第一王子殿下との邂逅 後編
客殿を案内の使者を先導として移動し、目的の部屋へと着く、既に僕以外の三人とその父親は揃っているようだ。
四大侯爵家の家格はほぼ同等ではあるけれど、ミストレイン家は帯剣貴族、臣である侯爵以下の貴族家では筆頭とされている。
上に国王の直轄地を治める大公及び公爵がいるが、いずれも王位継承権を持ち、三代を持って臣籍に降り、伯爵以上の家へと入ることとなっているため、あくまでも王族であり、貴族は侯爵までがこの国の決まりだそうだ。
格の下の者が上の者を待たせてはならないため、こうした場所での入場は必然的に格の低い者からになる。とは言え、陛下と第一王子殿下の準備が整えばこそであるから、ここにいる三家の関係者も先程に着いたばかりだとは思う。
そして、陛下たちが来るのも、すぐではあろうと、三家それぞれに挨拶の口上を述べて、予め自己紹介をしておく。
四大侯爵家の当主と嫡男が一同に会することは、そうそうあることではない。まだ何の実権も持たない子供は兎も角、父親たちの方は忙殺される程のスケジュールを調整する必要があった筈だが、仕えている王家と、自分たちの嫡男との初顔合わせに出てこない訳にはいかないよな。
そんなことを考えているうちに、父親たちは気さくに声を掛け合い、それぞれの子供を紹介している。実のところ、全く会ったことが無いという訳でもないんだけれど、こうして顔を付き合わせてお互い挨拶するシチュエーションは初めてなために、僕以外の三人は少し顔が強張っているように見える。
父の言うように王族との拝謁に緊張するトールのように、まだ小学生くらいの子供が初対面の同世代の子供に挨拶するのは、まあ色々とあるよな。舐められないように、とか、仲良くなれるようにとか、こうマウントとりつつ、相手に嫌われないみたいな正反対な感情。あくまでも予想であって、僕にはその辺はよくわからないけれど、虚勢を張りたい微妙なお年頃だろう。
さっき、父親に言われたことを思い出す。慇懃も過ぎれば無礼、確かにね。こんなカチカチ相手に余裕ぶって丁寧な挨拶なんてしたら、なんの嫌みだって感じだろう。砕け過ぎても失礼だろうけど、父親たちの感じなら、仲のいい家同士で子供を友達にする感覚で良いんだと察する。
だから敢えてやってやろう。
「ボクはねー、ミストレイン侯爵家の長子でマークスって言います。ヨロシクねっ! 」
そう言って、三人いる子供たちに誰ともなしに手を出して握手を求めてみる。
視界の端で父が苦笑いしてる。演技だって見抜かれたっぽい、まあ、普段と違い過ぎて当たり前か。
三人の視線が差し出した僕の手に集中している。何か牽制しあっているようで、あとは砕け過ぎた僕の挨拶にどう返すべきか困惑してるのかな。
礼を失することの無いように、挨拶の口上は決められて、練習してきてる筈、あんなフランクに話し掛けられるとも思って無いだろうしね。
最初に手を掴んで来たのは、僕的な予想に反してドルスボネ家のナザリフだった。
噂通り、平均的な身長の僕よりはやや低く、透き通るような白い肌に涼やかな蒼い髪、緑柱石のような美しい瞳をしている。
「……ド、ドルスボネ侯爵家がし、子息、ナザリフといいます。どう、うぁう……えっと、お、お見知り置きを」
「ナザリフ殿だね。うんっ! とってもキレイな目に髪だねっ! ヨロシクね」
若干吃り気味なところ、ばっさりと切って強引に返してあげる。ぅあぁとか言いながら、何とかよろしくと返してくれてるけど、武官の家柄で臆病者は嫌われるのかな。まさか、一番手とは思わなかったよ。
僕とナザリフのやり取りを見ていた残り二人はもしかして初対面で無いのか、それとも救いを求める相手がお互いに横にしか居なかったからか、顔を見合わせていたんだけど、褐色の肌に赤毛、燃えるような瞳に同年代と比べると明らかに頭一つは大きい体をしたサルブトゥール侯爵家のアッズタルトが手を掴んで来る。
「お……俺は」
そこまで言ったところで父親であるサルブトゥール侯爵閣下の方を見たのは、僕に合わせて人称を粗野なものにしたけれど、怒られないか不安って感じだろうか。でも、「私は」なんて言いづらいよね。先にバカを晒されて懐に入られると。
「俺はっ、サルブトゥール魔導卿の子息、アッズタルトだっ! 」
おっ、開き直ったらしい。いいね、なんか仲良くなれそうだ。でも、制御を忘れてるのか握った手の握力がヤバいことになってる。魔力をコントロールして肉体制御を覚えて無かったら、痛みで悶絶するレベルだよ、これ。
「流石は闘神様の加護持ちだね、すっごい握力っ! 」
嫌みを込めてにこやかに言ってやると、すぐに手を引っ込めて謝って来た。うんうん、ゴリラじゃ無くて、ちゃんと人間らしいから、やっぱり仲良くなれそうだ。
「大丈夫だよ、魔力を制御して肉体強化してるから、この程度なら痛くないから」
こう言った僕をアッズタルトは驚いて見てたけど、もう一人、ナザリフも目から鱗みたいな顔で見て、話したそうにしてるね。うんうん、これも仲良くなれそうな予感ってやつかな。
どうです、父上。あなたの不肖の息子は人たらしです。安心でしょう。そんな顔を向けてやると、父は困った奴をみる顔をして頭を掻くと下を向いてしまった。思わず笑いそうになる。ザック親子はニコニコと嬉しそうだが、父と子の認識には乖離があるんだろうな。
さて、そうしてると最後の一人コルアサルコ家のバタイルが声を掛けてくる。
「手は本当に大丈夫、握手しても問題ないですか、コルアサルコ家当主の子息、バタイルと申します」
背は僕と同じくらいだけれど、まるで女の子みたいな丸顔に大きな瞳、小さく通った鼻筋に、厚みはあるけれど、横に小さな唇をして、煌めく銀糸のような髪と深い紫の瞳が妖精のような印象を与えてくる。
本当に噂通りだな。
ただ、こちらを気遣う優しい子のようであり、アッズタルトの失態をそれとなく当て擦る僕に同調したようでもある。
本心から心配しているようにしか見えないから、前者なら、性格がいいだけの天然だし、後者ならかなりな腹黒だな。
年齢的には前者だと思うけど、何と無く後者な気がする、というか、だといいな、それなら間違いなく気が合うから。
あっ、今すこしだけ口元を歪めやがった。アッズタルトが少し気まずそうなのを横目で見た上で僕に目線を送って来たよ。間違いないね、腹黒だ。
なんだかんだと打ち解けて、四人で会話を初める流れになるかと思ったところで、先触れより、国王陛下と第一王子殿下の到着が伝えられた。
一斉に膝をつき、臣下の礼をとる父親たち、子供たちもそれに倣い、従者たちは壁際で平伏する。
部屋へと数人が入って来る気配がして、それから声が降ってくる。
「良い、楽にせよ」
陛下の声に、父親たちが立ち上がり、それから僕たちも立たされて、従者たちは音もなく壁際で控えている。
「忙しいところ、悪かったな、我が子ガレンリッドには今まで友と呼べる年回りの者が側におらなんでな。此度は友として仲を結んで貰いたいゆえ、無礼講じゃ、あまり固くならんで良い」
父親たちは陛下といくらか話しをすると、従者を残して去って行った。国の権力者がいては「無礼講」と言えど砕けた会話は出来まいという配慮だろうと思う。
目の前には、これまた噂通りのくすんだ感じのマットな灰色気味の髪、光沢はあまりなく、色合いは暗く重い感じがするものの、フワフワと柔らかそうな質感のために与える印象はテディベアみたいだ。
顔立ちは整っていて、当然に幼さはあるけれど、利発そうな意思の強そうな瞳もまた、暗めの灰色だ。
見ようによっては儚げにも見える美貌だけれど、瞳同様に発せられる気迫めいたものが反対に酷薄さに映るほど、近寄りがたい雰囲気がある。
うん、流石は王族だね。オーラあるよ。
無表情で睥睨するかの如き視線を投げていたガレンリッド殿下は、一転してご尊顔を緩めると、柔らかな笑みを浮かべられて僕たちに挨拶された。
「足を運んで貰い、時間をとらせてすまないが、私が第一王子であるガレンリッドだ。今日はよろしく頼む」
おいおい、もう風格バッチリだね。
他の三人は気後れしてるっぽいし、取り敢えずは将来の雇い主に挨拶しておこうかね。
「お目通り叶いますこと、恐悦至極に御座います。ミストレイン侯爵家が長子、マークスと申します。以後、御前に臣としてお仕えできますこと、光栄の極みで御座います」
「うむ、ミストレイン侯爵家は我が国にとっても大事な家、それにそなたは私と同じく魔神の加護を持っておるのだろう
勘違いして貰っては困るが、今は実績も実権も何もない私に臣従する必要などない。あくまでも、今日は友人候補として、仲を深められたらと思っている」
にこやかに手を差し出してくる王子殿下と握手する。
うん、真っ黒だろ、こいつは。
王子殿下との初めての邂逅の印象は、間違いなく似た者同士の同族嫌悪だったと思うね。