アデライドの誕生日会
アデライドの八歳の誕生日会。
広間には親しい貴族の子息や娘たちが招かれ、華やかな笑い声と音楽が響いていた。
リリアーナは緊張しながらも、公爵や夫人に教え込まれた礼儀を忘れず、丁寧に頭を下げ、受け答えをしていった。
「よくできていますね」
「見習いとは思えない」
囁き合う声に頬を赤らめながらも、なんとか一日をこなしていく。
そして宴の途中、アデライドの「お兄様! リリアーナのリュートが素敵なの!」という無邪気な声に押され、リリアーナは一曲披露することになった。
柔らかな音色が広間に響き、客人たちのざわめきは自然と静まる。
澄んだ旋律にアデライドは目を細め、周囲からも拍手が湧き起こった。
――その時。
ユリウスが前に出て、じっとリリアーナを見据えた。
「……見事だ。だが、音楽だけではあるまい? 他に出来ることは?」
突然の問いかけに、リリアーナは少し戸惑い、しかし正直に答えた。
「……少しだけ、剣を習っていました。冒険者に。護身のために」
その言葉にユリウスの目が光る。
「ならば、模擬剣で手合わせをしないか?」
場がざわめく。
「おいおい、ユリウス様……」「相手は令嬢見習いだぞ」
だがユリウスの真剣な眼差しに、公爵が口を開いた。
「……面白い。リリアーナ、やってみるか?」
リリアーナは緊張で胸が高鳴った。
だが、逃げるのは恥ずかしい――そう思い、小さくうなずいた。
「……はい」
庭に移され、木製の模擬剣が手渡される。
ドレス姿のリリアーナは軽く裾を持ち上げ、すっと構えをとった。
ユリウスが先に踏み込む。
「はあっ!」
力強い打ち込み――だが、リリアーナはしなやかに受け止め、身を翻して受け流す。
ドレスの裾が大きく舞い、観客からは驚きの声。
「まるで舞を踊っているようだ……!」
「いや、速すぎる……」
ユリウスは次々と攻め込むが、リリアーナは冷静に防ぎ、時折鋭い反撃を入れる。
そして隙を突き、木剣の切っ先をユリウスの喉元へ――ピタリと止めた。
「……っ」
沈黙ののち、拍手と歓声が沸き上がった。
「リリアーナ嬢が勝った!」
「信じられん、あの体格で……」
ユリウスは肩で息をしながら、じっとリリアーナを見据えた。
悔しさよりも――別の疑念が胸をよぎる。
(おかしい……体格も腕力も、俺と比べればはるかに劣るはずだ。それなのに、この打ち合いで互角以上……)
ユリウスは唇を噛む。
(剣筋の冴えだけじゃない……まるで、力の底に何かが宿っているような……魔力、か?)
リリアーナは深く頭を下げた。
「お手加減いただき、ありがとうございました」
その姿に観客は感嘆の声を上げたが、ユリウスの胸に残ったのは別の思いだった。
(……この娘はいったい何者だ?)
誕生日会の翌日。
ユリウスが学院へ戻る時間が迫っていた。
馬車の準備が進む中、彼はリリアーナを庭に呼び止める。
「……少し、話をしてもいいか」
リリアーナは緊張しつつも頷き、二人は木立の影に並んだ。
ユリウスは真正面から彼女を見据える。
「……あの日の模擬戦。お前、剣に魔力をのせていただろう」
剣に魔力をのせられるのは、スキル持ちが殆ど。しかも、かなりの訓練が必要になる。
リリアーナは目を瞬かせ、すぐに小さくうつむいた。
「……ごめんなさい。無意識なんです。力で敵わない相手には……つい」
「つい、だと?」
驚くほど率直な返答に、ユリウスは言葉を失う。
「……気分を害しましたか?」と彼女が小さく続けると、
ユリウスは思わず口元を歪めた。
「……いや。素直すぎて、毒気を抜かれるな」
彼はしばし黙り込み、それから不意に問いかけた。
「なぜ……剣を?」
リリアーナは一瞬だけ遠い目をして、ぽつりと答えた。
「森に入る時、身を守るために必要だったからです。魔獣や盗賊に出会ったら、ただの女の子では生きて帰れません」
ユリウスは息を呑んだ。
――自分が学院で剣を学び、模擬戦に明け暮れていた時、この娘は日常の延長に「死」と隣り合わせの現実を抱えていたのか。
「……俺よりも、ずっと過酷な場所に立ってきたのか」
そう思うと、胸の奥が妙にざわめいた。
恐怖や疑念よりも――気づけばその強さと儚さに、惹かれていく自分がいた。
ユリウスは小さく息を吐き、視線を逸らす。
「学院に戻るが……また会うだろう。来年、入学だったか……」
「はい。……お世話になりました」
リリアーナが深々と頭を下げる。
ユリウスはその後ろ姿を目に焼き付けるように見つめながら、心中で小さく呟いた。
(――あの娘は、何者だ)




