42 第十四話 世界を変えろ
△1985/5/15 木
場所:電光中隊訓練場《廃校》
視点:タガキ・フミヤ
キノトイとベツガイが雌雄を決した日の夜。俺は執務室で興奮を冷めやらぬ思いで書類を整理していた。纏めているのはユタの報告書とシトネの所感だ。
それを見ながら、俺はある事を痛烈に実感していた。あの試合は、非常に高度な駆け引きがされた戦いだった。
思わず息を吐いていた。そして、彼女らの成長に身が震えた。今回の戦い——いわばこれはリーダーの何たるかを実感させる戦いだった。
仲間を信じたキノトイと、仲間を信じ切れ無かったベツガイ。
勝敗を決したのは、仲間を信じたか否か。
しかもその後、キノトイはベツガイを自分たちの家族に迎えるという度量を見せた。
キノトイとベツガイと天秤にかけていたのは確かだ。ベツガイは安定感があり、リーダーとしての素質は十二分にある。部分的に言えば、キノトイを凌駕していると言ってもいい。
しかし、勝ったのはキノトイだった。そして、思い知らされたのだ。
電光のリーダーは、キノトイなのだと。
ふと、電子音が鳴るのが聞こえた。
辺りを見回して、扉を半開きにしてあるアルミ製金庫からだと知る。電磁波対策でエンジニアに作らせた逸品だ。
俺は椅子から立ち上がり、扉を開け、電子音を鳴らす携帯を手に取る。
ディスプレイを確認すれば、其処には〝ウサギさん〟とやら、自分の擬人化前動物を見誤った人物からの着信の様だった。
ずいぶん久しぶりだな、まったく。俺は通話ボタンを押して、耳に当てる。
『手短に言うぞ』
叔父は開口一番、そんなことを言い放ちやがった。
恨み節の一言でも言ってやりたがったが、聞こえてくる叔父の周囲の雑音からして、異常事態が察せられた。
時折、叫びに近い怒号が聞こえてくる。その状況からして、ただ事では無いようだった。
『伝令役のニシモトは先ほど捕縛され、拘束されそうになった。今は逃走中のようで、行方不明だ』
いきなりの衝撃発言だった。ニシモトって、あのニシモトだよな?
街でアパート借りて、本来は三ヶ月間一般人を偽装しながら伝令任務を請け負うだけの存在だった。
しかし、俺が着任してからパイロットを連れての町への買い物など、色々使いっ走りに使い、休む暇もなかった不運の男だ。
その彼が何故軍部に拘束されそうになるんだ?
『俺は電光中隊の本当の訓練場所を上層部に教えていない。お前らに面倒ごとが舞い込むからな。実際、俺が軍に提出していた電光の偽の訓練場所は先ほど、特殊部隊によって占拠された。お前らがいないもんで、激おこだったぞ』
「……何が起こってる?」
思わず口を挟んでいた。
叔父は電光中隊の訓練場所を教えていないと言った。お飾り部隊だからだろうか?
いずれ責任を取らされるような、そんな役回りだとは思っていたが——
『いわゆる、軍部が二つに割れた状況だ。主流派と穏健派にな。俺は弱小な穏健派の幹部級だ』
叔父の背後で爆発音がした。そして、散発的な銃声が響いてくる。
だが、叔父は口調を変えずに話を続けていた。
『もうすぐ、俺は拘束監視される。そうしたら、お前らは孤立無援だ。恐らく、俺の所属している派閥は負ける』
「おい、逃げれないのか?」
『お前は逃げないんだろ?』
暫く答えられないでいた。叔父はおどけた様に続ける。
『お前が逃げるんだったら、俺も逃げようと決めてたんだが。アテが外れたな。人選ミスってヤツだ』
「何言ってるんだよ——」
『月光じゃ、勝てない』
唐突な言葉だった。見ない様にしていた現実を告げられたかのような、そんなショックがあった。
現実というか、世界は意外としょっぱい実情を抱えていたりする。
月光部隊が良い例だよ。指揮官は暴力男みたいだし、使用兵器は突貫のウチの兵器よりショボいときたもんだ。
俺が軍部に抱いていた幻想は、実際、ここに来て細かく砕け散った。
『お前らしか、可能性は無いんだ』
「世界最強の……合衆国はどうしたんだよ?」
『合衆国は今、戦争中だ。つい一時間前からな。お前は山奥にいるから知らんだろうが世間は大騒ぎだぞ』
合衆国が——戦争中、だと?_
それが本当なら、恐らくもう、宇宙人と人類の戦いは既に最終局面を迎えていることを意味する。
『推定、七千機のエルフライドが合衆国本土を攻撃中だ。普通では考えられない大判振舞でな。おそらく、合衆国は滅びる。黒亜もな』
七千機——シトネが言っていた推定の敵の全戦力だ。
出し惜しみせずに合衆国を襲えば、いかに強靭な部隊と兵器があろうと、ひとたまりもないだろう。
『お前はどっちだ?』
「え?」
質問の意図の読み取れない言葉——しかし、直感では感じ取っていた。その次につながる言葉を。
『お前は、タガキ・フミヤか、ミシマ准尉か、どちらだ?』
恐らく、俺の返答によってはもう、後戻りできない状況になるだろう。
いや、何を言ってるんだ? 俺は。
元々、決心なんてついていた筈だ。少女たちと——約束したじゃないか。
「俺は——」
頭の中を駆け巡るのは、ここに来てから一カ月半余りの思い出だった。
少女たちに教育をしたり、部下とぶつかったり、みんなでショッピングモールに行ったり。
おおよそ、戦いとは無縁の、そんな情景が次々と浮かんだ瞬間——俺は、とある名前を。
長らく口にしていない、その名を、口にしていた。
「俺はタガキ・フミヤだよ、馬鹿野郎!」
永遠に近い数瞬が過ぎ去った後、叔父は笑った。
『ふっ、そうか。ならタガキ・フミヤ。俺の甥っ子よ。俺からお前への、個人的な最期の〝お願い〟だ。よく聞け』
叔父さんは、タガキ中佐はそう口にした。
よほど状況が緊迫しているようだ。余韻に浸る時間すら与えてくれない。
『エイリアンどもの機体はほとんど合衆国に出払っている。その隙に、電光中隊は宇宙船を強襲し、エルフライドを操作する〝人工知能〟を破壊しろ』
そうだろう、な。今しか、今しかチャンスは無いんだ。
合衆国が陥落すれば、直ぐにでもウチへと奴らはやってくるだろう。
そして負ければ——シトネの言う通り、人類は宇宙人のテラフォーミング政策によって滅びる。
『有体な言葉だが、言う機会が無いもんでな。今、言わせてもらうぞ。全員にも伝えておいてくれ。お前らのその手で、世界を救えとな』
「もう、言ったよ、それは」
『あ、そ。じゃ、切るわ』
プツっと電話が切れる。俺は暫く、携帯を耳に当てたまま、動けないでいた。
しかし、思い立って。俺は自分の頬を強く張り、執務室の壁にかかった鏡を見る。
そこには——童顔で、赤い頬を腫らした憎たらしい顔つきをした男が立っていた。
「アンタが——ミシマ准尉か?」
返答は無いし、馬鹿馬鹿しい。
だが俺は、目の前に立つ男に、どうしても言っておかねばならないことがあった。
「酷い話だよ。あの狸おやじは多分、こうなることが分かってたんだ。俺が苦しむのも、最期には戦いを挑むのも、分かってたんだよ。あげくの果てには元ニートの甥に世界を救えだとよ」
俺は気づけば、部屋の隅に置かれたラックに下げられた軍制服の前に立っていた。
「心のどこかではさ、俺はアンタのせいにしてたんだ。あの子達に戦う様に促したのは、ミシマっていう像が、幻想が勝手にやったんだってな。でも、そうじゃないだろ?」
ラックにかけられた服を手に取り、鏡の前へと再び足を向ける。目の前の男と対峙しながら、手に持った軍制服に袖を通した。
「あの子らには成長してほしいって願って、自分が成長してないんじゃ、世話ないよな、ハハハ」
乾いた笑いと共に、いつの間にか、鏡の前には軍制服に袖を通した男が立っていた。
「こっから、アンタは必要ない。ああ、いつもの俺のノリで指揮官やるって訳じゃないよ。まあ、なんていうかさ」
鏡の前の男は、タガキ・フミヤは、涙を流しながら笑っていた。
「全部、俺が背負うことにするよ。時代とか、世界とか、あの子らの決意とか、叔父さんのせいにするんじゃなくてさ——だから、さ。心配すんなよ」
気づけば声は震えていた。誰に対しての言葉——なんてのは野暮だから聞かないで欲しい。
その時、俺は久しぶりに対面した自分自身の顔に、懐かしさを覚えていたのだ。
涙は拭っても拭っても、絶えなかった。その身に降りかかる重圧に、必死に抗っていた。
本当の意味での、責任というものを俺は感じ取っていた。
△
暫くして、持ち直した俺は軍服のまま、廊下へと出た。
向かうはシノザキの元だ。途中、談笑していたリタとトキヨが軍服の俺を見ると。
すぐさまギョッとした顔を浮かべ、すぐさま正対し、敬礼をしてきた。
私服着用を熱弁していた俺が突然、軍服を着て歩いている姿は異様に映ったことだろう。
しかし、そんなことは関係ない。軽く敬礼を返し、シノザキの部屋の前まで辿り着いた俺はすぐさまノックを鳴らした。
「は、い……」
扉を開けると同時に、俺の姿を見て目を丸くするシノザキ。
気にせず話を続けた。
「緊急事態だ、全員を招集しろ」
「……軍服を着用して、でしょうか?」
「ああ、第一教室で待つ」
「了解しました」
シノザキは直ぐに部屋に引っ込み、着替えを始めた。
俺が踵を返すと、不安げな表情をして、会話を盗み聞いていたリタとトキヨが目に入った。
「聞いたな? お前らもその通りにしろ」
「ハ、ハイ!」
パタパタと奥の教室に消えていく二人。
それを見届けてから、俺は第1教室へと一足先に向かった。




