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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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中尉は己を知る

中尉は焦っていた。巨大な狼のような魔獣が、群れを成して襲来するなど聞いていない。鋭い爪も強靭な牙も、王都で鍛え上げた自慢の兵士たちの剣を軽々と受け止め、盾ごと吹き飛ばしていく。


一度目の襲撃だけで、死者はすでに多数にのぼり、負傷者も多かった。息を荒げた兵士が、中尉に訴えた。


「中尉殿……応援を頼みましょう!」


しかし、中尉は唇を噛んだまま首を振った。彼のプライドが、北の領民や領主の助力を乞うことを許さなかったのだ。


その迷いと慢心の代償は大きかった。やがて二度目の襲撃が始まり、魔獣の群れは容赦なく兵を削っていく。死者も負傷者もさらに増え、部隊はついに戦闘不能の状態へと追い込まれた。


北の領地の兵たちの損害は、ほとんど無かった。三度目の魔獣の襲撃の際、王都から来た部隊の穴を埋めるために配置を代わった者たちが多少の被害を受けたが、それでも軽微で済んだ。家畜の被害は確かにあったものの、過去にも毎年のように起きている範囲であり、領地としては想定内の出来事だった。


――少なくとも、王都から来た兵士たちが受けた壊滅的な損害と比べれば。


中尉は、王都へどのように報告すべきか迷っていた。被害の事実は覆しようがない。自分もまた軽傷とはいえ怪我を負い、惨状は明白だった。

屈辱と後悔が入り混じる中、中尉にとって長く、耐え難い冬がようやく終わろうとしていた。


中尉は、帰還の前にオルフェウスへ願い出た。

「もし王都から今回の被害について事実確認が来たとき……北の兵たちの代わりに、我々が勇猛に戦い、負傷したのだと言っていただけないでしょうか」


それは、中尉にとって最後の矜持にすがるような願いだった。オルフェウスは短く息を吐くと、静かに承諾した。


「分かった。ただし──帰る前に、我々の兵の“力量”を知っておいてほしい」


「力量……?」

中尉には意味が分からなかったが、オルフェウスは「弓の訓練を見るだけでいい」と言うので、それくらいなら問題ないだろうと思った。


ちょうど、一人の若い兵が弓の練習をしていた。……彼は北の領地でも数少ない、魔力を矢に乗せることのできる兵士だった。


「……あんな遠くの的を狙うのか?」

驚いた中尉が尋ねると、オルフェウスは「見ていれば分かる」とだけ答えた。


若い兵士は静かに息を整え、狙いを定めて矢を放った。矢は一直線に飛び、はるか遠くの的へ深々と突き刺さった。


中尉は目を見開いた。――あり得ない。あの距離を飛ばすなど。しかも、あんな若い兵士が……。

続いて、エドモンドが練習を代わった。彼は同じ遠距離の的に、次々と矢を命中させていく。その正確さと威力は、中尉の知る弓とはまるで別物だった。


中尉は、見る見るうちに顔色を失っていった。自分たちの弓は、この地の兵の前では子供の玩具に等しい。魔獣が王都の兵団を狙ったのも、無理はない……。


「……お分かりいただけたかな?」

オルフェウスの声が静かに響いた。


「……はい」

中尉はそれ以上、何も言うことができなかった。


中尉は、ようやく自分がどれほど愚かだったのかを理解した。しかし、どれほど悔やんでも過去には戻れない。


中尉は王城に戻ると、甚大な損害を出した責任者として、国王の前へと呼び出された。玉座の前で、中尉は硬直した姿勢のまま頭を下げた。


「中尉。今回の被害について、説明せよ」


中尉は、震える声を押し殺しながら答えた。

「……北の兵士達の代わりに、我々が魔獣の盾となりました。その結果、このような被害となりました」


粛々とした言い方ではあったが、損害はあまりにも大きかった。


「北の領地の魔獣とは、それほどまでに脅威なのか?」

国王が眉をひそめる。


「はい。狼に似た姿の魔獣が、集団となって襲って参りました。我々は、兵が一人になっても戦いましたが……多勢に無勢。悔いの残る結果となりました」

中尉は冷や汗を流しながら答えた。


「そのような強大な魔獣を——北の領地は毎年、退けているのか?」

国王の問いに、中尉は喉を鳴らしてから答えた。


「はい……。例年、被害は甚大だと聞いております」


国王はしばし沈黙し、それから静かに言った。

「……まあよい。調べれば分かることだ」


その言葉とともに、国王は中尉を下がらせた。

中尉は“調べる”という一言に、全身を震わせた。——自分の采配の失敗が露見するのではないか。王の謁見の間を退出しながら、中尉は気が気ではなかった。


一方、その頃の国王は、兵士の損失は痛手ではあったが、別のことに意識を向けていた。

北の厳しすぎる環境を思い返しながら、こう考えていたのだ。


——そのような土地だからこそ、リリアーナの治癒能力は異常なまでに成長したのではないか、と。



後日、中尉は騎士団長から呼び出され、静かな執務室で向かい合った。

「……オルフェウス殿から国王に書簡が届いた」


中尉は身を強張らせた。ついに自分の采配のミスが明るみに出たのか、と。

しかし、騎士団長の口から告げられた内容は、予想とはまったく異なるものだった。


「援軍の感謝と、王都の兵士たちの働きにより、北の領地の被害は軽微で済んだ。中尉を責めることはない……そう記されていたそうだ」


中尉は言葉を失った。胸の奥に熱いものがこみ上げ、視界がにじむ。


——自分があれほど愚かな判断をしたにもかかわらず。それでも、責めず、庇い、立場を守ろうとしてくれる者がいるのか。


「上に立つ者とは……こうあるべきなのか……」

自分の声ではないように、震えながら呟き、中尉の目から涙が溢れた。

騎士団長は何も言わなかった。ただ黙って、中尉が涙を流し尽くすのを見守っていた。


その日を境に、中尉は変わった。傲慢さは消え、謙虚さを身に宿し、誰よりも鍛練に励むようになった。


そして数年後——彼は騎士団長の片腕と呼ばれるほどの実力と信頼を得ることとなる。


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