109 第十九話 残酷な真実1
△1985/7/29 月
視点:タガキ・フミヤ
俺はキノトイ達が出発した後、強風の吹き荒れるアザミタワーの屋上へと立っていた。
理由は残った月光のパイロット達と会合するためだ。
屋上にいた主流派兵士達を説得し、信号弾を撃って貰うと——仲間の回収を指揮ししていた月光部隊の赤線の機体が俺の前に降り立ってきた。
ガシュッとコックピットが開き、不機嫌そうなセンター分けの少女、アブラヤ・セリが降りてきた。
「……クロダ大尉は?」
「死んだ」
俺が答えると、アブラヤ・セリは苦悶に満ちた表情を浮かべた。
クロダは——意外にも、月光部隊のパイロット達には慕われていたようだ。
「……どんな最期だったんですか?」
「全ての責任を負って、自ら命を絶った。立派な最期だった」
俺がそう答えると、アブラヤ・セリは覚悟を決めたようにキリリとした表情で俺に向き直った。
「月光のパイロットの責任者は私です。煮るなり、焼くなり好きにしてください」
……つまりはパイロットの罪は自分が全て引き受けるという意味だろうか。
「クロダは俺の唯一の友人だった」
俺がそう答えると、周囲の人間は驚いた表情を浮かべていた。
アブラヤ・セリも同様だった。
「ヤツとは思想は違えど……立場も、階級も一緒だった。酒の好みも、好きな女もな。ま、ヤツはどう思っていたか知らんが……」
俺は屋上の縁に立ち、局所的にブラックアウトした首都を眺めがら続きを話した。
「君らが戦って、この国は大きく変わった」
振り返ると、心なしか主流派の彼らが、俺の言葉を聞いて誇らしげにしていたように思えた気がした。
「今度は俺の番だ」
「……力を貸せということですか?」
「俺が君ら主流派を集めて演説をする。それを聞いてから決めてくれ」
「……拒否権があるという事ですか?」
「その通りだ」
「どこで演説するんですか?」
「今日はもう遅い。明日、正午に君らの集まった基地にお邪魔するよ。それまで休んでいてくれ」
そこまで話した所だった。
上空で待機していたアブラヤ・セリの部下と思しきエルフライドが何かを見つけ、俺たちを守るよう隊形を組むような動きを見せていた。
俺が視線を向けると——。
月光のエルフライドの隙間を縫って、とてつもないスピードでこちらに飛来するエルフライドが見えた。
あれは確か——。
「合衆国機!?」
アマンダが叫ぶように言った。
確かに機体は合衆国の機体のようだった。
しかも特徴的な縦線が入っていた。
アレは隊長機だ。
しかし、異な事に……。
その隊長機には本来備え付けられていないはずの装備がつけられていた。
外側乗り込み口の〝空飛ぶ棺桶〟だった。
月光をすべて交わしたエルフライドは屋上に着陸すると膝をつき、コックピットを開放した。
姿を現したのは、クールな表情を浮かべた黒人少女、〝合衆国のミア〟ことミア・グランド少尉だった。
「ミシマ大尉……」
「どうした?」
「タンカー船の対処、無事完了しました」
タンカー船……〝世界連合〟肝いりのエルフライド部隊を積んだ船か。
その件は無事に合衆国エルフライド部隊が対処してくれたようだ。
「そうか、ご苦労だった」
「……我々は殆ど何もしていません」
……殆ど何もしていない?
俺が怪訝な顔を浮かべていると、ミアは説明を始めた。
「地上から、主流派でも、穏健派でもない謎の勢力からの援護がありました。それのお陰でエルフライド部隊と戦わずしてタンカーを沈めることが出来ました」
……謎の勢力、誰だろうか?
見当もつかないな。まあ、いい。
「それだけか?」
俺が尋ねると、
「……〝サラ・スワンティ〟からの伝言があります」
俺は衝撃を受けていた。
〝サラ・スワンティ〟とは、〝深層領域〟で俺に接触を図ってきた謎の少女の名前だ。
俺だけで無く〝サラ・スワンティ〟はミア少尉にまでコンタクトをかけていたのか。
「なんと?」
「〝今すぐ手紙を読め〟と」
手紙?
俺はそこでシトネから手紙を渡されているのを思い出した。
懐から可愛らしい便箋の手紙を取り出し、中身を改める。
そこに書かれていたのは——。
拝啓、指揮官様へ。
皆の声が響く、民宿のダイニングで、今これを書いています。
騒々しいのは嫌いだったんですが、これも悪くないと思う自分がいる事に驚きつつ、ペンを走らせています。
さて、本題に入りましょう。
これを読まれている頃にはもう、私はこの世から既に去っている事でしょう。
しかし、悲しまないで下さい。
私はこの結果には、こころから満足しているのです。
何故なら、私の人生は、あの廃校から始まっているからです。
その前後は課程でしかなく、無味無臭で、閉塞した灰色の日々を消化的に終わらせてきただけです。
しかし、それを変えたのは救ってくれたのは間違いなく、貴方です。
貴方だったからなのです。
私はあの廃校で、確かな家族を得て、愛情というモノを知る事が出来ました。
偽りだと思っていたモノが、本物だと知れました。
そして、あの夢のような2か月間は私の確かな宝物へと変わり、何よりも、世界よりも変えがたいものになりました。
さて、世界をも欺いた、偽りの指揮官殿。
一つ、お願いがございます。
私亡き後、チームの心はバラバラになる事でしょう。
最早、私達を繋ぐ絆、線は完全に断ち切られ、何を信じていいか路頭に迷うはずです。
ですが、安心してください。
こうなる事は、当初より予見していました。
手は既に、打ってあります。
彼女たちを説得して、もう一度エルフライドのコックピットに座らせて下さい。
そうすればもう一度プログラムが作動し、彼女たちは元通りになります。
私の存在も抹消される事でしょう。
正直言えば、私は寂しいのかもしれません。
悲しいのかもしれません。
何だか、よく分かりません。
だけども、そう思う事、それすら何だか素晴らしいモノの気がするんです。
かけがえのない無いモノだと思うんです。
何度も繰り返しになりますが、最後に言わせてください。
本当に、本当にありがとうございました。
さようなら、世界で一番愛しています。
本物のミシマ准尉より、親愛と敬愛と情熱を込めて。
シトネ・キリが俺に当てた、遺書のような内容だった。
俺は何度も反復し、その手紙を脳内に焼き付ける。
だが、分からない事だらけだった。
大半が何を言ってるのか、何を指しているのかが分からなかった。
特に——この〝ミシマ准尉より、親愛と敬愛と情熱を込めて〟の部分だ。
これじゃまるで、シトネが俺が成り代わる前のミシマ准尉だったみたいじゃ——。
そこで俺は、脳内に走る電撃のような過去のフラッシュバッグをしていた。
それは、俺が廃校の訓練所でミシマ准尉に成り代わる前、車内で叔父と話していた内容だった。
『人里離れた廃校で子供達相手に軍事訓練か……』
『喜べ、お前には個室が与えられている。俺は見たことがないが、割と立派だそうだ』
『へっ……そりゃ、最高だな』
『一人になったら鍵付きの引き出しを開けてみろ』
『なんか入ってんの?』
『ミシマ准尉の置き土産だ』
……ちょっと待てよ、叔父は確かに俺の個室を〝俺は見たことがないが〟と言っていた。
つまりは部屋にすら入ったことの無いような表現だ。
じゃあどうやって、ミシマ准尉の手記について叔父は知り得ていた?
てっきり叔父が先んじて部屋に入って入れておいたものだと脳は勝手に認識していたが……。
叔父の言葉が本当なら、あの廃校の、ミシマ准尉の執務室に叔父自身が手記を入れることは出来なかった筈だ。
じゃあ誰が……。
俺は子供達を連れての、最初のショッピングモールで叔父と電話していた時の会話も思い出していた。
『よお、上手くやってるそうじゃないか?』
『……あんたは元気そうだな』
『元気なワケあるか、こちとら激務に追われてもう直ぐスキンヘッドになりそうだぞ』
叔父の口ぶりは、明らかに間近で俺を監視していて、様子を知っているような様子だった。
てっきりシノザキが叔父に報告していたのだと思っていたが、シノザキは叔父の連絡先すら知らなかった。
——最初の疑問に戻ろう。
あの手記は一体誰が鍵付きの棚に入れた?
いや、最初からその人物は俺の周辺に居たのだ。
あの廃校に、全ての真相を知り、俺を陰ながら見守っていた——逃亡されたと聞かされていた本物のミシマ准尉——シトネ・キリが。
そこまで思考を浮かべた所で、思わず苦笑しそうになる。
バカバカしい推論だ。
シトネが本物のミシマ准尉? あんな少女が?
しかし——。
頭ではその推論をバカにしていても、心は何故かザワついていた。
他にもおかしいと思ったことは一つや二つでは無い。
「ミシマ大尉——」
俺はミア少尉に名前を呼ばれ、手紙から顔を上げた。
「もう一つ伝言があります」
「……聞かせくれ」
「〝早くしろ、バカ〟です」
俺はミア少尉のエルフライドへと近づいていく。
ミア少尉はそれを視界に入れるなり、エルフライドのコックピットを閉めて立ち上がった。
俺は〝棺桶〟の扉を開ける。
それを見たアマンダは慌てたように、
「ミシマ大尉!? これからって時にどこ行くつもりですか!?」
「急用が出来た。明日の正午までには必ず主流派の基地に姿を見せる」
「え? え? ……だ、だからどこに!?」
俺は最後にアブラヤ・セリへと向き直った。
「すまん、話はまた明日だな」
「……合衆国のエルフライドですよね、それ? やはり、アナタは私達と相容れません」
「まだ判断するには早いぞ、何より……」
俺は〝棺桶〟の扉を閉めながら——。
「クロダならそうする」
そう口にして、扉を閉めた。
「もう! いつも勝手なんだから!」
アマンダは文句を言いつつも、外扉の鍵を閉めてくれたようだ。
これで施錠は完璧、上空で落下することは無いはずだ。
俺は自分側の鍵を施錠し、漆黒の空間で一人物思いに耽っていた。
正直、分からない事だらけだ。
しかし、俺は進み続けなければならない。
強風が〝棺桶〟の隙間から悲鳴のように入り込んできていた。
△1985/7/30 火
視点:タガキ・フミヤ
そうして俺は何時間上空にいただろうか?
ろくな防寒服も着込んでいなかった俺の体は、吹き付ける隙間風でキンキンに冷やされ、低体温症を引き起こしそうになっていた。
体がブルブル震え、これ以上は不味いなと思い始めていたとき——。
ミア少尉のエルフライドが指先で〝棺桶〟を叩いた。
これは——もう少しで離陸する事を示す合図だ。
助かった——あと一時間いれば確実にやばい状況になっていただろう。
ミア少尉の乗るエルフライドは緩やかに滑空し始める。
手が摩擦で火が出るんじゃ無いかくらいにこすりつけていると、急激な温度変化を感じた。
地上は当然だが、上空よりかは暖かいようだ。
暫くして、完全に着陸したのを感じた。
俺が〝棺桶〟の内扉の鍵を開放し、外側の施錠の解除を待っていると——。
急いでコックピットから飛び降りたらしいミア少尉が乱暴に扉を開けた。
どうやら陽光はもう顔を出しているらしい。
俺が眩しい朝日に目を細めていると、そんなこと些末だとでも言いたげにミア少尉が叫んだ。
「急いで! 地上を確認しましたが、電光のパイロット達の様子がおかしいです!」
「なに?」
見れば、どこかの森林地帯の様だった。
俺は急いで〝棺桶〟から飛び降りた。
その際、ポケットから曰く付きのリボルバーを落っことした。
ミア少尉は即座にそれを拾って、俺に放ってくれた。
何とか俺はキャッチし、森林地帯を見渡す。
「どっちだ!?」
「そこを真っ直ぐです! その先の崖があるエリアに彼女達は居ます!」
「そうか——悪い、銃を拾わせたのは二度目だな。また今度埋め合わせするよ!」
「二度目——?」
俺は——彼女のその問い返すような言葉には、思わず立ち止まっていた。
「そんなことありましたか?」
暫く思考が停止しそうになったが、俺は彼女から視線を外して電光がいると示された方向へと走る。
走りながら、思考していた。
——やはり、何かがおかしい。
俺のこの銃は、一度主流派の特選隊に奪われていた。
それを〝合衆国のミア〟が拾って病室まで届けてくれたのだ。
だが、ミア少尉は——。
考えている間に、森林地帯を抜け、少し開けた空間に出た。
陽光が一層、強さを増し、先ほどは感じていなかった強い潮の香りを感じた。
そして、膝をついてコックピットを開放させた八機のエルフライド。
その先には——海の見える崖をバックに銃を構えるキノトイの姿と、それを受け入れるように膝をついて銃口を見上げるシトネの姿があった。
他のパイロット達は膝をついて、まるで土下座するようにすすり泣いていた。
傍から見るだけでも、異常な光景だ。
「ッ——!」
俺は脳が理解を拒もうとする中、ひたすらに足を動かしていた。
叫んでいる暇は無い、息をしている暇は無い——。
選択を間違えれば、大惨事だ。
キノトイは今にもトリガーを引きそうであった。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
俺は今まで生きた中でも、最高速のスピードで二入に走り寄っていた
俺は遂に電光のパイロットたちがすすり泣く横を通り過ぎて行く。
通り過ぎ様、誰かが「指揮官……」と呟くのが聞こえた。
「最後に言うことは?」
「幸せだった、ありがとう」
「ッ! 死ねッ!」
二人に到達する狭間、そんな会話が聞こえた。
俺はキノトイから拳銃を取り上げるには間に合わない事を察していた。
だから——玉を止めるサッカーのゴールキーパーみたく飛ぶようにして、銃を向けられるシトネの目の前へと、躍り出ることにした。
銃口の前へと到達した瞬間、キノトイの悲痛な表情が見えた。
「しきっ——」
銃声がした。
俺は撃たれたのだろうか?
それにしては火鉢で刺されるみたいな感覚も、衝撃もしなかった。
弾は——外れたのだろうか?
そんな思考を繰り広げている最中——俺は自身の体が慣性の法則によって動き続けていることに気がついた。
そこから先は全てがスローモーションのように感じていた。
俺の体の向かう先は——崖の下。
波打つ岩がゴツゴツとした落ちたら簡単に死にそうな場所だった。
ああ、俺死ぬのか。
やっぱりな……半端な覚悟で何人も死なせた罰が降るのか。
そんな事を考えていた。
俺は自身の体が崖に投げ出される狭間、驚愕の表情を浮かべるキノトイとシトネの姿が目に映っていた。
二人は——俺の方へと向かって、手を伸ばそうとしていた。
ふっ……バカが、それを掴んだらお前らまで落ちてしまうぞ?
「生きろ! 生きてくれ!」
落ちながら俺は、上手く口を回せたようだ。
非力そうな二人の差し出した手を俺は掴むことは無く、崖先へと急転直下。
恐らく最後に写るのは青い空だろう。
しっかりと、目を開けて空を眺めていた。
『……バカが』
耳元に囁かれるような声がした。
その直後に、爆発に巻き込まれたように粉塵が俺を襲った。
ふと見れば、俺が落下している崖の壁を壊すように……ツタを生やし、砂塗れになったエルフライドが飛び出してきた。
衝撃を感じ、頭を振って状況を確認してみれば——。
俺はその砂まみれのエルフライドの手に掴まれ、上空を浮遊していた。
「けほっけほっ……え?」
上空からキノトイらがいた崖の上を見渡せば、彼女らはその場で眠りにつくように全員が倒れていた。
「なにが——?」
疑問の声を上げたが、答えてくれる人物は誰も居なかった。
ただ、俺を掴んだエルフライドはゆっくりとキノトイ達の方向へと下降していった。
△
俺を抱えた、崖から飛び出してきたエルフライドが地面へと着陸した。
俺はまるで子供のように優しく地面に下ろされ、周囲を伺う。
キノトイ達は、まるでスヤスヤと眠るように寝息を立て、その場に倒れていた。
何が起こったのかは分からない。
俺は振り返り、砂まみれのエルフライドへと話しかけていた。
「アンタが、助けてくれたのか?」
砂まみれのエルフライドが膝をつき、コックピットを開放させた。
中を見て、俺は絶句する事になる。
中に乗っていたのは——。
「合衆国が何故……エルフライドを人間が直ぐに動かせると判断したかわかるか?」
俺は声のした方向へと視線を送っていた。
そこには——夢で何度も出会った少女、〝サラ・スワンティ〟の姿があった。
海風が絶え間なく吹いているが、彼女の髪はたなびいてはいなかった。
つまりは——ここにいる彼女が俺の幻想であることは伺えた。
彼女は暫く俺の目を見つめた後、話を続けた。
「それはな、乗っていたミイラになっていた生物が、どう考えても人類の子供とDNAからして酷似していたからだ」
「どういう……ことだ?」
俺は改めてエルフライドのコックピット内部を眺めていた。
そのコックピットに乗っていたのは、どうみてもミイラとなった人間の子供の姿だった。
「これは私のかつての肉体だ……一万年前、現代と同様、この星に巨大な宇宙船とエルフライドが飛来した」
「は?」
「その時——エルフライドのコックピットには生物など乗っていなかった。そもそも、その時は地球に攻撃などは仕掛けてこなかった。宇宙船自体、無人だったのだ」
「な、何を言ってるんだ?」
「現代のような子供が乗り込むエルフライドは旧人類——私達の世代が作った。突如飛来した宇宙の技術と、未知の資源を使ってな。宇宙船のAIとか有機生命体とか、そういった類いの話は〝ゾルクセス〟の〝モルガン〟のでっちあげだ」




