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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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三人は、島を出た

ラディンは、島では何もすることがなかった。

前回はセラフィーネが刺され、さらにリリアーナの身の安全も不確かになっていたため、島中を奔走したものだ。そのおかげで島の人々とも、随分と顔なじみになった気がする。


魔道具が完成するまで、どうやって過ごそうか。そう考えていたところへ、セレナがやって来た。


「ねぇ、見てほしいものがあるの」


先導され、辿り着いたのは庭だった。


「リリアーナに土を作ってもらった場所に、野菜の種を撒いたの。とっても元気に育ってるのよ」


嬉しそうに語るセレナの指し示した畑には、濃い緑の葉が逞しく茂り、生命力に満ち溢れていた。


「島の畑を、少しずつでもいいから、こうしていきたいの」


セレナは拳をぎゅっと握りしめ、力を込めて言った。


「セレナなら、できるよ」


ラディンがそう答えると、セレナはぱっと笑みを咲かせる。


「本当に?……ラディンがまた島に来るなんて思っていなかったから。だから、とっても嬉しい」


「やむを得ず、だけどな。でも、元気そうでよかった」


ラディンもつられて笑った。


その笑顔に、セレナは少しだけ頬を染める。

――ラディンって、とても綺麗な顔立ちよね。島の中でも一番、いや二番?いい人がいるのかな……。


思わず、気になって聞いてしまう。


「来るの、反対する人はいなかったの? その……彼女とか」


「いたら来てないよ」


ラディンがあっさりと言うと、セレナは安堵を隠すように小さく笑った。


「そっか。それも、そうだね」


胸の奥が、ほんのりと温かかった。


セラフィーネが、二人の姿に気づいて近づいてきた。


「何してるの?」と、いつもの調子で会話に入ってくる。


「ラディンに、この場所を見てもらったの」

セレナが嬉しそうに応える。


「水やり、頑張っていたものね」

セラフィーネは、ふっと優しい笑みを浮かべた。


「セラフィーネ、体調はもう大丈夫なのか?」

ラディンが気遣うように声をかける。


「ええ、もうすっかり。あの時は……失態だったわ」

セラフィーネは少しだけ目を伏せた。


「誰だって、失敗する時はあるさ。今が元気なら、いいんじゃないのか?」

ラディンの言葉は、変わらず真っ直ぐだった。


「……まあ。気にしていないなら、いいわ」

セラフィーネは肩をすくめて答える。


――彼女にとって失態とは、刺されたことそのものではない。弱音を吐き、涙を見せてしまったあの瞬間だ。


ラディンは、それにまるで気づいていない。

もう会うこともないと思っていたから、隠していたはずのものが滲むのが怖かった。


けれど――想定外に再び会えた喜びも、確かに胸の中にある。


恥ずかしさと嬉しさが入り混じる複雑な感情を必死に押し隠し、セラフィーネは、完璧な平静を装っていた。


セレナは、二人の会話を黙って聞いていた。


ラディンの隣に並ぶセラフィーネを見て、ふと胸の奥で思う。


――美男美女って、こういうのを言うんだわ。


背が高くて、凛としていて、どこか絵本の中の人物のような二人。自分も大きくなったら、あんなふうに綺麗になれるのだろうか。……お姉様みたいに――きっと、なれるはず。


でも、どこか引っかかる。セラフィーネはラディンと話すとき、島の人たちと接するときとは少し違う。普段なら絶対に見せない、柔らかいところが垣間見える気がして。


その“何か”が何なのかは分からない。けれど気になって、目が離せなかった。

セレナは、ふたりの姿をじっと見つめ続けていた。


ラディンは、どうにも手持ち無沙汰で、島を散歩することを告げた。しばらく歩いていると――


「お、ラディンじゃないか」と声がかかる。


振り向けば、かつて器を作る際に協力してくれた男が立っていた。


「お前がここに来たってのが、島中の噂になってるぞ」


「ああ。連絡もなしに、部外者が来たって話か」


「違う違う。若い女共が騒いでるんだよ」


「……金髪が珍しいのか?」

ラディンは自分の髪をつまんで見てみる。


男は呆れたように目を細めた。


「まぁいい。暇ならうちに寄っていけよ。外の話を聞きたいんだ。島じゃなかなか聞けないからな」


「……まぁ、少しだけなら」


そうして話し込むうちに、時間はあっという間に過ぎていった。気づけば、外は薄暗い。


「すまない、帰らせてもらう」

ラディンが立ち上がる。


「おお、もうこんな時間か。何かあったら言えよ」


「ああ。その時は頼む」


軽く手を振り、二人は別れた。



戻ると、玄関先でセレナとセラフィーネが待っていた。薄暗い中、その表情は妙に鋭い。


「こんなに遅くまで、どこに行っていたの?」

セレナが腕を組んで睨む。


「……遅くなるのなら、知らせて欲しいわ」

セラフィーネも珍しく不機嫌そうだ。


「……すまない」


ラディンは素直に頭を下げた。

――どうしてそんなに怒るのだろう。

ただ歩いて、島の人と話していただけなのに。


二人がここまで心配する理由が、ラディンには分からなかった。


ラディンを待っていた二人の会話

……夕闇が少しずつ濃くなっていく。セレナは落ち着かない様子で足元を見つめていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「ラディンは……絶対に、女性に囲まれてます。ラディンが島から出た後、ずっと噂になってましたから」


「……そうなの?」

セラフィーネが、表情を変えずに問い返す。


「お姉様が刺された後のラディンは、的確な指示を出して格好良かったのです。あの後、島中で色々と話を聞きに行った時も……私よりラディンを見てる女性が、いっぱいいました」


ぎゅっと握った拳に力がこもる。その声音には、焦りに似たものが滲んでいた。


「……そう」


セラフィーネは短く答えた。けれど胸の奥に、もやもやした何かが広がっていく。自分でも理由がはっきりしない――ただ、落ち着かない。

セレナとセラフィーネの会話は、途切れることなく続いていった。

帰ってくるはずのラディンの姿を、二人してじっと待ちながら。



そうして、魔道具が出来る迄の日々は静かに過ぎていった。


そしてついに、遠隔地でも会話ができる魔道具が完成した。何度も試行し、動作に問題がないと確定したのを受けて――ラディン、セラフィーネ、そして技術者の三人が島を出ることとなった。


出立の朝。港に向かう道で、セレナはセラフィーネの手をぎゅっと握りしめる。


「お姉様、必ず毎日連絡くださいね」


「ええ。約束するわ」

セラフィーネは、いつもの穏やかな声で答えた。


その後、セレナはラディンをまっすぐ見た。


「ラディン、できたら……お姉様をちゃんと送り届けて」


「……わかった」


短く、しかし真面目にラディンは言う。


「セレナ、ラディンがいなくても、私と技術者で帰れるわよ」

セラフィーネが苦笑混じりに言ったが、


セレナは黙ったままだった。


「セラフィーネのことが、心配なんだよな?」

ラディンが優しく言葉を添える。


それでも、セレナは何も言わない。

けれど、握った拳がすべてを物語っていた。


「ちゃんと送り届けるよ。

それまで、セレナ――頑張るんだぞ」


ラディンの言葉は、彼なりの励ましだった。


「……行ってらっしゃい」


絞り出すように言う。その声音は震えていた。


――行かないで。

二人とも、ここにいてほしい。

その本音を、喉の奥で必死に飲み込んで。セレナは精一杯の笑顔で、二人の背中を見送った。


海風が吹き、船の帆がゆっくりと膨らむ。


セレナの世界が、少し小さくなった気がした。


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