ナザリフ・アルバ・ドルスボネ侯爵子息という男 1
第一王子殿下をはじめとして、侯爵家子息たちとの顔合わせから半月ほどがたった。
僕自身も各家に礼状を送ったが、同様に王家、侯爵家より礼状が届いている。其々の都合を合わせて一月に一、二度は交流をとる機会を設けて行くことになっているんだけど、王子殿下を除く各侯爵家子息たちからは個別に交流を持つことを希望する旨の手紙を別途貰っていたりする。
王子殿下から個別交流を申し入れて来ないことは予想通りというか、先ずは家格の面で相応しい四大侯爵家の子息を友人候補とした訳だけれど、個別に交流を持つことを希望すれば、下手をすれば特定の家を優遇する心積もりがあると取られかねないしね。
反対に各侯爵家とすれば、お互いに牽制し合う意味でも、行く行くはお互いに協力しあい殿下を、そして国を支えて行くためにも、仲を深める必要はある訳だ。
と言って、今、目を通している書状に書かれている内容には、随分と前のめりな印象を受けてしまう。
午後のひととき、少しばかり空いた時間を王都屋敷の自室で寛ぎながら、僕はその書状を見ていた。
送り主は先日、顔合わせしたばかりの子息の一人、ドルスボネ家の長子ナザリフだった。
側に控えているトールに話しかける。
「トール、これをどう思う」
トールに書状を渡しながら問い掛けると、受け取ったトールは失礼と前置きして読み始めた。
書状の内容と言えば、別段変わったところはない。時候の挨拶から始まり、四柱神と我が国の栄光と繁栄を祈念する決まり言葉が綴られ、そうしてから、こちらを慮る言葉の後に先日の礼が述べられている。
まぁ、取り立てておかしな所はないのだ。
「形式に則り、とても丁寧に書かれていて、流石は侯爵家のご令息ですね」
トールも当たり障りの無い評価をくだす、まぁ、そうとしか言いようが無いとも言える。
ただねぇ。
「盤上遊戯に誘ってくれているんだが、その前振りが気にならないかい」
「最後の方ですよね」
僕の問い掛けに、トールは改めて確認をしてきたので、そう、と一言返すと、トールはもう一度視線を書状へと戻して見てる。
実際、ここの文面も、そう変なものじゃない。実際に書かれていたのは。
-魔神キャズムディア様のご加護を賜り、信仰篤くあられるとお見受けいたします。よろしければ、ドルスボネの王都屋敷にて四柱神様への信仰を深めるべく、語らえたらと思っております。
最近はシャトランガに嵌まっておりまして、一手お手合わせする傍らにと愚考する次第であります。-
はっきり言えば少し丁寧が過ぎる。少し遜り過ぎているけれど、まぁ問題になる程のことじゃない。
トールがお手上げといった感じで見てくるので、僕の推察を話すとしよう。
「あくまでも、噂や、この前の印象からの推測で真実ではないけれど、この書の真意だと思うことを話してみるよ。先ずもって、気になる点は、何故、ナザリフ殿は僕が信仰が篤いと思ったんだろうか、まぁ、社交辞令かも知れないけれどね」
前置きを含めてから、引っ掛かりを覚える箇所について指摘してみる。
「御坊っちゃまは魔神様の加護を強く受けてお産まれになられましたから、……ではないでしょうか」
自信なさげに答えるトールだけれど、それで間違いない。
「加護や祝福は信仰の現れとされるからね、概ね間違いではないよ。ただね、生来持ち合わせた容姿を信仰の賜物というのはね」
両親が信仰心篤いためだ、そう考えることも出来るし、後天的に信仰により力をつけることもあるのなら、加護や祝福を「信仰心ゆえ」と捉えるのも確かだし、社交辞令として使われることもあろうが。
「お互いが産まれもっての加護持ちで、容姿が特殊だと言うのに、相手にたいして『信仰篤い』なんて言えば、言外に己の信仰心を自負するようなものだと思わないかい」
すこし驚いた顔をしたトールが思わずと溢して。
「確かに穿った見方なら、そうなるかもしれません……」
そうしてから、自分の失言に顔を歪めて慌て出す。
本当に父親に似てない。実直さと忠義は受け継いだけれど、経験が足りないとはいえ、狡猾さの欠片もなければ、腹芸も疎いんだ、トールは。
でも、別にそれでいいと思ってるけどね。
「気にしなくていいよ。僕はトールの真っ直ぐなところは嫌いじゃないから」
そう言えば、見るからに安心して、ありがとうございますと返してくる愚昧さ、決して使えない訳じゃなく、適度に愚かなんだよね。
まだ若いし、これからってことだとは思うけれど、あの時の要求の通りに歪めたんなら、すこしばかり面白いと思う。こんな形で人の人格形成を歪めたなんて、出来の悪い喜劇じゃないか。
余計なことをすこしばかり考えて、本題に戻る。
「そう偏屈な自己顕示欲の強い人間ならば、そんな穿った見方も当て嵌まるんだけどね。ナザリフ殿はどちらかと言えば控え目で、自己主張の弱い方に見受けられたしね」
「ならば、言葉通り、信仰篤いと関心なされたか、社交辞令と」
「どちらも無いかなと思うよ。社交辞令としては適切とは言い難い言い回しなのは間違いない。この前の会でも、別段そうした話題は交わさなかったし、僕が特段信仰心が高いと思わせる何かは『加護持ち』であること以外は彼我ともに無い筈さ。
シャトランガに誘うのも、個別に会うための方便だとして、ならば考えられるのは『加護』について話合いたいと言うことじゃないかな」
シャトランガは前世の将棋とチェスを足して割ったようなボードゲームだ。将棋のように取った駒を再度使えるが、それは歩やポーンに相当する2種類の駒のみ、将棋なら飛車角金銀将にあたる、チェスならクイーン以下ルーク相当の駒は再度盤面に戻すことは出来ないし、将棋のように『成り上がる』こともない。
歩やポーンに相当する「剣」と「槍」
桂馬、ナイトに相当する「騎士」
飛車角やルーク、ビショップに相当する「城塞」と「戦車」
金銀将、クイーン相当の「将軍」
そして「王」
シャトランガは貴族平民を問わず、この国では広く遊ばれる遊戯だけれど、まさか本当にお遊びがメインでは無いだろう。
魔力で身体を強化していると発言した時の顔を思い出す。まだ幼いために表情を繕えないとしたとしても、あまりに分かりやすく興味深々といった顔は笑いそうになった。
「トール、返事を書いて、この話を受けようと思うから、日程の調整を頼んだよ」
嬉しそうに微笑む僕に、仲良くなれると良いですねなんて返す従者を僕は心底見下していた。