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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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影の提案

リリアーナとエドモンドが執務室へ入った瞬間、空気が凍りついた。部屋の中央には、既に拘束されたオルフェウスとマルグリットが座らされていた。


「ようやくお会いできましたね、リリアーナ殿」

影が、ゆっくりとした足取りで前に出る。黒い外套が床を滑るように揺れた。


「……これは、どういうことなのですか」

リリアーナは震える声で問い詰めた。


影は、あたかも愉快そうに口元を歪めた。

「以前、王の使者がリリアーナ殿に面会を求めました。しかし、ここにいる者たちは『リリアーナはいない』と言って断ったのですよ。だが――現実には、あなたはここにいる。間違いありませんよね?」


エドモンドが一歩踏み出そうとするが、兵士に押さえつけられたままだ。

「リリアーナは昨日戻ったんだ。それまでは本当にいなかった!」


「聞きましたよ、“精霊に捕らわれていた”と。……にわかには信じ難い話ですね」

影は淡々と言い放つ。

「私は事実に基づいて行動しています。あなた方の言い訳には興味がありません」


リリアーナの胸が締め付けられる。

「……何が、望みなのですか」


影はその言葉に満足したように、ゆっくりとリリアーナを見据えた。


「リリアーナ殿」

影の声は、丁寧でありながら底知れぬ冷たさを帯びていた。

「これから私と共に王都へ行き、王に忠誠を誓っていただけませんか?」


リリアーナの瞳が揺れる。


「そうすれば、ここにいる三人――オルフェウス、マルグリット、エドモンドの疑いを“無かったこと”にして差し上げましょう。

私なら、何とでも繕えますよ。……ですが」


影はゆっくり首を傾ける。


「あなたが同行してくれない限り、彼らの疑いは晴れません」


突きつけられた事実。

それはもはや“提案”ではなく、“脅迫”だった。


リリアーナは唇を噛みしめ、拳を固く握りしめる。その震える指先が、彼女の胸の内を雄弁に物語っていた。


リリアーナは静かに息を吸い、影を真正面から見据えた。


「……わかりました。あなたと共に王都へ行けば良いのですね」


その声音には、決意とわずかな震えが同居していた。


「そうですとも。簡単なことでしょう?」

影は薄く笑い、勝利を確信したような態度で言う。


「その代わり――今すぐ、彼らを放してください」

リリアーナは一歩踏み出し、強い声で告げた。


しかし影は首を横に振った。


「今はできません。リリアーナ殿が王に忠誠を誓うのを確認してからなら……約束しましょう。」


リリアーナは拘束されたエドモンド、オルフェウス、マルグリットを見た。言葉はなくとも、その表情は雄弁に語っていた――「行くな」と。


彼らの想いを胸に抱きながら、リリアーナは唇を強く結んだ。


「……必ず、解放してくれますね?」


影は満足げに頷く。


「ええ。約束しますとも。」


リリアーナは影と数名の兵士に囲まれ、王都へ向かう馬車へと乗せられた。

身支度の時間すら与えられない。


「いつ、消えるかわかりませんからね」

影の冷たい一言が背中に刺さる。


拘束されたままのオルフェウス、エドモンド、マルグリットは、ただ無力にその後ろ姿を見送るしかなかった。


――その頃。


泉へ向かったセラフィーネと技術者たちは、厳しい寒気と濃密な魔力の気配に息を呑んでいた。


「泉に入ります」

セラフィーネはきっぱりと言った。


「いけません、危険です」

技術者が即座に反対する。


「心配なら命綱をつけて行くわ。……おそらく何もできないけれど、様子をこの目で確かめたいの。着替えも持ってきてる」


強い意志を見せる彼女に、技術者はついに折れた。


セラフィーネは冷たい泉へと潜った。

水は刃のように体温を奪い、深みへ行くほど圧力が強くなる。


――深い。

――重い。


やがて視界の底に、ラディンの姿が揺らめいた。

隣には、紫の髪の少女……ラニアだろう。


しかしその先へ進もうとした瞬間、見えない壁が彼女を拒んだ。身体はどうしてもそこから先に沈まない。息も続かない。


セラフィーネは苦悶の末、泉の水面へ浮上した。しばらく荒い呼吸を整えた後、震える声で言う。


「……ラディンと、ラニアらしき子がいたわ。でも、やっぱりそれ以上は行けなかった。」


技術者はすぐに火を焚き、冷え切ったセラフィーネを温めた。その間、魔力溜まりの調査も試みたが――


「……ここまで魔力が濃いと、もう居られません」

限界を悟る。


セラフィーネも同じだった。二人は後ろ髪を引かれつつ、城へ戻るしかない。


だが、戻ったときにはすでにリリアーナたちの姿はなく、影の兵たちによってオルフェウスたちは監禁されていた。


兵士は冷ややかに告げる。


「あなた方にもリリアーナ殿の秘匿の疑いがかけられています。城から出ないでください。」


「馬鹿らしいわ」

セラフィーネが吐き捨てる。


「下手な動きをすれば、リリアーナ殿の保証はできませんよ」


「……汚い手口ね」


「私は命令に従っているだけです」


その言葉で、セラフィーネと技術者までもが城の中に拘束される形となった。


そして――泉の底。

深い眠りの中で、ラニアはゆらゆらと意識を漂わせていた。


ぼんやりとした思考の中に、ひとつの思いが浮かぶ。


ラディン。

ぼくからリリーを奪った罪は、大きいよ。


冷たく、幼い声が心の奥で響く。


寂しかったから、捕まえたけど……

ぼくと一緒に眠るだけじゃ、…終わらせない。


その思念は、静かな水の底に沈みながら、どこか不穏に揺れていた。



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