三人は、島を出た
ラディンは、島では何もすることがなかった。
前回はセラフィーネが刺され、さらにリリアーナの身の安全も不確かになっていたため、島中を奔走したものだ。そのおかげで島の人々とも、随分と顔なじみになった気がする。
魔道具が完成するまで、どうやって過ごそうか。そう考えていたところへ、セレナがやって来た。
「ねぇ、見てほしいものがあるの」
先導され、辿り着いたのは庭だった。
「リリアーナに土を作ってもらった場所に、野菜の種を撒いたの。とっても元気に育ってるのよ」
嬉しそうに語るセレナの指し示した畑には、濃い緑の葉が逞しく茂り、生命力に満ち溢れていた。
「島の畑を、少しずつでもいいから、こうしていきたいの」
セレナは拳をぎゅっと握りしめ、力を込めて言った。
「セレナなら、できるよ」
ラディンがそう答えると、セレナはぱっと笑みを咲かせる。
「本当に?……ラディンがまた島に来るなんて思っていなかったから。だから、とっても嬉しい」
「やむを得ず、だけどな。でも、元気そうでよかった」
ラディンもつられて笑った。
その笑顔に、セレナは少しだけ頬を染める。
――ラディンって、とても綺麗な顔立ちよね。島の中でも一番、いや二番?いい人がいるのかな……。
思わず、気になって聞いてしまう。
「来るの、反対する人はいなかったの? その……彼女とか」
「いたら来てないよ」
ラディンがあっさりと言うと、セレナは安堵を隠すように小さく笑った。
「そっか。それも、そうだね」
胸の奥が、ほんのりと温かかった。
セラフィーネが、二人の姿に気づいて近づいてきた。
「何してるの?」と、いつもの調子で会話に入ってくる。
「ラディンに、この場所を見てもらったの」
セレナが嬉しそうに応える。
「水やり、頑張っていたものね」
セラフィーネは、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「セラフィーネ、体調はもう大丈夫なのか?」
ラディンが気遣うように声をかける。
「ええ、もうすっかり。あの時は……失態だったわ」
セラフィーネは少しだけ目を伏せた。
「誰だって、失敗する時はあるさ。今が元気なら、いいんじゃないのか?」
ラディンの言葉は、変わらず真っ直ぐだった。
「……まあ。気にしていないなら、いいわ」
セラフィーネは肩をすくめて答える。
――彼女にとって失態とは、刺されたことそのものではない。弱音を吐き、涙を見せてしまったあの瞬間だ。
ラディンは、それにまるで気づいていない。
もう会うこともないと思っていたから、隠していたはずのものが滲むのが怖かった。
けれど――想定外に再び会えた喜びも、確かに胸の中にある。
恥ずかしさと嬉しさが入り混じる複雑な感情を必死に押し隠し、セラフィーネは、完璧な平静を装っていた。
セレナは、二人の会話を黙って聞いていた。
ラディンの隣に並ぶセラフィーネを見て、ふと胸の奥で思う。
――美男美女って、こういうのを言うんだわ。
背が高くて、凛としていて、どこか絵本の中の人物のような二人。自分も大きくなったら、あんなふうに綺麗になれるのだろうか。……お姉様みたいに――きっと、なれるはず。
でも、どこか引っかかる。セラフィーネはラディンと話すとき、島の人たちと接するときとは少し違う。普段なら絶対に見せない、柔らかいところが垣間見える気がして。
その“何か”が何なのかは分からない。けれど気になって、目が離せなかった。
セレナは、ふたりの姿をじっと見つめ続けていた。
ラディンは、どうにも手持ち無沙汰で、島を散歩することを告げた。しばらく歩いていると――
「お、ラディンじゃないか」と声がかかる。
振り向けば、かつて器を作る際に協力してくれた男が立っていた。
「お前がここに来たってのが、島中の噂になってるぞ」
「ああ。連絡もなしに、部外者が来たって話か」
「違う違う。若い女共が騒いでるんだよ」
「……金髪が珍しいのか?」
ラディンは自分の髪をつまんで見てみる。
男は呆れたように目を細めた。
「まぁいい。暇ならうちに寄っていけよ。外の話を聞きたいんだ。島じゃなかなか聞けないからな」
「……まぁ、少しだけなら」
そうして話し込むうちに、時間はあっという間に過ぎていった。気づけば、外は薄暗い。
「すまない、帰らせてもらう」
ラディンが立ち上がる。
「おお、もうこんな時間か。何かあったら言えよ」
「ああ。その時は頼む」
軽く手を振り、二人は別れた。
戻ると、玄関先でセレナとセラフィーネが待っていた。薄暗い中、その表情は妙に鋭い。
「こんなに遅くまで、どこに行っていたの?」
セレナが腕を組んで睨む。
「……遅くなるのなら、知らせて欲しいわ」
セラフィーネも珍しく不機嫌そうだ。
「……すまない」
ラディンは素直に頭を下げた。
――どうしてそんなに怒るのだろう。
ただ歩いて、島の人と話していただけなのに。
二人がここまで心配する理由が、ラディンには分からなかった。
ラディンを待っていた二人の会話
……夕闇が少しずつ濃くなっていく。セレナは落ち着かない様子で足元を見つめていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「ラディンは……絶対に、女性に囲まれてます。ラディンが島から出た後、ずっと噂になってましたから」
「……そうなの?」
セラフィーネが、表情を変えずに問い返す。
「お姉様が刺された後のラディンは、的確な指示を出して格好良かったのです。あの後、島中で色々と話を聞きに行った時も……私よりラディンを見てる女性が、いっぱいいました」
ぎゅっと握った拳に力がこもる。その声音には、焦りに似たものが滲んでいた。
「……そう」
セラフィーネは短く答えた。けれど胸の奥に、もやもやした何かが広がっていく。自分でも理由がはっきりしない――ただ、落ち着かない。
セレナとセラフィーネの会話は、途切れることなく続いていった。
帰ってくるはずのラディンの姿を、二人してじっと待ちながら。
そうして、魔道具が出来る迄の日々は静かに過ぎていった。
そしてついに、遠隔地でも会話ができる魔道具が完成した。何度も試行し、動作に問題がないと確定したのを受けて――ラディン、セラフィーネ、そして技術者の三人が島を出ることとなった。
出立の朝。港に向かう道で、セレナはセラフィーネの手をぎゅっと握りしめる。
「お姉様、必ず毎日連絡くださいね」
「ええ。約束するわ」
セラフィーネは、いつもの穏やかな声で答えた。
その後、セレナはラディンをまっすぐ見た。
「ラディン、できたら……お姉様をちゃんと送り届けて」
「……わかった」
短く、しかし真面目にラディンは言う。
「セレナ、ラディンがいなくても、私と技術者で帰れるわよ」
セラフィーネが苦笑混じりに言ったが、
セレナは黙ったままだった。
「セラフィーネのことが、心配なんだよな?」
ラディンが優しく言葉を添える。
それでも、セレナは何も言わない。
けれど、握った拳がすべてを物語っていた。
「ちゃんと送り届けるよ。
それまで、セレナ――頑張るんだぞ」
ラディンの言葉は、彼なりの励ましだった。
「……行ってらっしゃい」
絞り出すように言う。その声音は震えていた。
――行かないで。
二人とも、ここにいてほしい。
その本音を、喉の奥で必死に飲み込んで。セレナは精一杯の笑顔で、二人の背中を見送った。
海風が吹き、船の帆がゆっくりと膨らむ。
セレナの世界が、少し小さくなった気がした。




