転生スタート
目が覚めると同時に二つある意識が統合されていくような、不思議な感覚に混乱する。
先程までの不可思議な空間での出来事と、今世の自分の短いながら歩んで培った人格や記憶が混ざっていく。成る程、今の自分は五歳児、この世界では数えで六つとされる歳のようだ。
これは素直に有難いね。まさか、成人としての記憶を持ったまま、新生児や乳幼児にされては、毎日が地獄だったろう。
それでも、封印されたような形でも、そこは影響はあったようで、僕は既に神童のような扱いみたいだ。
そこはそれ、五つで神童でも、二十には凡人となるのが世の常だ。親バカだと思われて貰える範囲で済ませておけば問題ないと、切り替える。
さて、まだまだ生まれ変わった世界についての情報が乏しいが、取り敢えず自分がマークス・アルバ・ミストレインという名前なこと、父親が「こうしゃく」家の現当主であることはわかる。
こうしゃくが「公爵」なのか「侯爵」なのかも、はっきりしないし、王宮で仕事をしていると母親が言っていたと記憶しているため、階級に見合った役職であろうと推察されるものの、何をしているかはわからない。ただ、今現在、住んでいるのが王都のタウンハウスで、恐らくは持っているであろう領地には代官が立てられていると考えるのが妥当だろう。
家族は隠居して、別邸にいる父方の祖父母に何度か逢っている他、二つ下に弟が四つ下に妹がいる。
「前世は末っ子で、今世では長男か」
一人言を呟いていると、ノックの音とともに自分付きの使用人の声が聞こえる。
「マークス様、朝の支度に参りました」
「うん、いいよ、入って」
演技なら板についている。幸いに今世の人格も問題なく統合しているため、普段通りに言葉を返す。壮年の男性の声、ザック家の当主、ベルトスだ。
従者階級で、我が家に臣従するザック家の当主。家令として使用人たちを管理監督する家政の長であり、我が家の当主である父の専属従者でもある。
ベルトスとともにベルトスの息子トールと、数名の侍女たちがワゴンを押して入ってくる。
ベルトスの見守る中で、僕の専属従者候補であるトールが僕の身支度を整えていき、侍女たちが紅茶と朝食の用意を始めている。
「おはようございます、御坊っちゃま。本日はグラム地方の新茶の葉と、マネル地方の葉を用意いたしました。朝食はベーコンとスープにサラダを、あとはクロワッサンとベーグルにスコーンがあります」
「ありがとう、トール。マネルの葉は大好きだけど、折角だし、新茶を貰おうかな。パンはベーグルがいいな」
「畏まりました」
恭しく頭を下げるトールの後ろで、侍女たちが紅茶を淹れて、ベーグルにバターを塗り、蜂蜜をかけていく。僕の好みにあわせて用意している。
朝食を済ませながら、僕は今後の方針を巡らせていた。
当面はつけて貰っている家庭教師たちに怪しまれない程度に必要な事柄の収得を早めることにしよう。幸いにして、既に神童なんぞと持て囃されているようだし、余りに早急に進めなければ、覚えの早さに違和感を抱かれることも無いだろう。
やらなければならないことは次期当主としては元々多いのだ。それでも出来うる限り、時間を確保したい。あの悪魔が自分に何を求めているかはわからないが、平々凡々と良家の子息として育ち、何事もなく領地を治めることで無いのは間違いないだろうし、僕だって、そんな未来を求めている訳ではない。
でなければ、前世ではレールの上を歩いていれば、人並み以上の人生を約束された自分が、わざわざそれを壊した筈もない。
朝食を済ませた僕を、トールが部屋にある姿見へと促す。
「今日も大変に凛々しく愛らしいお姿に御座います御坊っちゃま」
満面の笑顔で褒め称えるトールが鏡の隅にうつっている。茶色の髪に優しそうな少年であるトールの前、鏡の中心には、前世と変わらぬ黒髪に黒目、どことなく見目だけは良いと云われた前世の子供時代に似ている自分が真顔のままに立っていた。
今世の家族は自分を除けば皆、金髪に碧眼の地球ならばコーカソイド、特にバルト民族やゲルマン民族、スラブ民族など、北欧や東欧、中央ヨーロッパに暮らす日本人が思い描く典型的なヨーロッパ人のような色合いをしている。
ならば何故、僕は肌を除けば日本人のような色合いなのかと言えば、母親が不貞を働いたとか、自分だけ腹違いとかでは無いらしい。
これは、まだこの世界では五歳でしかない幼子である僕にも教えられている、この世界の創世の神話に由来する理由から来ているようだ。
これが、貴族家特有の英才教育なのか、平民にいたるまで、幼子の寝物語に子守唄替わりに話されるものかは、ようとして知らないが、僕はこの神話をよく覚えている。なにせ、家族の中で疎外感を感じるほど、色が違うのだ。幼い子供であっても、その理由は知りたかったのだ。
この世界、リーフォレルタには数多の神々がいるとされているらしいが、取り分けて創世四柱神と呼ばれる四柱の神が世界の創造に深く寄与したと伝わっているそうだ。
四柱神は其々、神聖神ルクスアルド、賢神ヤムルッカ、闘神バルガルド、そして魔神キャズムディア。
四柱神は協力して世界を創ったのち、其々にこの世界に生きる様々な種族を創りだしたとされている。
闘神はこの世界に生きる動植物の多くを賢神の助けを借りつつ創り上げ、そして、神聖神は妖精や精霊と呼ばれる種族を創りだす。魔神は対して魔族、魔獸と呼ばれる種族を創り、最後に四柱神は人を創って創造の奇跡を為し遂げたと云うのだ。
さて、この世界においては魔獸や魔族は決して人の敵対者ではない。無論のこと、生存領域が被れば争いも起きるが、殊更に魔族が人を襲う訳ではない。
反対に精霊や妖精も、概ねにして人に友好的であるが、人に害を為す存在もいる。
魔も聖も人も、其々の立場で生き、時に契約を為し、時には友となり、伴侶となることもある。
闘神に創られたこの世界の動物たちは、前世の世界の動物に比べて遥かに強靭なようで、小動物は兎も角として、巨体を誇る動物は圧倒的な膂力を持つそうだ。
神聖神の創った妖精や精霊は聖力を持ち、陽の気を操ることで精霊術を駆使するんだとか。
魔神に創られた魔族は魔力を持ち、陰の気を操ることで魔術を駆使する。
で、人はというと、四神其々から祝福を受けたために、よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏な存在のようで、闘神の闘気、神聖神の聖力、魔神の魔力、賢神の智恵、其々を持っているものの、これと言って特化したところは無い種族らしい。
ただ、智恵だけでは他の種族と渡り合えないと、ある種の特性に秀でた人が産まれることもある。
我が国の王家は銀髪に紫水晶のような瞳だそうで、神聖神の加護を持ち、強い聖力を宿しているそうで、同じように褐色の肌に赤髪に紅眼は闘神の加護持ちとされ、強い闘気を持ち人並み外れた膂力があるそうだ。
賢神の加護持ちは蒼髪に緑眼で、頭脳明晰になるとされていて、最後に、そう魔神の加護を持つ者は黒髪黒目となると言われていて、寵愛が強いほど、加護持ちの色は濃くなるとされているそうだ。
そう、僕が神童なんて云われているらしいのも、この見た目のせいも多分にある訳だ。
それでも、迫害対象とかで無かっただけ良かったんだろうか。まぁ、魔神の加護と言うなら、自らを魔王と名乗った存在に転生させられたのだから、間違いないだろう。
それにしたって、だいたいが意味のない造語のような名前の中で、キャズムディアとはペオル山の主神、バアル・ペオルとかけてるんだろうか。
妖艶な笑みの悪魔の王に、皮肉を返して転生初日は始まったのだ。