八歳 鑑定の年
練習を重ね、季節が巡るたびに少しずつ指も声も強くなった。
そしてリリアーナは八歳になった。
この年、子どもは「鑑定の儀式」を受ける。
その結果、どんなスキルを持つのかが明らかになる――はずだった。
けれどリリアーナの家は、五人の姉がすでに学院に通っていた。
学院は十二歳から十八歳まで。貴族の子女であれば皆が入る。寮生活と学費が重くのしかかり、家計は常にぎりぎりだった。
ある晩、リリアーナは家の外で水を汲もうとして、親たちの会話を盗み聞いた。
「……鑑定の儀式、どうする? 下の子まで払ってやる余裕は……」
「だが受けさせないのも、可哀想では……」
「姉たちの学費だけで精一杯なんだ」
リリアーナは胸が締めつけられた。
だから、夕食の時に思わず言ってしまった。
「わたし、儀式しなくていいよ。町の子でも受けない子いるし。きっとたいしたスキルじゃないし」
しん、と空気が止まった。
母が、目を伏せた。
父が、ほっとしたように息を吐いた。
「……そうか。助かる」
――胸の奥で、なにかがちくりと刺さった。
姉たちは皆、儀式を受けていた。
「剣術」「交渉」「遠耳」「速記」「裁縫」……確かに立派なスキルを得た者もいた。だが、それで必ずしも幸せになるとは限らない。
リリアーナもそれを知っていた。
それでも。
(本当は……わたしも見てほしかった。どんな力を持ってるのか、知りたかったのに)
声に出せなかった。
親は疲れている。姉たちの将来を背負っている。
自分だけが駄々をこねるわけにはいかない。
その夜、リリアーナは壊れたリュートを抱え、外に出た。
月明かりの下、震える指で弦を弾き、声を重ねた。
悲しみと、寂しさと、甘えたい気持ちと。
誰にも言えない想いを全部、歌にのせた。
その時だった。
胸の奥が熱くなり、声が勝手に震えた。
その震えは風に乗り、光るように広がっていった。
(……あ。これが……魔力を乗せるってこと……)
涙で滲んだ目をこすりながら、リリアーナは歌い続けた。
悲しみを抱えたまま、声にのせて。
そして確かに感じた。
――自分の歌が、誰かの心に届く力を持った瞬間を。
胸の奥から溢れ出た熱は、すぐに消えずに身体をめぐり、じんわりと温かさを残している。
自分の感情と一緒に流れたそれは、まるで川のように体内を巡り、そして歌声に宿った。
「悲しい時に出てくる……? それとも……」
彼女は弦を再び爪弾き、今度は静かに祈るように歌った。
すると、わずかにだが再び声に震えが混ざる。
涙ではなく、願う心に呼応するように。
――魔力は、感情に応じて流れる。
リリアーナは小さな胸に刻みつけた。
学院に行けなくても、鑑定の儀式を受けられなくても、この体で確かに学んでいけることがある。
「調剤師さまが言ってた……調剤は魔力を加えて初めて薬になるって。
なら……わたしも、練習すれば……」
芽生えた希望に、胸の奥がじんわりと温まる。
この日を境に、リリアーナは意識的に魔力の動きを探るようになった。
水汲みの時、バケツを持ち上げながら。
リュートを抱えて練習しながら。
薬草を刻む瞬間。
少しずつ、ほんの少しずつ――感情と魔力の繋がりを理解していく。
リリアーナは知らない。彼女のスキルはゼネラリスト。器用貧乏とも言う、レアスキルであることを。




