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電光のエルフライド  作者: 暗室経路
一章 -電光のエルフライド- 全編
2/123

1 プロローグ

まず、お読みいただきありがとうございます。

※この話はまだ主人公視点ではありません。主人公視点は、次話からになります。

△1984/12/26 水

場所:クラマ基地

視点:タガキ・タケミチ



 地球最後の日に何を食うか、なんてくだならない世間話の題材があると思うが、それが現実味を増したのは去年の十二月半ばくらいのことであった。


 クラマの基地食堂で出された質素な麺料理を啜っていたら、纏っていたスープが気管に入り、「ゴフッ」と咳き込んだ。


 ふと落ち着いて顔を上げれば、食堂中の視線を集めていたことに気づいた。中には摘まんでいた肉団子をスルッと落とす若い兵士の姿まである始末だ。


 やれやれ、こんなハゲたおっさんの咳き込みがそんなに驚くことかね? そんな風な感想を浮かべていた俺であったが。


『本日未明、国連が太平洋に出現した〝巨大な飛行船のようなモノ〟を発見しました————』


 どうやら食堂中の視線は、俺の背後に設置されてある備え付けモニターに向いてあるようだった。

 振り返ってみれば、俺もそのニュースの内容には釘付けになった。

 映像には、上空から撮影されたと見られる巨大な宇宙船とやらが映し出されていた。


『国連の調査機関は〝巨大な飛行船のようなモノ〟を宇宙からの来訪者である可能性を示唆し、波紋を呼んでいます』 


 生きている間にこんなコトが起ころうとはな。

 どうやら、地球最後の日に食う飯を選別するときが来たらしい。

 奴らが別に何をしたというワケでも無いが、そんな感想とともに俺はコップに入った水を一気に飲み干した。




△1984/12/28 金

場所:クラマ基地

視点:タガキ・タケミチ



 悪い予感ほど、よく当たるモノだ。

 国連は例の太平洋に浮かぶ〝飛行船のようなモノ〟の呼称を〝宇宙船〟に切り替えた。


 ついでに何人もの使者を宇宙船とやらに送ったようだが、コンタクトは取れず、第一次第二次使者団は消息を絶った。


 挙げ句の果てには宇宙船から強力な電磁波が発せられるようになり、半径百キロ圏内は地球の電子制御された機器類は容赦なく過電流により、破壊された。


 〝使者が死者〟となったのだろう。そんなつまらないシャレが黒亜軍内で流行する頃には、遂に永らく沈黙を保っていた宇宙船からアクションがあった。


 宇宙船から飛び出てきたのは平和の大使でも、青い鳥でも、ドッキリ札を下げたコメディアンでも無かった。未知の合金で覆われた、人型をした殺戮兵器だった。

 地球の主要都市は瞬く間に数個陥落し、人類は絶望の淵に立たされた。


 といっても、奴らは律儀な事に各国の軍基地を順番に陥落させていっている様で、世界何百ヵ国の内の我が国は、運が良ければまだ数百日は猶予がある。それにインフラは破壊されず、軍関係以外の世界経済は順当に回っており、食糧危機にも瀕していない。


 世界で最も良識的な侵略者と揶揄される始末だ。今のところ人類はゼロ勝十敗といったところかな?

 そんな結果が証明するように、我が国の軍部は期限付きの平和が訪れていた——。




△1985/2/26 火

場所:クラマ基地

視点:タガキ・タケミチ


 開戦当初。全く勝ち目の無い宇宙テクノロジーが敵と聞いた軍の関係者は、幹部やら下士官やら末端に至るまで。最後は家族と過ごしたいとダース単位で退職していった。


 私は呆気に取られた。その時はどうせ皆んな宇宙人によって死ぬと思っていたからだ。

 最前線にいようが、実家に引き篭もろうが、死ぬなら軍でも関係ないだろう。むしろ、装備の充実した軍の方が長く生き残れるのでは?


 だが、蓋を開けてみれば狙われたのは世界各国の軍隊だけ。市民や統治機構は傷一つつけられる事は無かった。それを聞いた数少ない軍関係者は更に辞表を積み上げていった。


「どうせなら勝ち目が無くとも家族の為に潔く戦って散ってやろうと思っていたが……市民になれば死なんで済むのだろう? その守ってやろうとした家族に土下座までされて止められたなら、辞めない理由なんて無い」


 軍を去り際の優秀な同期の言葉だ。俺の返答はもちろん、


「あっそう」


 だった。呆気に取られながら返答をしたのを覚えている。

 何故、今すぐに辞めてしまうのだろうか。辞めるにしてもギリギリまで給料を貰ってからにすれば良いのに。ワンチャン、臨時ボーナスだってありえるだろう。


 まあ、しかしこれが普通の反応なのだろうか?


 世では税金泥棒、命を大事に、なんてフレーズと共に軍関係者の風当たりが更に悪化している。基地があるから危険なんて理論まで出てくる始末だ。新しい国家のリーダーがたとえ緑の肌をしたエイリアン(実際はどんなもんか知らんが)でも身近な平和の方が大切なのだろう。


「実にくだらないね」


 思わずそう、ひとりごちる。


 軍が消えた後、この世界はどうなるかは想像に難くない。しかし、軍に残って戦うことを選択をした奴らも大馬鹿だ。勝てない戦を好む奴は戦闘狂かマゾヒスト、それか狂信的な愛国者他ならないだろう。


 最近の俺はといえば、適当に部下達をあしらい、速報で流れるニュースを携帯で見ながら、人気の消えた基地の喫煙所でタバコの灰を落とすのが日課(フィールドワーク)となっていた。


 以前より覇気の無くなった我が中隊の大佐がトコトコ歩いてきて、俺の隣に並んだ。

 シュボッと、ライターで火をつけて数十秒。


「お前……なんで辞めないんだ? 命が惜しくないのか?」


 大佐は煙とともに、そんな言葉を吐き出した。


「いやあ、惜しむような命でも無いですし」


 この言葉は嘘では無い。惜しむような命では無いというのは本心ではあるが、まあ当然ながら死にたくはない。別に死ぬのが怖いってわけではなく、軍で戦って死ぬのが嫌なのだ。


 宇宙人が一体どういうつもりで軍だけを攻撃しているのか知らないが、恐らく軍が全て消え去ったら人類はタダでは済まないのではないかと思っている。そんなことになったら、離島で家を買い、のんびり釣りでもしながら自分のタイミングで自殺する方がよっぽど乙な死に方だ。


 だが、その為に必要なのは金だ。今の貯金でも、充分その予算は捻出出来るが、守銭奴として定評のある俺は未だにセコセコと貯蓄をするために軍を続けている。


 大佐は俺の言葉に、神妙な面持ちを浮かべていた。


「……お前は家庭を持って無かったな……しかし、親御さんがいるだろう? 親御さんは悲しまんか?」

「いやあ、親戚は兄貴一家以外、絶縁されてますからねぇ」


 笑いながら言うと、「何したんだお前は……」と、弱いツッコミが飛んできた。


 俺の親戚は軒並み宗教一家で、ウマが合わずに十八で家を飛び出した。現在は同じく宗教とは距離を置いた兄夫婦とだけ親交を保っている状況だ。


 ヘラヘラしていると、真面目な顔になった大佐がまるで犯人に呼びかけるように言葉を続けた。


「階級章は倉庫に幾らでも転がっている。だが、命は一つだ」

「なんですか、私を辞めさせたいんですか?」

「……私は本日付で辞める事にした」


 ……ほう?


 なんだ、大佐まで辞めるのか。


 軍のしきたりとして、大佐が最上位に居たので辞めればスライド式に次階級の私が隊長となる。軍で一番やる気の無い人間であることを自負する窓際族の俺が、まさか部隊のトップに立つとは全く思いもしなかった。人生とは本当に何が起こるのかわからないものだな。


「同中隊の顔馴染みが死ぬのは忍びない」

「中隊、か……分隊の間違いじゃないですか?」


 私の言葉に大佐はフッと疲れたように笑い、不意に見事な敬礼を向けてくる。

 こんな私だが、軍人の端くれだ。反射的に答礼(敬礼に対する敬礼)を返した。

 

「こんな事言える義理じゃないが……死ぬなよ、タガキ軍曹」


 ふっ……確かに言えた義理ではないわな。

 そのまま回れ右して本部隊舎に消えていく大佐。俺は本日二本目のタバコに火をつけながら呟くように言った。


「心配せんでも、死にはしませんよ」

 

 どうせ滅びる組織に属しているのだ。代々積み上げた予算が無駄になる前に私が使ってやろう。 


 それにしても……二百人いた我が中隊は、もう私を含めて八人しか居ない。部隊が解散してどこかに再編成されていないのが不思議なくらいだ。 


 まあ、いい。兵士が減った分、給料は毎月爆上がり中だ。多くのテレビ局のバラエティ番組も放送を自粛しているようなどんよりとした世の中で、こんな景気のいい職場は無い。

 国の為に散々、奉仕(無料ネットゲーム)してきたのだ。その位の権利はあるだろう。


「タガキ大佐」


 背後から俺にとって不快な高い声が聞こえたので振り返る。するとそこには……。

 同中隊の部下の一人、シノザキ上等兵が嫌な笑みを浮かべたまま歩み寄ってきていた。コイツは精鋭と呼ばれていた我が中隊の中でも、最も狂っている女兵士だ。


 ツラは良い。それも底抜けに。定規でここと定めたのかと疑うほど、整った目鼻立ちに小さな顔。アイドルや女優をやっていたっておかしくないくらいの美貌の持ち主。初めてその姿を見た兵士は「なんで彼女が軍人をやっているんだ」と呆然とする程だ。


 しかし、実態は軍の志望動機を「最前線に行く為」と書くイカレ野郎である。しかも、タチの悪いことにコイツは頭も良い。教育隊での成績はほぼトップ。しまいには黒亜軍で最も過酷とされる訓練課程の〝隠密〟をクリアした初の女性兵士だ。


 つい最近までそんなシノザキ上等兵を軍は猛烈にプッシュアップし、女性兵士の手本として広告塔に据え置こうとしていたが……まあ、いまや軍のPRなんざやっている場合ではない。

 チヤホヤされなくなって直ぐに辞めてしまうと俺は思っていたが、いまだ軍の在籍を続けている。それは彼女が本物の戦闘狂であるという証明にすら思えた。


「誰が大佐だ、私は軍曹だぞ?」


 俺はわざとらしく不機嫌そうに返答した。この女兵士は宇宙からの侵略者が訪れてから毎日の様に絡んでくるようになり、おかげで業務が滞っている。本当に忌ま忌ましい女だ。

 

「大佐が辞めるんなら、次の大佐はタガキ軍曹じゃないんですか?」

「馬鹿か、上から任官を受けるまで私は軍曹だ。そもそも、死んで昇任したとしても大佐までいく訳ないだろう。精々、曹長がいいとこだ」


 部下には真面目に見せ、上司にはやる気の無い様に見せるのが私なりの処世術だ。


 理由は単純、サボっているところを部下に見られたら部下までサボり出してしまうからだ。そうなると相対的に私の負担は増え、結局真面目に仕事をしなければならなくなってくる。逆に上司がやる気の無い私を見れば失望し、別の優秀な人間に仕事が回される。


 これぞサボりスパイラル。素晴らしき軍人ライフを形成する最強のサイクルなのだ。


「これだけ人が減ればありうると思うんですが」

 

 幹部の課程も修了していない俺が幹部になるわけないだろう。バカな新兵と違い、賢いコイツはそんなことは知っているハズなのだが、冗句の類いのつもりだろうか? 


 まあ、そんなことはどうでもいい。昼休みという公的にタバコを吸う時間まで、コイツに貴重な時間を奪われたくない。


 そう思った俺は、煙を吐きながらシノザキを見据えていた。


「バカなこと言ってないでお前は昼休み後に中——いや、分隊に集合をかけておけ」

「訓練ですか?」

「いや、今日は整備だ。太平洋の宇宙船(クソ溜め)まで遠征できるくらいに身の回りの整理をさせておけ」


 今日は整備、ではなく、正しくは今日も整備だ。どうせこれだけ人数が減れば、この基地は運用できず放棄となる。


 軍に残った戦闘狂共が全国各地からどこかに集約されて、新たな部隊を編成されるだろう。それほど軍は逼迫している。


 ならばその前に、体よく部下に身辺整理させていおくのが得策だ。再編成時はコイツらともおさらば出来ればいいのだが……その辺は神頼みする他ないな。

  

「了解しました……タガキ軍曹、最後に一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「タガキ軍曹は今大戦で生き残れるとお思いですか?」


 ……うーむ、まずいな。先ほどの「死にはしませんよ」という独り言を聞かれていたか。受け答えを間違えれば部下に動揺(仕事の増量)を与えてしまう。

 

「私……いや、俺は負けるのは嫌いだ。お前はどうだ?」

「私もです」

「死んだら勝ちなのか?」

「いえ」

「生き残れば勝ちか?」

「……?」

「両方、間違いだ。死んでも生きても負ける」

「どういう、事でしょうか?」

「前提が違う。俺の勝利条件は敵が苦悶の表情を浮かべ、滅びゆく姿をこの目で捉える事だ。決して、名誉な戦死などではない。その為には基地を去った臆病共が残したクソでさえ平らげる自信がある……これで答えになっているか?」

「なるほど、理解しました」


 何が理解した、だ。我ながら途中何を言っているのか分からなかったぞ。


「それでは失礼します」


 見事な敬礼をして去っていくシノザキ上等兵。下士官は最早私だけ、シノザキ以外の兵士も宇宙人と戦いたがっている戦闘狂ばかり。

 この面倒な子守りも、最後の給料がいつ支払われるかの見極めまでだ。ソイツを貰ったらさっさとトンズラしよう。これまで貯めに貯めた貯蓄があるのだ。第二の人生は離島でのんびりとなんてのも乙だな。

 そんな妄想を浮かべていると、放送で司令室まで来る様に呼びかけがあった。


『第一〇二歩兵中隊、タガキ軍曹。直ちに司令室へ。繰り返す。第一○二歩兵』


 司令室に呼び出しか。どうせ再編成についての話だろうな。


 俺は煙管にタバコを放り、億劫な足を無理やり本部隊舎へと向ける。

 ふと、足を止めて空を見上げてみた。


 真っ青なスカイブルーに、呑気そうな雲が点在している。飛行機雲は最近一本も見ていない。これも、電磁波を発するとかいう、クソエイリアンの影響だ。

《一九八五年一月十二日放送》


『臨時ニュースです。


 二月十六日未明、コレイア森林地区で消息を絶っていたとされていた、ミレン共和国の歩兵大隊、第三〇五歩兵大隊数百名が遺体となって発見されました。


 地元警察は周辺状況の様子から「十二月二五日に襲来した宇宙船からの人型兵器による襲撃」と断定し、捜査を進めているとのことです。なお、この一連の発表からミレンの野党は与党に対し「事前に戦闘を防げなかった罪は鉛よりも重い」と批判をし、市民からの支持を得ています。この流れは全世界に影響を及ぼし、黒亜でもより一層野党勢力の存在感を増していく一因になると思われます。


 以上、黒海ニュース、アナウンサー。イズミ・ユリがお送りしました。それでは今日もよい一日を——』

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