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青猫とメイドの冒険譚  作者: 山桜 つむぎ
3/5

書斎にも幽霊ですか



夕食を済ませてから大分後になり、やっとミュリエルはとても大事なことを思い出した。


そう言えば、あの時の黒い影は何だったの?ヴィンスも確かに見たはずだ。


思い出した衝撃に小さな悲鳴を上げ掛けたが、彼女はなんとか抑え込むと、取り敢えずは先にヴィンスの夜食を用意するためにと台所へ向かった。


慣れない屋敷ではあるが、事前に下見を済ませてあるので間取りはしっかりと頭に入っている。


途中で、愛想の良い執事に呼び止められたのだが。ダークブロンドの髪を、後ろで一つにまとめた彼の名前はデレク (ダーク) と言い、何となく親御さんの命名の由来が薄っすらと理解できた気がした。


別れ際に猫好きらしい其の執事に、早くも仲間意識が芽生え、近い内にカフェオレを見せると約束を交わしてしまい、後になってから、自らの迂闊さに落ち込む羽目となった。





台所に着いたミュリエルは、昼過ぎにクッキーを焼いている間に作って冷やしておいた「林檎とオレンジのジュレ」を魔導冷蔵庫から取り出した。


昔、ミュリエルが初めてヴィンスに食べて貰ったデザートであり彼の好物の一つでもある。


この魔導冷蔵庫は、魔力を溜める性質のある特殊な鉱石を動力源としており、5年は交換なしで使用することが可能な優れものである。


ジュレを花のようなゼリー型からグラスに盛り付け、予め用意しておいた紅茶のスコーンやティーセットらと共にワゴンに乗せると、ヴィンスの書斎へと急いだ。


本来ならヴィンスの夜食の準備は、彼女の仕事の範囲外なのだが、ミュリエルが王宮へ侍女として上がるまでの数年間は、彼女がヴィンスのおやつを用意して共に食べていた縁もあり、今日からは彼の夜食を用意する約束をしていた。


ミュリエルの母は、先代のダリモア公爵の最初の妻の連子で、幼い頃ミュリエルは血の繋がりはないものの、ダリモア邸でヴィンスと共に育てられた様なものだった。

当時は、まだ趣味の域を出ていない腕前のミュリエルが作った菓子を、ヴィンスは当時から喜んで食べていたものだ。


長い廊下の突き当りにある書斎に着き、扉に取り付けられたプレートへ、長目の鎖で首に掛けた金属製のペンダントを翳すと、シュッと音がしてそのまま扉が横へ移動して開いた。


「横開きのドアだわ、なぜ横開き?」


ワゴンを押して室内へ入ると、正面にある書棚の前に黒い服を着た男がいた。

一見すると、ヴィンスと見紛える程似ているが、背が明らかに男の方が高く、体格もまるで鍛えられた騎士のようだ。


「しっ、失礼いたしました。」


一礼し詫びを述べると、速やかに廊下へと戻った。だがおかしい、部屋を間違えたのなら鍵は開かない筈だ。ミュリエルは確認のために、もう一度ドアを開けようと踵を返した。


「ミュリエル、夜食だね。ドアは僕が開けるよ。」


ちょうど、脇にある部屋から出て来たヴィンスが、扉のプレートに手をかざして扉を開いた、室内へと戻り見渡すが男の姿はどこにも見当たらない。


ミュリエルの私室で目撃した幽霊らしきものは、後ろが透けいてもっと曖昧な存在だと感じた、だがついさっき見た男は明らかに実体を伴っていた、此は別物だ。


念のため、机やソファの影なども確認してみたが、やはり誰もいない。


「もしかして、転移魔法とか。」


思わず呟いてしまったのだが。


「何の話か、良く分からないけど。この屋敷は、転移魔法を封じる仕掛けを施してあるので、魔法での侵入や脱出は不可能な造りだよ。」


ならば、どうやって男は消失したのだろうか。ミュリエルはつい先程に屋敷の書斎で目撃したヴィンスに似た男のことを話して聞かせた。


すると、ヴィンスはさも心当たりがあるかの様に、ほくそ笑み。


「多分だけど、ミュリエルが見た僕にそっくりな男は僕のご先祖様かも知れないなぁ。」


と、言いながらワゴンの上の夜食の内容をチェックし始めた。


それは、幽霊だと確定なのでしょうか。ミュリエルは血の気がサーっと引いて行くのが自身でも感じ取れた。


「落ち着いてミュリエル、幽霊じゃないから。そう言えば、まだ紹介していなかったね。正に幽霊の正体、枯れ尾花だよ。ついて来て。」


ヴィンスはミュリエルの手を、まるでエスコートでもするかのように恭しく取ると、もう片方の手で書棚のブックエンドに彫刻されているドラゴンの、蝙蝠のような羽根を下へと引き下げた。


又もや、書棚がドアと同じように、横開きにゆっくりと開いて行く、どれだけ横開きが好きなのだろうか。


その奥に、当然のように現れた下りの階段の先には

青白い光に照らされた廊下が続き、その先で今度は階段を上る、するとやはりまた扉に行き着いた。





ヴィンスが普通に扉を開けると、どうやらそこは使われていないクローゼットの中のようで、一歩なかへと足をふみ出すと、瀟洒なランプが端から順に灯りまわりが明るく照らし出される。


「ここが終着点かしら、何をする所なの?」


「ごめん、まだ先があるんだ。」


更に、彼が扉を開けると初めて入る部屋の筈なのに、何処と無く見たことがあるような部屋へと行き着いた。


その室内は、マホガニーの大きな机と書棚が置いてあり、その隙間をまるで埋め尽くすかの様に箔押しの美しい革の表紙を持つ本や、大きな金色の天球儀、真鍮色の天体望遠鏡や地球儀などが所狭しと並べられている。


その部屋が持つ雰囲気は、不思議な事につい先程見たばかりのヴィンスの書斎ととても良く似ていた。

ただ、この部屋の方がヴィンスの書斎よりも用途不明な物の割合が若干高そうに見える。





お読みいただき、ありがとうございます。



まだ、続きます。

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