剣の稽古
冒険者の男が木剣を二本持ってきた。
「よし、今日はおまえもやってみるか」
少年が嬉しそうに振り向き、リリアーナに一本を差し出す。
「一緒にやろう」
木剣を握った瞬間、ずしりとした重みにリリアーナの腕は震えた。
ただの木なのに、まるで鉄の塊を持っているように感じる。
「まずは構えだ」
冒険者が手本を示す。
足を開き、膝を曲げ、剣を前へ。
単純に見えるその姿勢を、リリアーナは真似てみる。
――重い。
数秒と持たず、腕が下がる。
「おい、もっとしっかり構えろ!」
「す、すみません……っ」
必死に腕を上げ直すが、肩がすぐに痛んだ。
背中には汗が流れ、膝が震える。
少年は平然と同じ構えを続けている。
――わたし、全然だめじゃない。
その悔しさに胸が熱くなる。
「……負けない」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
構え、素振り、足さばき。
何度も繰り返すうちに、手の皮は擦りむけ、腕は鉛のように重くなる。
「無理そうなら、今日はここまでにするか?」
冒険者の声に、リリアーナは首を振った。
「……まだ、できます!」
それは強がりだった。
でも、諦めたくなかった。
ふらつく足を踏みしめ、歯を食いしばって木剣を振る。
何度も、何度も。
涙がにじんでも、腕が上がらなくても。
「すごいな……」
少年が呟く。
「俺でも最初は、もっと早く投げ出したのに」
その言葉が、リリアーナの力になった。
夕暮れ。
全身が痛みに包まれ、剣を握る手は震えていた。
だが、リリアーナの瞳には消えることのない光が宿っていた。
――薬だけじゃない。歌だけでもない。
わたしは、剣だって。
剣の稽古は毎日続いた。
リリアーナは理由を話して、小屋は休みにして貰った。
肩は悲鳴をあげ、足は棒のようになり、手のひらは豆だらけ。
それでも、リリアーナは木剣を握り続けた。
ある日の夕暮れ。
「今日は打ち込みだ」
冒険者が構える。少年も真剣な目をして木剣を握った。
「おまえも来い」
「はい!」
木剣を振り上げるが、力が足りずに弾かれる。
また挑んでも、また弾かれる。
何度繰り返しても同じだった。
――悔しい。
――せめて、一度だけでも届いてほしい。
胸の奥でそう願った瞬間、体の内側で熱が揺らめいた。
それは小さな灯火のように手の中に集まり、木剣へと流れ込んでいく。
「っ……!」
リリアーナの腕が軽くなった。
振り下ろした木剣は、いつもより速く、重く。
冒険者の木剣とぶつかり――
「おおっ!」
わずかに押し返した。
冒険者が目を見開く。
「今の……魔力をのせたな」
「えっ……わたしが?」
「いや、無意識だろう。だが確かに、魔力が剣に流れていた」
リリアーナは呆然と自分の手を見る。
手のひらは震えていたが、確かにまだ熱を感じていた。
少年が駆け寄る。
「すごいよ、リリアーナ! 俺だってまだ出来ないのに!」
頬が熱くなる。
けれど胸の奥は、ずっと憧れていた弾き語りの歌のときと同じように震えていた。
――これが、魔力をのせるってことなんだ。
その日を境に、リリアーナの剣の稽古は新しい段階に入った。
体力は並みの少女のまま。
けれど、魔力をのせることで彼女はようやく、少年と肩を並べることができるようになったのだった。




