課外学習に行く
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リリアーナは学院生活を必死に送っていた。
優待生として入学したからには、絶対に学業で落ちこぼれるわけにはいかない。
周囲から孤立しても、授業の課題や試験だけは全力でこなした。
ユリウスも、彼の姉である公爵令嬢たちも同じ学院にいたが、学年が違えば顔を合わせる機会は少ない。
廊下ですれ違っても、リリアーナは笑顔を浮かべて「大丈夫です」としか言わなかった。
弱音は吐けない……。
けれど、胸の内では別の想いが渦巻いていた。
――どうしてこんなに簡単に、人は人を追い詰められるのだろう。
教科書を隠す。持ち物を汚す。わざと孤立させる。
ほんの少しの行為が積み重なれば、日常は簡単に壊れてしまう。
行為者は心が無いの……?
(違う。今まで……私は恵まれていたんだ)
森の師匠はいつも穏やかに薬草の知識を教えてくれた。
弾き語りは笑って音を奏でてくれた。
剣を交えた少年は真っ直ぐに剣を振るってくれた。
父も母も彼らなりに支えてくれた。
――そこに悪意はなかった。
だからこそ、今の状況は鮮烈に彼女を打った。
人は、理由もなく誰かを排除し、陰で笑うことができるのだ、と。
夜、寮の小さな机でリリアーナはひとり、ランプの灯を頼りに勉強を続ける。
涙が滲むこともあるが、ノートの文字を消すわけにはいかない。
「……負けない。私は、悪くない」
学院の課外学習の日。
生徒十名と教師一人で、森に足を踏み入れる。冒険者や狩人がどのように森を扱うのか、実地で学ぶためだ。
「森……久しぶり」
リリアーナの胸は自然と高鳴った。
浅い入り口だけでも、薬草の香りや小鳥の鳴き声、土の匂いが懐かしい。
歩きながら、つい足元の草に目が向いてしまう。
「……あ、これ、解熱に使える。こっちは消毒……」
嬉しさのあまり、誰にも気づかれぬよう少しずつ薬草を摘んでいった。
しかし森の中ほどで、白い霧が辺りを包み込む。
教師が立ち止まって注意を呼びかけたその時――
「いやっ、もう無理!怖い!」
一人の女子生徒が、怯えた声で叫び、霧の中を走り出した。
教師は慌てて追いかける。だが生徒を残すわけにはいかず、全員でその後を追うことになった。
だがその先は、森の奥。
霧の切れ間で、教師と逃げた女子生徒の前に、二本角の狼型の魔獣が現れていた。……囲まれた。
「下がれ!」
教師が庇うように立つ。
リリアーナは迷わず薬草の束を握りしめて駆け寄った。
「先生! これを!」
手にしていた葉や根を素早く揉み、ハンカチで包み、即席の香袋を作る。
「即席ですが……魔獣避けです。道具も何もないから効き目は半分以下ですけど、無いよりはいいです!」
驚く教師の手にそれを押し込み、リリアーナは続けた。
「先生は皆を誘導して! 殿は私が務めます!」
そう言って地面に落ちていた太い枝を構える。
魔獣が低く唸り、飛びかかってきた。
枝で牙を受け止め、腕に衝撃が走る。それでもリリアーナは退かず、必死に魔獣を牽制する。
教師は半信半疑で香袋を突き出す。すると魔獣の鼻先がぴくりと揺れ、動きが僅かに鈍る。
「……効いている……!」
その隙に生徒たちを誘導し、森の出口へと急ぐ。
リリアーナは何度も枝を振るい、牙を払い、地面を蹴って後退しながら、仲間を守り続けた。
ようやく木々の間から光が差し込み、全員が無事に外へと抜け出す。
魔獣は森の奥に留まり、それ以上は追ってこなかった。
*
皆が肩で息をして振り返った時、そこに立つリリアーナは汗と泥でぐしゃぐしゃだったが、笑みを浮かべていた。
「……良かった。全員、無事で」
彼女の掌には、潰れた薬草の青い匂いがまだ残っていた。




