細めた。
その表情は怒りから打算へと変わっていく。
「……待って。あの歌声……使えるわ。外交に」
「外交……でございますか?」
「そうよ! 歌で人の心を動かせるなんて、各国の宴席で披露させれば、場を支配できる。王に進言すれば必ず取り上げられるはず」
彼女はくすりと笑った。
「そうすれば……学院から退学か、最低でも留年。外国に行かせてしまえば、ユリウスも諦めるわよね」
王女の笑みは氷より冷たく、炎より激しかった。
「……ふふ。これで終わりよ、リリアーナ」