アデライドの誕生日
誕生会への招待
屋敷に来てから三か月。
リリアーナの毎日は、掃除とリュート、夜は机に向かっての自習で終わる。
礼儀作法はアデライドに付き添う形で学んでいたが、自分は「付け足し」にすぎない、と考えていた。
けれど――。
アデライドはすっかり変わった。
以前のようにぼんやりと過ごすことは減り、笑顔で話すことも増えた。
リリアーナの拙い冗談に肩を震わせる姿は、年相応の八歳の少女に戻っていた。
そんなある日の午後。
家令が告げた。
「三日後、アデライドお嬢様のお誕生日会がございます」
誕生日会――。
リリアーナは胸を高鳴らせつつも、すぐに首を振る。
「私は見習いですから、メイドの姿で務めを果たします」
その言葉に、公爵は静かに首を振った。
「いや、リリアーナ。お前も出なさい」
「えっ……」
「礼儀の稽古を積んでいるのだろう? ならば実地でこそ学びが生きる」
公爵の声は厳しいようで、どこか温かさを含んでいた。
リリアーナは戸惑い、足元を見つめる。
「でも……わたし、まだ完璧ではありません。粗相をしてしまうかもしれません」
「失敗を恐れては、何も得られぬ」
公爵は柔らかく微笑んだ。
「それに……アデライドのそばにいてくれるお前に、私は感謝している。あの子の笑顔を取り戻したのは、お前の力だ」
リリアーナの胸が熱くなる。
「服は私が用意してやろう。見習いのままでは礼を欠くからな」
そう言うと、公爵は夫人を見やり、軽く頷いた。
夫人もまた穏やかに微笑む。
「ええ。あの子のためにも……美しいドレスを仕立てましょう」
リリアーナの瞳が大きく揺れた。
夢のような話だった。
「ありがとうございます……!」
深々と頭を下げるリリアーナの姿を見て、公爵は満足そうに頷いた。
誕生日会の当日。
リリアーナは与えられた部屋で、仕立てられたばかりのドレスに袖を通した。
鏡に映る自分の姿を見て、思わず息を呑む。
「……これが、わたし……?」
柔らかな若草色のドレスは、彼女の紫色の髪と瞳を引き立て、清らかな雰囲気を纏わせていた。
いつもの見習い服ではなく、まるで本物の令嬢のように見える。
緊張で指先が震える。
「やっぱり……場違いなのでは……」
けれど、その不安を消したのは、扉を叩く軽やかな音だった。
「リリアーナ!」
駆け込んできたアデライドは、ぱっと顔を輝かせる。
「とっても似合うわ! お人形さんみたい!」
その無邪気な笑顔に、リリアーナは少しずつ肩の力を抜いていった。
会場に出ると、公爵夫妻も家令たちも優しく迎え入れる。
「綺麗だね、リリアーナ」「よく似合っている」
温かな言葉が降り注ぎ、胸がいっぱいになった。
――その時。
「父上、母上、ただいま戻りました!」
朗々とした声とともに、扉が開く。
公爵家の長男、十五歳のユリウスが帰ってきたのだ。学院は全寮制で、基本は冬休みと夏休みしかない。
凛とした姿に、会場の空気が一瞬引き締まる。
彼はまずアデライドに目を向け、驚愕の色を浮かべた。
「……アデライド?」
以前はただ俯き、笑顔を失っていた妹が、今は瞳を輝かせて笑っている。
「お兄様! 来てくださったのね!」
駆け寄ってくる妹に、ユリウスはしばし言葉を失った。
――変わった。
家も、妹も。
そして視線は、妹の隣に立つ見知らぬ少女へと移る。
ドレスに身を包み、不安げに微笑むリリアーナ。
その姿は、思わず「可愛い」と胸を揺らすほどに愛らしかった。
だが同時に、心に棘のような感情が芽生える。
――妹の笑顔を取り戻したのは、この娘なのか?
――自分の知らぬところで、妹の隣を占めている存在。
ユリウスは表情を整えつつも、その小さな嫉妬を隠しきれなかった。
「……父上、母上。この子は?」
公爵が静かに答える。
「リリアーナ。見習いで預かっている。アデライドの話相手、でもある」
ユリウスの瞳が一瞬鋭くなる。
妹の変化を喜びながらも、彼の胸には複雑な感情が渦巻いていた。
――リリアーナ。
この娘の存在が、妹を変えたのだ。
喜びと嫉妬の入り混じった感情を抱きながら、ユリウスはその小さな見習い少女を見つめ続けていた。




