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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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彼女の腫瘍

翌日、アグネッタとリリアーナの前に現れたのは、まさに“絶世の美女”と呼ぶにふさわしい女性だった。

整った目鼻立ちに、しなやかな立ち姿。絹糸のような長い髪はストロベリーブロンド、瞳もよく似た色をしている。だが、その美貌に似合わぬ沈痛な影が、その表情には落ちていた。


彼女は隣国の高貴な立場――と紹介された。深い色のドレスを首元まできっちりと留めたまま、静かに口を開いた。


「ある時から、皮膚の色が変わり、そこが醜く膨れ上がるようになりました。その部分は徐々に大きくなっていきます。薬草も効かず……一度、皮膚ごと削いで治癒を施したのですが、暫くすると再び再発するのです」


アグネッタは真剣な表情で頷いた。


「見せていただけますか?」


美女はわずかにためらうような息を吐き、首元のきっちり閉じられていたボタンを一つずつ外した。そしてうつむいてうなじをさらす。


そこには――赤黒く変色し、ぶよぶよと膨れた肉塊のようなものが、皮膚に貼り付くように広がっていた。


リリアーナは息を呑んだ。


アグネッタは低い声で尋ねた。


「……削いだあと、どれくらいでこの大きさになったのですか?」


美女は眉を寄せて答えた。


「……半年ほどです」


その答えを聞くと、アグネッタは明らかに眉をひそめ、ただならぬ気配を感じ取ったように沈黙した。


「……それは、他の場所には移らないのですね?」

アグネッタが慎重に問いかけると、美女は静かに首を振った。


「はい。私の身体では、この部分にだけ現れます。周囲の者に移ったこともありません」


アグネッタはわずかに考え込み、それから言った。


「触ってみてもよろしいですか?」


「ええ、かまいません」


アグネッタは許しを得ると、指先でそっと患部に触れた。皮膚よりは少し硬く、かといって簡単に剥がれるようなものには見えない。アグネッタは表情が引き締まる。


「……用意してきます。ナナ、患部をよく確認しておきなさい」


その言葉に、リリアーナはすぐさま深く頷いた。


アグネッタが調合室へ向かったあと、リリアーナは彼女の背にそっと近づき、うなじの患部をじっと見つめた。

赤黒いぶよぶよした塊はまるで違う生き物みたいで、皮膚との境目には不自然な凹凸がある――リリアーナは息を詰めた。



……おそらく腫瘍なのだけど、除去しても再発するなんて。今、切除しても同じ結果になりそう――。

リリアーナは唇を噛んだ。そっと魔力を全体に薄く流してみる。


……違和感は、ない。

腫瘍が身体の一部として認識されている……?明らかに異常なのに?


初めての腫瘍への対応で、リリアーナは思考が固まってしまった。


……どうしよう、わかんない。


そんな時、調合室からアグネッタが戻ってきた。低い声で、リリアーナだけに問う。


「……どうなの?」


リリアーナは小さく首を横に振った。アグネッタはほんの一瞬だけ眉を寄せ、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。


「……少し、範囲が広がりすぎていますね。患部に薬を塗る前の下準備をします。ナナ、これを最初に塗って」


アグネッタは瓶を差し出した。そしてリリアーナの耳元で、小さく鋭く告げた。


「これで“確定”しなさい」


……え。

無理。できません。


心の中で叫ぶリリアーナ。しかし、声には出せない。渡された薬草水を手に、リリアーナはそっと彼女の背中へ近づいた。


「良い香り……ですね」

美女は不安の中にも、少し安堵したように言った。


……多分、香りの良い薬草水なんだろうけど……。リリアーナはちらりとアグネッタを見る。

アグネッタの表情は真剣そのもの。その厳しい眼差しに、リリアーナの背筋に冷たい汗が伝った。


……やらなきゃ。


決意を固め、リリアーナは薬草水を患部へそっと塗り広げ、もう一度魔力を流し込んだ。

今度は腫瘍へ意識を集中させる。


……あれ?ほんの僅かに、魔力の反応が違う――。

けれど、その違和感は表面だけではない。

身体のさらに奥へ、根を張るように広がっているのが分かった。


リリアーナは顔色を失った。


――これでは、表面の腫瘍だけを除去しても、内部からまた、新しく生えてくる。


……どうしよう。

完全に見抜いてしまったからこそ逃げられない現実に、リリアーナの手が震えた。


リリアーナは薬草水を塗り終えると、すぐにアグネッタのもとへ戻り、さらさら筆を走らせた。


《即効性の眠り薬、麻痺薬、布が必要です。彼女には、少し寝てもらいます》


その文字を目にしたアグネッタは、一瞬だけ眉根を寄せたが、何も言わず棚から最も効果の強い薬瓶を三つ取り出し、静かに机へ置いた。


「これから、薬の“処置”を行いたいのですが──」

アグネッタは周囲の者たちに向けてゆっくり口を開いた。

「他の方々には席を外していただけますか? 特殊な処置ですので、見られたくないのです。もちろん当の本人には眠っていただきます」


美女と付き人は、互いに不安げに顔を見合わせる。


「もちろん、無理強いはしません。ただ──」

アグネッタは静かに言葉を続けた。

「一番効果が望めるのは、おそらく、この方法なのです」


短い沈黙が落ちた。重い空気を破ったのは、美女の震えを含んだ声だった。


「……お願いします」


「……よろしいのですか?」

付き人はまだ不安を隠せずにいる。


「わざわざ来たのです。このままにしても自然に治るとは、思えませんから」

美女はきっぱりと言った。


「……では、進めますね」


アグネッタは、静かにそう告げた。


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