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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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リリアーナの試み

アグネッタが戻ってきた。手には水と薬が握られている。

その姿を見つけるや、リリアーナは迷いなく歩み寄った。そして震える指で紙に文字を書く。


「できないかもしれませんが、試したいことがあります。そのために──たくさん時間が欲しいです」


アグネッタは無表情のまま、その文をじっと見つめた。


……本気なのかしら。どう考えても無茶よ。


そう思いながらも、リリアーナを見た。彼女の顔には一切の迷いが浮かんでいない。アグネッタは紙をそっと折り、親子の方へ向き直った。


「この症状は、大変、身体の奥深くに問題があります。今すぐにできる治療はありません」


その言葉に、母親の肩がわずかに落ちる。しかし、アグネッタは続けた。


「……ですが、しばらくここでお子さんの身体を詳しく調べれば、手立てが見つかるかもしれません」


希望の糸を差し出されたように、母親の顔がぱっと明るくなる。


しかし次の瞬間、アグネッタは厳しい口調で告げた。


「ただし、この子には眠ってもらいます。そして──親御さんには席を外していただきます」


その言葉を聞いた途端、母親の顔色がみるみる青ざめた。男の子の表情は、固まったままだった。


「どうしても、一人にさせなくてはいけないのですか?」

母親は不安を押し隠しながら尋ねる。


アグネッタは揺るがぬ声で答えた。

「……身体の奥を見るには、深い集中が必要なのです。その条件でなければ──残念ながら処置はここで終わりになります」


容赦のない宣告。しかし嘘ではない。


母親はしばらく俯いたまま考え込んでいたが、やがて小さく息を吸い、そっとしゃがみ込んで男の子の目を覗き込んだ。


「……少しの間、頑張れるかしら?」


返事はない。けれど、男の子はぎこちなく、確かに首を縦にふった。

その小さな動きを見届けて、母親は震える声で言った。


「……分かりました。私は席を外します。……続きをお願いします」


「私が許可するまで、絶対に入室しないでください」

アグネッタはそう告げ、母親を室外へと退出させた。扉が閉まると同時に、彼女は無駄のない動きで睡眠薬を用意する。


男の子の前にしゃがみ、柔らかな声で言った。

「これは二時間ほどぐっすり眠る薬です。ただ眠るだけ。身体に負担はありません」


差し出された薬を、男の子はしばらく無言で見つめていた。やがて、覚悟を決めたようにゆっくりと口へ運び、飲み込む。


アグネッタはその小さな身体を診察台に横たえ、深い眠りへ落ちたことを確かめた。


そして、リリアーナは静かにベールを外した。手には折り畳まれた柔らかな布。彼女はそれをそっと男の子の頭の下に敷き込み、深く息を吸う。


そして、微かに震える指を男の子の頭にかざした。


──あの部分を、どうにかしなければ。

あの“異物”を。


リリアーナの喉が、ごくりと鳴った。


リリアーナはまず、あの異物を自分の魔力で包み込むように覆い、そっと動かそうとした。……しかし、まるで岩のように微動だにしない。


ならば――血の流れを促すようなイメージで、少しずつ削るようにして動かしてみたらどうだろう。慎重に魔力の密度を変え、操作する。


……ほんのわずか、一番外側の薄い層だけが、ぬるりと動いた。


………駄目。これでは、一日かけても取りきれない。


リリアーナは唇を結び、震える指先に力を込める。………それなら。

自分の魔力を限界まで集め、異物に深く深く染み込ませていく。


もっと。

もっと奥まで。

もう無理――そう思ったところで、ようやく魔力が異物に馴染んだ気配がした。


リリアーナはそこで、魔力を極限まで細くし始めた。ゆっくりと、糸よりも、髪の毛よりも細く。人の目では到底捉えられないほどの微細な魔力の糸へと変えていく。そして、その魔力の糸を、異物を重ねて動かした。


……動いた。ほんのわずか。けれど、確かに動いている。


リリアーナの額からは滝のように汗が落ち、視界がにじむ。集中しすぎて、頭の奥に鋭い痛みが走る。


それでも、手は止めなかった。


細く細くした魔力を異物に絡め、少しずつ引き寄せるように。慎重に慎重に、男の子の“目”の方向へと導いていく。


――そして、男の子の瞼の端から、赤黒いどろりとした液体がじわりと滲み出た。

粘り気のあるそれは、涙のようにゆっくりと頬を伝い、布へと落ちていく。


アグネッタは、息を潜めてリリアーナの手元を見つめていた。

リリアーナが本気で集中していることは、痛いほど分かる。けれど――彼女が何をしているのか、自分にはまるで理解できない。


そして、男の子の瞼から赤黒い“血の涙”が静かに流れ落ちた瞬間、アグネッタは瞳が零れんばかりに見開いた。


――何をしているの? ……本当に大丈夫なの?


そんな動揺とは裏腹に、リリアーナは黙々と魔力の糸を動かし続けた。異物がほぼ消えつつある頃、彼女は気付く。


……魔力が、足りない。


まだ“再生”の治癒をしていない。

このままでは削り取った部分がそのままになってしまう。

それだけは絶対に避けなければ――。


時間が迫っていることも、はっきり分かる。


リリアーナは焦りを押し隠し、残る魔力をかき集めて頭部へ流し込んだ。失われた部分を、かつてあったかのように再生させていく。特に、異物のあった箇所には念入りに魔力を込めた。


そのとき――


「リリアーナ、時間よ」


アグネッタの緊張した声が背後からかかった。


リリアーナは奥歯をかみ締めながら、最後のひと押しを魔力に込めた。

………治って。


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涙は目で流れなかった過剰な分は、鼻涙管を伝って鼻から鼻水として出るんだぜ? (台無しな知識)
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