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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第5章

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ラニアの手の中

次の日――。

ラディンは夜明けとともに城を発つつもりで、静かな廊下を歩いていた。窓から差し込む朝の光が床に長い影を落とし、足音だけが控えめに響く。

「ちょっと、待って」

背後から声がして、ラディンは足を止めた。振り返ると、そこにはラニアが立っている。

「これ、知ってる?」

ラニアはそう言って、そっと手のひらを開いた。

そこにあったのは、小さな金属のバッジだった。深い青の石が中央にはめ込まれ、その周囲を波紋のような紋様が円形に囲んでいる。銀の表面には細かな刻印が施され、見る角度によって水面の揺らめきのように光を返していた――とある部族の象徴。

ラディンは眉をひそめ、無言のままそのバッジを見つめる。わずかに表情が硬くなった。

「僕が、ここにいる間に見た記憶はない」

ラニアが静かに言った。

「だから、オルフェウスたちは知らないと思って」

そう続けながら、ラニアは探るような視線をラディンへ向ける。わずかな緊張と、確かめたいという意思が、その瞳の奥に揺れていた。

ラディンはしばらく答えず、ただ彼女の手のひらに乗った印を見つめ続けていた。朝の光が二人の間に落ち、廊下の空気だけが静かに張りつめていく。

「……これ、どうしたんだ」

ラディンは低く、抑えた声で言った。視線は、ラニアの手のひらに乗る紋章から逸れない。

「拾った。ある場所で」

ラニアは簡潔に答える。その声音は穏やかだが、どこか試すようでもあった。

「……本物、か?」

疑うというより、確かめる響きだった。

「多分。ねぇ、知ってるの?」

ラニアが問い返す。

ラディンは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく息を吐いた。

「言い伝えだ。この紋様の部族には、逆らうな、と」

わずかに間を置き、続ける。

「魔獣を使役する、と」

朝の光が廊下に差し込み、銀の紋様が淡く光を返す。ラニアの瞳が、静かに揺れた。

「この辺りなの?」

「詳しくは知らない。常に移動しているらしい。実態が掴めない」

事実だけを告げる声。だが、その奥には警戒が滲んでいる。

「そっか」

ラニアは小さく頷いた。そして、バッジをそっと握りしめる。

「待て。何を考えてる?」

ラディンはとっさにラニアの肩を掴む。その指先に、わずかな焦りが込められている。

ラニアは彼を見上げた。

「……内緒」

いたずらめいた笑みを浮かべながらも、その瞳は冗談ではなかった。


「ねぇ、もし言ったら。協力してくれるかな?」

ラニアは、いたずらを思いついた子どものような顔で、そう言った。

……嫌な予感しかしない。ラディンは胸の奥に引っかかるものを覚えながら、慎重に言葉を選ぶ。

「……協力の約束は、できない」

即答はしない。否定も肯定もしない。その曖昧さが、彼なりの防御だった。

そのときだった。軽やかな足音が芝を蹴る。ラニアの方へ、一匹の影が駆け寄ってきた。

しなやかな四肢、陽光を弾く毛並み。人懐こい仕草とは裏腹に、纏う気配は明らかに異質。

「そいつは?」

ラディンは低く問う。

「ロキ、だよ」

ラニアは何でもないことのように答える。

「いや、そうじゃない。魔獣だろ?」

ぴたり、と空気が止まった。

ラニアは一瞬だけ目を見開き、それから小さく笑う。

「ラディンは、わかるんだ」

「まあ、狩人だからな。それに、よく知ってる」

ロキはラディンを見上げる。敵意はない。だが、ただの獣でもない。森で幾度も相対してきた“あちら側”の存在だと、肌が告げていた。

「……怖くないの?」

「それは、賢い」

ラディンはロキの動きを観察しながら続ける。

「危害を加える気なら、とうにしてるだろ」

ラニアは小さく頷いた。

「なるほど」

短い沈黙が落ちる。ラディンは周囲を一瞥し、声を落とした。

「……関係してるのか?」

問いは鋭い。核心を射る。ラニアは視線を逸らさず、しかし答えは曖昧に濁す。

「少しね」

それで十分だった。ここで立ち話を続けるべき話題ではない。ラディンは踵を返す。

「……場所を変えよう」

ラニアは軽く肩をすくめ、ロキを伴ってその後に続いた。

三人と一匹は、人目を避けるように裏庭へと向かった。


その一部始終を、柱の陰からローデンが見ていた。二人の距離。ラディンの手が触れるラニアの肩。低く交わされる声。

胸の奥に、言いようのないざわめきが広がる。

――どうして、あんなに距離が近いんだ。おかしいだろう?ここは廊下だぞ。しかも、もう触れるばかりじゃないか。

ローデンは、瞬きすら忘れてその光景を見つめていた。心臓の鼓動が耳にまで響くようで、息をするのも忘れそうだった。

――なんで、ラニアの肩を掴むんだ。なんで、ラニアは笑っているんだよ。

問いは胸の中で渦巻くだけで、答えはどこにもない。ローデンは、自分の思考を律することができなかった。感情が理性を押しのけ、ただ目の前の二人の距離と仕草に支配されていく。

身体は動かない。言葉も出ない。ただ、影の中で、じっと見つめ続けるしかなかった。


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