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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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男爵領の調合の師匠

王妃はリリアーナに問いかけた。


「冬の間、王都に滞在してもらうのだけど、私の実家か、公爵家、騎士団長の家、新しく家を借り入れる、もしくは城の客室──どれが良いかしら?」


リリアーナにとって、公爵家は顔なじみの人々が多く、懐かしさと安心を感じさせる魅力的な提案だった。

だが、城の外に住めば、治癒を行うために城へ通わねばならず、その間は護衛が必ず付き添うというそれを聞いて、リリアーナには少し面倒に感じられた。


王妃は続けて、少し表情を曇らせながら言った。


「不本意だけれど、騎士見習いか、使用人見習いという立場で城に暮らす方法もあるの。ただ、その場合は待遇が悪くなるわ」


しかし、リリアーナにとっては、そのほうがよほど気楽に思えた。身分に縛られず自由に動けるという点で、むしろ悪くない選択だった。


王妃は今度は、リリアーナ自身について確かめるように問いを重ねた。


「多才だと聞いているのだけど……薬草の調合、剣、リュート、治癒で合っているかしら? どうやって身につけたの?」


リリアーナは姿勢を正して答えた。


「男爵領で調合と剣とリュートを。治癒は北の領地に行ってからです」


「……教えてもらったのは、どんな人たちだったの?」


王妃はさらに踏み込む。

リリアーナは少し考えてから答えた。


「調合は、男爵領に住むアグネッタという年配の女性に。リュートはセラフィーネという弾き語りの方です。剣は、冒険者に教わりました」


その名を聞いた瞬間、王妃はわずかに動きを止めた。

「……そう」

短い返事のあと、何か思案しているように目を伏せる。王妃はアグネッタについて、更に詳しくリリアーナに聞いた。リリアーナは素直に答える。質問が終わると、王妃は整理するように静かに言った。


「暮らし方については……もう少し考えさせて」


そう告げると、王妃はリリアーナと別れ、自らの思考の海へと戻っていった。



王妃は、アグネッタという名をよく知っていた。かつて王都で名を馳せ、調合師として右に出る者のいないほどの実力者。

彼女の薬を求めて、王侯貴族が高額の金を積んだこともあるほどだ。


しかしアグネッタは、謀反を起こした伯爵の叔母でもあった。伯爵の罪と苛烈な刑罰を知った彼女は、誰にも告げず王都から姿を消した。

高名な彼女には、罪を問われることはなかったというのに。

それでも彼女は自らの意思で王都を去り、やがて、その名が語られることもなくなった。


──まさか、こんな形で再び耳にするとは。


王妃は驚きと同時に、素早く思考を巡らせた。そしてすぐに筆を取り、アグネッタ宛に手紙を書く。

内容は、リリアーナと共に冬の間だけ王都に滞在してほしいという依頼だった。


王妃が導き出した策──

それは「アグネッタの付き人」としてリリアーナを城に滞在させるというものだった。


アグネッタほどの実力者が城に滞在するとあれば、誰も反論できない。そして何より、リリアーナの存在を必要以上に目立たせずに済む。


リリアーナの治癒と、アグネッタの調合。

この二つを併用すれば、患者には驚くほどの効果を与えられるのでは?

上手く出来れば、周囲からはアグネッタの功績として扱われ、リリアーナはその補助として影に回れる。


王妃はそこまで考えたうえで、最後に条件を添えた。


──リリアーナには、顔出し・声出しを禁じること。


その決断には、リリアーナを守るための強い意志が込められていた。




数日後、アグネッタは、リリアーナと向かい合うと同時に深いため息をついた。


「……はあ。どうしてこんな年寄りを引っ張り出したんだい。ここまでの道中で、身体がガタガタさ。」


その声音には、文句よりも呆れと疲労が混じっていた。


リリアーナは慌てて頭を下げた。

「……申し訳ございません。まさか王妃様が手紙を書くとは思っていなかったのです。」


「全く…。リリアーナの名前が無ければ無視したものを」

アグネッタはぼやいた。


そのとき、部屋の扉がノックされた。

「どうぞ」リリアーナが答えると、静かに扉が開く。


「アグネッタ、リリアーナを責めないでほしいわ。」


王妃が優雅に姿を現し、落ち着いた声で言った。


アグネッタは、少しだけ王妃を睨むように見やった。そして、背筋を真っ直ぐに伸ばした。

「王妃様、私はとうに引退しました。もう静かに暮らすと、あの時に決めたのです。

王都には二度と戻らないつもりでした。……まさか、あの事件を忘れたわけではありませんよね?」


その言葉には、隠せない苦味と重さがあった。


リリアーナは、その口調と姿勢に大きく目を見開いた。男爵領では、ただ薬草を調合して過ごす博識な年配の女性──それがアグネッタだと思っていた。


だが今、王妃を前に背筋を伸ばし、毅然と向き合うその姿は、まるでどこかの高位貴族のような気迫を帯びていた。


王妃は、すべてを承知しているというように軽やかに応じた。

「勿論、覚えているわ。でもね、リリアーナの安全のために、あなたの力が必要だと思ったの。」


そして、ほんのわずか柔らかく微笑む。

「それにアグネッタ。あなたほどの腕を男爵領に埋もれさせるのは、あまりに惜しいわ。」


そのやり取りを聞きながら、リリアーナはただ驚きに息をのんでいた。アグネッタの過去、王妃との因縁、そして二人の間に流れる緊張感──

自分の知らなかった世界が、目の前で静かに開けていくのを感じていた。


アグネッタは、王妃に向き直りながら眉をひそめた。


「しかし、手紙を持って来た使者に、そのまま王都に来るよう同行させるだなんて……。

あまりにも強行なのではありませんか?」


問い質す声音には、年寄り特有の穏やかさの奥に、しっかりとした抗議があった。


だが王妃は、まるで悪びれる様子もなく微笑んだ。


「でも、そうでもしないと──逃げるかと思ったのよ。」


あまりに率直な言い草に、リリアーナは目をぱちぱちさせてしまう。

恐る恐る手を上げ、控えめに口を開いた。


「あ、あの……王妃様とアグネッタ様は、お知り合いなのですか?」


二人が醸し出す親しげな空気が、不思議で仕方なかった。王妃は懐かしむように目を細めて言った。


「私の母とアグネッタは友人だったのよ。

それでね、私もほんの少しだけ薬草を教わったわ。……まあ、全く身につかなかったけれど。」


アグネッタは肩をすくめ、小さくため息をついた。


「昔のことです。……王妃様は薬草より、策略を巡らせる本のほうが好きでしたからね。」


その言葉に王妃はくすりと笑い、すぐさま身を乗り出して言った。


「それで。王都に滞在してくれるわよね?」


急ぎすぎて断られる隙を与えない口調だった。アグネッタは苦笑し、王妃を見ながら言った。


「急いで来たおかげで、薬草をほとんど持ってくることはできませんでしたよ。」


その声には、わずかな不満と、しかし逃げる気などもうないという諦観が混じっていた。


その返答がすでに“肯定”であることを、王妃はもちろん、リリアーナにもはっきりと伝わった。

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