リリアーナの暮らしと魔力の芽生え
リリアーナの生活は、朝から晩まで慌ただしかった。
森に入って薬草を摘み、調合師の小屋ではその下処理を手伝う。町で市が立つ日は、片隅でリュートを奏で、帰宅すれば机に積まれた本を開いて勉強をする。
調合師は口を酸っぱくして言う。
「一般的な薬草だけじゃなく、見向きもされないようなマイナーなものも覚えな。役に立つときが必ずある」
一方、弾き語りの女性は笑顔で告げる。
「歌うなら、ただの娯楽じゃだめよ。歴史も地理も宗教も知っていなさい。歌は人の心を映すものだから」
リリアーナの部屋は、姉たちが残した教材や調合師から借りた本で常にいっぱいだった。
だが――日々の水汲みや器具洗いで、まだ幼い彼女の手は荒れていた。
あかぎれで血がにじみ、痛みに顔をしかめる夜。布団に潜り込み、リリアーナはそっと両手を合わせる。
「魔力を……ここに……指先に」
熱のような流れを感じて、願うように祈る。
明日には、少しでも良くなっていますように。
翌朝。
傷はすっかり消えてはいなかった。
けれど、昨日より確かにましになっていた。
「……治った?」
信じられずに指を見つめ、胸が高鳴る。
それから彼女は毎晩欠かさず、魔力を指先に集め続けた。
少しずつ、少しずつ、手は荒れにくくなっていった。
――治癒能力の目覚め。
けれど不思議すぎて、誰にも言えなかった。
知られてしまうのが、なぜか怖かったから。
ある日。
調合師が乾燥薬草を混ぜながら、ふとリリアーナを見た。
「おまえ、此処に魔力を込めてごらん」
言われるまま、リリアーナは両手を器の上にかざした。
胸の奥から流れるものを、指先から薬草へ――。
ごく弱いけれど、確かに魔力が流れ込んでいく。
すると、淡い光が一瞬だけ揺らめき、薬が完成した。
「……出来た!」
リリアーナの声は震えていた。
完成した薬は決して高品質ではなかった。
けれど、確かに彼女自身の手で仕上がったのだ。
調合師はわずかに口角を上げ、すぐに厳しい声で告げた。
「まだまだだな。だが……確かに薬になっている」
魔力を込める回数を重ねた。そして、リリアーナは、胸を弾ませて小瓶を手にした。
――魔獣避けの薬。
調合師に教わり、自分の力を込めて完成させた初めてのものだった。
「これなら……きっと役に立つ」
彼女は小瓶を大事に包み、少年のもとへ駆けていった。
森の外れで会った少年は、木剣を手に汗を流していた。
町の冒険者に稽古をつけてもらっているらしい。
「……すごい。剣を?」
「冬になったら、大人と一緒に魔獣狩りに行けるようにしたいんだ」
少年の瞳はまっすぐで、少し背伸びをした大人びた輝きを宿していた。
リリアーナは彼に薬を差し出す。
「これ……魔獣避け。わたしが作ったの」
少年は驚き、そして笑った。
「ありがとう。これなら少しは安心だ」
けれど、その言葉がかえってリリアーナの胸を締めつけた。
――もしも彼が傷ついたら。
薬でどこまで守れるのだろう。
その日から、彼女は治癒の調合にさらに力を入れた。
もっと早く効くものを。もっと強い薬を。
誰かを救えるように。
だが、学びを重ねるうちにリリアーナは気づいてしまう。
薬は万能ではない。
薬の前に、まず自分の身を守らなければならない。
森に入るとき。薬草を摘むとき。
――もし魔獣に襲われたら、わたしは?
不安が心を覆い尽くした夜。
彼女は勇気を振り絞って、少年に言った。
「……わたしも、一緒に剣を習いたい」
少年は驚き、そしてじっとリリアーナを見つめた。
その小さな肩に宿る覚悟を読み取って、やがて静かにうなずいた。
「なら、一緒に強くなろう」
リリアーナの胸に、新しい決意が芽生えた。
薬と歌と学びに加えて、剣を――。




