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電光のエルフライド  作者: 暗室経路
一章 -電光のエルフライド- 全編
4/123

3 第二話 公費ドライブ

2《一九八五年一月十五日放送》

『臨時ニュースです。

 ウブラ大陸でその名を轟かせる軍事的超大国であるバイレン統国に、初の宇宙勢力が確認されました。

 バイレン統国は一貫して宇宙勢力に徹底抗戦をしくことを宣言しており「同盟国との連携を強め、情報発信に努める」とも述べました。

 一方、統国主義思想を掲げるバイレンは〝降伏宣言〟を名乗る市民団体への過剰な取り締まりが批判を浴びており、ナスタディア合衆国の報道官は「先進国家にあるまじき暴挙、酷く野蛮だ」と発言。コレに対し、バイレンの報道官は「ナスタディアがバイレンの国力を削ごうと躍起になっている」と延べ、舌戦を繰り広げています。

 以上、黒海ニュース、アナウンサー。イズミ・ユリがお送りしました。それでは今日もよい一日を——』

△1985/4/3 水

場所:クラマ県某所

視点:タガキ・フミヤ


 ベッドの上に寝転がっていた。半万歳の姿勢で、右手には携帯。時刻は午後二十一時半を回ろうとしていた。ドクドクと脈動を表現するかの様に枕元の時計の針が音を鳴らす。ふと、携帯が小刻みに揺れた。俺は視線を天井に向けたまま、通話ボタンを押して耳に当てる。


『そろそろリミットだ』


 誰でも無い、叔父の声だ。俺は暫く口を開けて放心した後、ようやくの思いで言葉を吐き出した。


「受けるよ」

 

 そう口にした瞬間、外から甲高いクラクションが聞こえてきた。携帯を耳に当てたまま窓からヒョイッと顔を出すと。閑静な住宅街の控えめな路地。そこに、見慣れないシルバーのワンボックスカーが街灯から避けるようにしてひっそりと停まっていた。


『私物は要らん、置き手紙だけ残して降りてこい』


 置き手紙……? 

 てっきり叔父さんが両親に話をつけてくれると思っていたが、違うようだ。

 まあ、そりゃそうか。今時ではなくても、軍にバイトに行くなんてことをすんなり許す両親がいるわけない。ということは、叔父さんは俺を連れて行くことは内緒なのだろう。

 なんというか、改めて叔父の大胆さに呆れていた。兄夫婦とはいえ、余所サマの子どもを連れ去ることに少しも躊躇いを見せないからだ。

 

「……何て書けばいいんだよ?」

『金を稼ぎに行くとでも書け』

「そんな書き方したら、捜索願い出されるぞ」

『お前の両親は常識的だが、世界は非常識だ』

「え?」

『エイリアンが世界を侵略中に大陸では人間同士で戦争中だ。少年兵がライフルを担いでいる』

「勇敢になれって?」

『そうじゃない、価値観の話だ』

「まあ、いいよ。とりあえず適当に書く」

『待ってるぞ』


 言われた通りサラサラッと置き手紙を書いた。内容は……まあ、少し旅に出るみたいな内容にしておいた。

 俺は結構突飛なことをする性格なので、両親は激怒するだろうかこれなら捜索願いは出されないだろう。ここはナスタディアではなくて、治安が良いことで有名な黒亜だしな。

 今の時間帯、母さんは風呂、オヤジは自室で読書中だ。バレはしない。

 こっそりと……階段を下りて靴を履き、玄関から堂々と家を出た。小走りで路地に駐車された車へと向かう。

 シルバーのワンボックスカーに近づいていくと、叔父が俺が近づいてくることに気づいたのか、車のエンジンを始動した。

 助手席に乗り込むと、車内のタバコの匂いで思わずむせ返りそうになった。コイツ、ヘビースモーカーがすぎる。


「どこに行くんだよ?」

「宿泊施設だ。泊まりがけで現地まで走る事になる。その間に話をしよう」


 叔父はそれだけ言うと車を走らせる。

 十分が経った。話をしようと言っていたのに、一向に口を開く気配がない。

 呆れながら、片肘ついて外を眺める事にした。夜のドライブは嫌いでは無い。サーチライトに捕捉されたように、車窓から街灯の光が侵入し、過ぎ去っていく。

 そんな情景をボーっと眺めていると、不意に叔父は俺の膝にA4サイズくらいの茶封筒を放ってきた。中を改めると、丸っこくて白いアーマーに身を包んだような、シンプルなデザインのSFチックなロボットが自立している写真が数枚入っていた。


「え!? これが例のロボットか……これが宇宙人の兵器?」

「〝エルフライド〟だ。エイリアンから鹵獲した兵器を、合衆国がそう名付けた」


 ほう、エルフライドか。

 少しカッコいい響きだな。昼間も写真で見たが、それはこんなに近くでハッキリとしてはいなかった。

 合衆国の軍服を纏った特殊部隊然とした黒人の男が、真っ白な歯を見せながらロボットに手を添えている。世界が滅びるかもしれないってのに笑顔だ。少し神経を疑う。


「え、乗れんの、コレ?」


 聞くと、叔父はタバコに火をつけながら答えた。


「ああ、だが大人は無理だ」

「え?」

「乗ってたエイリアンは子供並みの体格だった。大人は物理的に乗り込めない」

「おいおい……俺が乗るとか言うなよ? それなら『人殺し~』って叫びながら警察に駆け込むからな」

「お前でも無理だ。身長百四十センチ以下じゃないとな」


 百四十センチ……以下?

 思い返してみると、その位の身長だったのは小学生の時の話だ。


「……なあ、まさか」

「そうだ」


 俺が恐る恐る聞くと、叔父はタバコを吹かしながら頷いた。


「体格の小さい子供を乗せようとしている」


 信じられない話だった。俺は暫く放心した後、震える口調で再確認する。


「エイリアンとの、戦争に子供を駆り出すのか?」

「ああ」

「……あっては、ならないことだ」

「どうして?」


 俺は思わず叔父を見た。体裁の上がらない風貌をしたハゲたおっさんが、急に人でなしに見えてきた為だ。


「どうしてって……死ななくていい子供が死ぬんだぞ?」

「エイリアン共の目的は不明だ。世界中の軍隊が消えた後、我々をどうするかは分からんぞ?」


 ……一理はある。だが、それだけだ。

 世に浸透しているのは軍不要論だ。武装解除すれば安全は保証——されるのかは分からないが、全世界の軍人が消えるまで生きていられるのは確かだ。無駄に人が死ぬ事は無い。俺もその多数派の意見に、半ば賛成していた。

 だからこそ、この叔父の発言には怒りが沸いた。勇敢であるからなんなのだ?

 ゴミみたいに死んでいき、国民からも無駄だと言われる。それに、何の価値がある?


「騙したのか?」


 叔父を非難しようといた。材料は叔父の価値観だけでは無い、最初に交わした会話との齟齬がある。叔父は最前線に行く事は無い楽な仕事だと言っていた。

 それが宇宙人の兵器を乗り回しての特攻作戦だと。明らかに約束と違う。

 叔父は俺の睨みつけるような視線に、とぼける様に肩をすくめた。


「騙した? どこが?」

「言ったろ、前線には行かないって」

「嘘では無い。お前は指揮官だからな。前線ではない」


 耳を疑った。嫌いとまでいかず、寧ろ好感を持っていた親戚がここまで冷酷だとは思わなかった。

 自分の甥を少年兵達の指揮官にして、死地へと向かわせる大罪を背負わせようとしている。沸々と煮えたぎった感情がマグマの様に溢れ、気づけば叔父の胸ぐらを掴んでいた。

 

「なんだと……舐めてんのかよ!」

「それが嫌なら」


 叔父はタバコを窓から放り捨てながら言った。


「ガキどもを戦場に送らせるな」


 力無く胸ぐらから手を離し、シートに背中を預ける。

 愕然としていた。それと同時に、理解してしまった。そういうことか、と。

 叔父が俺を指揮官にしようとしているのは、少年兵達を戦場に送らせない為なのだ。

 叔父も勝てるとは思っていないのだろう、素人の甥に指揮官役を任せれば作戦は確実に破綻する。せっかく手に入った宇宙人の兵器を使い潰す様な真似だ、軍からすれば違反というよりかは大罪に近い。しかし人としては——。

 緑の増えた田舎道に差しかかった車窓を眺めつつ、俺は問うた。


「……何で俺を選んだ?」

「この任務に、適任なんざ誰一人存在しない」

「……人類の危機なんだろ?」

「合衆国が我が国に持ち駒を全て提供するわけ無いだろう。ウチが失敗した所で、合衆国が本気を出すだけだ」

「合衆国も持ってるのか? このロボットみたいなヤツを」

「ああ、ウチに九機もくれる位だからな。実際は数十、いや数百機は保有しているのかもな」

「そんなにか!? ……どんだけエイリアン共は鹵獲されてんだよ」

「噂じゃな、このロボットもどきの侵略兵器は使い捨てかもしれないらしいぞ。結構な数が至る所に落ちているそうだ」

「えっ……エイリアンが乗ってるんだろ?」

「ああ。だが、大陸じゃ数え切れ無いくらいの数が墜落しているらしい。干からびたエイリアンが操縦桿を握ったまま死んでるんだと。分かった事は、奴らの考える事は分からんという事だけだ」


 そこまで言った所で、叔父が左にウィンカーを出した。曲がった先はポツリといった風に、田舎街道に浮かぶ大衆食堂だった。車が止まり、叔父はシートベルトを外しながら顎で店を指す。


「腹は減ってるか?」


 叔父はいつもそうだ。何かをする前に相談なんかしない。今回みたいに駐車場についてから、腹の具合を聞いてきたりするのだ。

 そんな事をされたら、拒否する気にもならない。親父もそんなマイペースな叔父にいつも呆れていた。

 しかし、余計だと思った事は無い。いつも絶妙なタイミングなのだ。

 今回のバイトの件だってそうだ。正直、ウダウダ部屋で引きこもっている状態に参っていたのだ。

 俺はこのままではダメだ。一歩、踏み出さなければならない。何かをしなければならない。そんな感情が渦巻いて居た。今日電話がかかってきた時、そのクソみたいな状況を変えられる気がしたのだ。


「減ってるよ、それなりに」


 とりあえず今日、俺はウダウダと何ヶ月も引きこもっていた家から県外の大衆食堂まで足を踏み出した。その事実を噛み締める様に、ドアノブに手をかけたのだった。







△1985/4/3 水

場所:クラマ県某所

視点:タガキ・フミヤ


 深夜から大盛りのネギトロ丼を爆食した俺は吐きそうになりながらも、叔父とのドライブで宿泊施設に無事到着した。施設は普通のビズネスホテルで、代金は国から降りるのだとか。だったらもっと高級スイートでもとってくれたらいいのに。

 とにかく俺は、部屋に入るなり競うように服を脱ぎすて、熱々のシャワーを浴びて昂る感情を抑えていた。

 浮かぶのは先ほど聞いた衝撃てな内容の会話だ。軍は子どもを使って戦争をしようとしている。俺は自身の正義感をもってそれを阻止する。阻止しなければならない。だが、どうやって? 

 久しく稼働していなかった頭がぐるぐるとまわり始めていた。……まあ、今はまだ情報が足りない。どういう場所で何をするのかも知らないし、叔父にまた色々と聞かなればならないな。

 全裸で風呂から上がったタイミングで、叔父が再び茶封筒を持って部屋に訪れた。


「……結構デカイな」

「うるせぇよ」


 体を急ぎ拭きおわり、備え付けのバスローブを羽織った。鏡を見れば、バスローブに着せられた童顔男子の少年が映っていて気落ちしてしまった。

 その間に叔父は窓際の椅子に腰掛け、ポケットを弄りタバコを取り出していた。円形卓上の上にはクリアファイルに挟んだ分厚い紙が挟まっていた。


「それって、また資料?」

「ああ、まだまだ伝えるべき事はたくさんある」

 

 なんでそんな小出しで話すのだろうか?

 車で話したり、食堂で話したり、いっぺんに話しせよと思う。素直に疑問を伝えると、叔父は窓際の椅子に腰掛け、ポケットを弄りタバコを取り出しながら答えた。


「いっぺんに伝えても分からんだろう」

「……記憶力の良さだけが取り柄なんですけど?」

「そうだったか?」

「そうだよ。ほら、俺も昔は神童なんて呼ばれていただろ?」

「ふーん。そうだったか。ああ、そういえばそうだったな」


 ……とことん、人に興味が無い奴だなあ。こんなんで人付き合いの極致である軍でやってきたのだから、凄いの男なのかもしれない。


「まあ、それなら好都合だ。色々教えるから覚えておけ。ボロを出さない様にな」

「……素人なんだから、ボロは出すだろ?」

「いや、周りの連中はそうは思っていない」

「は?」

「お前には三ヶ月程の期間、ミシマという人物を演じてもらわなきゃならん」


 脳が理解を拒むように、フリーズする。

 叔父の言っていることが、全く理解できなかったのだ。いや、理解は出来るのだが……まさかな、という仮説が脳内に浮かびながら恐る恐る口を開く。


「なんで?」

「お前を周りにはミシマという人物と説明してあるからだ」

 

 暫く放心したのち、俺は気づけばタバコ臭い叔父へと走り寄って襟をつかんでいた。


「な、な、な……なんじゃあそりゃ!?」


 俺は居なくなった指揮官の代役では無くて……成りすまし!?

 何の知能も技能も無い引きこもりの高校生が!?

 狼狽えながら言葉にならない言葉を喚き散らしていると、叔父が呆れたように、タバコに火を消していた。

 

「何も、絶対無理なことはお前には頼まんさ」

「絶対、無理だろ!」

「可能だ。なんせミシマを知る人物は今軍部には一人もいないからな」


 暴論だ。お米は野菜だから太らない、っていうくらい暴論だ。無理がありすぎる。

 バレたら全員から袋叩きにされて吊されるのじゃなかろうか?


「バレはしないさ」


 落ち着き払った叔父を見て、最早やる気を無くした俺は力無くベッドに倒れ込みながら聞いた。


「……ミシマってのはどういう人だったんだよ」

「欧州で宇宙人を監視する任務についていた。それ相応の信頼、知識と技能はあったんだろう」

「んなもん俺にはねぇぞ」

「問題は、知識や技能では無い」


 顔をあげると、叔父はタバコで俺を指していた。


「エイリアンに勝てるかどうかだ」

「はあ? 勝てなくていいんだろう?」

「勝たなくていいのならな」


 またもや煮え切らない回答だ。

 叔父は昔からそうだが、何かを示唆する様な言動が多い。深読みし過ぎたらこちらだけカロリーを消費する事になるので、極力しないようにしていたが……。

 それが今回仇となったかもしれない。深く疑問を持たずに関わってしまったことを後悔していた。叔父が世間一般の常識を持った人物だと、勘違いしていたのだ。自分の尺度で人を図ってはならないとナスタディア留学で学んだのだがなあ……身内だから油断していた。


「別に殺人鬼の群れに放り込まれる訳じゃない。気楽にやれ」


 どういう例えだよ。訳が分からない。

 俺は体を起こして、叔父の対面に立つ。叔父の考え方というか、やり方にはやはり納得出来ない。

 俺はてっきり、素人が指揮官となる事もバイト先の人達は承知済みなのだと思っていた。代役ではなく、成りすましなんて騙す様な真似じゃ無いか。

 ……まあ、考えればおかしな話だな。そんなこと軍の連中が了承する筈が無い。逆の立場なら舐めているのかと激昂するだろう。ただ、俺はそういった事は嫌いだ。筋が通らない。


「何ていうか……彼らに失礼じゃないか?」

「ほう、失礼か」

「求められてるのはミシマ准尉なんだろ?」


 そう言うと、叔父は椅子に沈み込む様に体勢を預け、足を組んだ。


「そうは思わない連中は多い。お前はその点、優秀だよ」

「人格だけかよ」

「最も求められる部分がそこだ」


 俺が呆れていると、叔父は思い出した様に話を続けた。


「そうそう、お前の副官に就くシノザキ伍長というのが居る。奴は軍事にはスペシャリストだ。困ったことがあったらそいつに丸投げしろ」


 叔父が茶封筒を指したので、徐に中身を取り出す。自分が関わることになる部下たちの顔写真付き資料が数十枚入っていた。

 しばらくめくって、名前欄にシノザキと書かれている資料を探し当てる。

 側から見て、あからさまに自分は目を丸くしたに違いない。驚く事に、シノザキ伍長とやらはテレビに出ていそうな大層な美人だったのだ。


「……シノザキ伍長って女性なのか」

「ああ、この世で最も獰猛な女だ。現代で男たちも無くした牙を秘めている完璧な軍人だ。だが、それだけだ」

「それだけ? 求められるのはそこだろ?」

「完璧な軍人など、国家の歯車にすぎない。ゼンマイを巻く手が止まればただの部品だ」


 軍人とは思えない様な自由な発言だ。いわば軍なんざ国家機構における単なる暴力の装置だろう?

 国家が幾ら愚かであろうが残忍に遂行するのが軍人としての本懐ではないのかと思うが。俺は探るような声音で質問する事にした。

 

「叔父さんは何なんだ?」

「私か?」

「歯車じゃないのか?」

「大事なのは歯車がどう回るか、だ」


 なるほど、このおっさんのマイペースさはその思想が源流となっているのか。要は偉そうにごちゃごちゃ言っているが、ただ単に個人主義を愛好しているだけなのだろう。

 だからこんな勝手が出来るし、罷り通せるのだ。いい加減、腹が立ってきた俺は強い語気で言った。


「そうかよ、なら精々好き勝手やらせてもらうぞ」

 

 無茶苦茶にしてやる。そういう趣旨の発言だったのが……叔父は予想外にも破顔してみせた。

 そして満足そうに。


「その言葉を待っていた」


 そう告げた。呆気に取られるのも束の間、叔父は立ち上がり、のっしのっしと歩いて出入り口の前まで行く。


「明日は到着次第、着任式が行われる」

「……開会式みたいなもんか」

「文言は用意した。資料にあるからその通りに話せばいい。そこからはお前の自由だ」

「俺が戦うと言ったらどうする気なんだ?」


 国家最後の反攻作戦。仮に少年兵たちを率いて俺が宇宙人達に無謀な戦いを挑む気なら、叔父は一体どうするのだろうか?


「私は他人にゼンマイを巻かせない主義でな、逆もまた然りだ」


 要は勝手にしろってか。叔父はそれだけ言うと、部屋を後にしようとした。


「待てよ」

「なんだ?」

「まだ聞いて無かったな。なんでアンタは軍に残ってんだよ」


 そういえば叔父は最後の給料を貰ったら辞めるつもりだったとか言っていた。

 それならば秘密部隊が設立されるなんて話を聞いた段階で普通は辞め時と判断するだろう。

 なのにこの男はまだ軍に在籍している。むしろ部下の士気を案じて、俺に偽指揮官を演じさせて部隊を存続させようとしている。それは明らかに理解に苦しむ行動だ。

 

「なんでだろうな」


 叔父は背を見せたままぷかあっと煙を吐いていた。俺は呆れてため息をこぼす。


「途中でトンズラなんてのは勘弁してくれよ」

「ふっ……それはない。安心しろ。ところで……」

 

 叔父はかつてないほどシリアスな表情を浮かべ、振り返っていた。


「お前は英雄になりたいか?」

「……言ったろ。ガキども使って英雄なんざ、死んでもごめんだね」

「そうか。それを聞いて、安心した」


 叔父はそれだけ口にして、部屋から出ていった。叔父が部屋を去った後。


「英雄……か」  


 嫌なイメージが浮かんだ。軍服を着た自分が勲章で飾り付けられ、軍用車の上で観衆に手を振っている姿だ。


 「クソッ……バカが」


 吐き気がしそうな妄想を自ら嘲笑するように、俺は部屋の電気を消した。


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