リリアーナ家を出る
リリアーナが十一歳になった頃。
来年には学院に通う年齢を迎えるはずだったが、その未来は重く暗い影に覆われていた。
彼女の家――辺境の男爵家には、五人の姉がいた。
そのうち二人はすでに学院を卒業し、縁談に恵まれて嫁いでいった。
だが、嫁入りには持参金が必要だ。
学院の学費に加え、二人分の持参金が家計を直撃し、男爵家はますます困窮していた。
「……このままでは、末のリリアーナにまで学費を出す余裕など……」
父と母が、夜更けに顔を曇らせて語る声を、リリアーナは偶然聞いてしまった。
胸が痛んだ。
自分の存在が、家族にさらに負担を与えることを思い知らされたから。
そんな折、王都から知らせが届いた。
――来年から、学院で成績優秀者は学費が免除される。
母はその手紙を固く握りしめて、震える声を漏らした。
「……これなら、リリアーナにも道があるかもしれない」
だが学院で必要とされるのは、読み書きや計算だけではない。
礼儀作法、言葉遣い、社交の振る舞い。
それらは姉たちが散々苦労してきた課題だった。
「……このまま田舎で過ごしていて良いの?」
そう考えた母は、思い切って親戚筋――都に屋敷を構える公爵家へ相談を持ちかけた。
幸い、公爵夫人が「ならば見習いとして預かりましょう」と応じてくれた。
だが都は遠い。
家から馬車で一週間もかかる場所にある。
住み込みでの見習いとなれば、これまでの日々――森で薬草を摘み、調合を学び、リュートを奏で、剣を振るってきた努力を、すべて中断せざるを得ない。
リリアーナの胸は、引き裂かれるように苦しかった。
積み重ねてきた自分の努力は、無駄になってしまうのだろうか。
それでも。
夜、布団の中で、彼女はそっと拳を握った。
「……学費が免除になれば、家が助かる。お父さまもお母さまも、悩みが少なくなる。だったら……わたし、頑張る」
声は小さかったが、決意は揺るぎなかった。
翌朝、リリアーナは両親の前に立ち、真っ直ぐに言った。
「わたし、公爵家へ行きます。学院で優秀者になって、学費を免除してもらいます」
母は驚き、父はしばし沈黙した。
けれどやがて、二人ともゆっくりと頷いた。
「……そうか。お前がそこまで言うなら」
安堵と哀しみの入り混じった声が落ちる。
両親は分かっていた。
これは幼い娘の背に、重すぎる責任を背負わせているのだと。
こうしてリリアーナは、遠く都の公爵家に住み込みで見習いをすることとなった。




