僕の召喚精霊 2
パルサニアンの恩恵「歪」については、かつて、この猫擬きを喚び出してしまった者によって検証はされたようだ。
猫擬き自体が「歪って恩恵があるニャ、詳しいことは自分で調べるニャ」と言って丸投げしてくるので、過去の召喚主たちも自分で調べるしかなかったようだ。使える使えない以前に、主人にたいして横柄過ぎやしないかね。
ただ、結局のところは「何であれ、ほんの少し歪ませる程度の能力」だとされている。
恩恵を借り受けて対象に「歪」をかけると、紙だろうと木材だろうと金属だろうと、ほんの少し歪んだそうだ。
でもね、だからどうしたって話だったみたい。まあ、誤差程度に歪ませるだけじゃね。そう思われても仕方ないけど。
「でもねー。多分結構ヤバい力な気がするんだよね」
この世界に送り込んできたあの大悪魔様が、本当に見た目だけの駄猫を出してくるとは思えないんだよね。まぁ、敢えて使えないものを渡して喜んでる可能性もあるにはあるけど、そんな出オチみたいなので満足しそうに無いんだよね。
「それに、ほんの少しといっても、確かになんでも歪ませるのは凄いよね」
「ニャニャ、珍しいニャ、マークスが我輩を無条件で褒めるなんて大変ニャっ」
「どういうことだよ。まぁ、とにかく、検証してみよう」
僕自身、この猫擬きの恩恵で「歪まない」ものは無いか、今まで試した結果、恩恵が効かないものって無かったんだよね。
演繹法的な考えで行けば、この「歪」は文字通りに何であれ歪ませることができることになる。
歪みが僅かに1度程度かそれ以下だとしても、十分ヤバいし、この先使っているうちに「歪」の能力が発展拡張していく可能性とゼロじゃない。
元々、精霊術では借り受けた恩恵を使いこなしていくことでレベルアップみたいに恩恵そのものも変化するらしいしね。
この「歪」がこれ迄、無能な能力だと思われていたのは結局は使いどころが分からずに能力を開発出来なかったからじゃないかな。
僕はいくつかの的を中庭に用意させると、ガンストには弓を構えさせた。
「槍働きが一番と聞いてるけど、弓も名手だったよね」
「おぉ、マークス様に知っていただけているとは、このガンスト、感動の極みでございます」
うん、いちいち暑苦しい。なんだろう、前世の元男子プロテニスプレイヤーを思い出したよ。
ただ、騎乗で長槍を振り回して一騎当千のゲームキャラみたいな活躍したと聞いてるんだけど、弓を引かせても剛弓、短弓、遠距離から流鏑馬までなんでもいけたっていうからね。
先代当主たるおじいちゃんの危機に、馬具も着けずに裸馬に跨がって矢筒いっぱいの矢と槍を体に巻き付けて駆け付けて、馬上から鐙も無しで弓を射って敵を屠っておじいちゃんを助けた話は、我が家では伝説だからね。
裸馬で流鏑馬って出来るもんなのか。凄い達人なのは間違い無いよね。
「ガンスト、あそこにある的に普通に射って当ててくれるだけでいいよ」
「わかりました。では、見事に当てて御覧にいれましょう」
そう言って射たれた矢は、見事に的の真ん中に命中した。いや、一発でど真ん中ってとんでもないな。
的まで軽く10メートルくらいあるのに、的の直径は50センチくらいだから、正直、的に当たるだけで十分凄いのに。
「流石だね」
「いやはや、動かん的など、いくらでも当てられます」
「うん、腕は健在ってことだね。次も普通に射ってくれないかな。ただ、今度は恩恵を発動するから、的に当たらなくてもガンストのせいじゃないからね」
「パルサニアン様の恩恵ですか、足音が無くなるとか、気配を絶ちやすくなるなどで、矢の軌道に関わるものは無かったような」
困惑気味に訊いてくるけど、まぁ、そりゃそうだよね。ただ、一応は前置いておかないと、忠誠心の塊みたいな男だからね。何も知らせずに矢を射らせて、的に当たらなかったりしたら、その場で腹切るかも知れない、わりかし冗談抜きで。
「歪って恩恵の検証をね」
「何だかわかりませんが、マークス様とその精霊様なんですから、儂のような無学なもんではわからん凄いことをなさるんでしょうな」
豪快に笑いながら言うガンストだけど、無学では無いだろうに、脳筋みたいだけど、王都の文官たちと渡り合えるくらいに、切れ者ではあるんだからね。
忠誠心の塊で、全てを身に付ける根性と、それに応える能力があった化け物だからね。
「ガンストを拾ったおじいちゃんの目は凄いね」
ぼそっと呟いたあと、弓を構えるガンストの矢尻の先からその周辺をやや歪ませる。
この恩恵は視認できる範囲で対象を意識さえ出来れば問題ない。
放たれた矢は的を大きく外れて落ちた。
「なっ、外れたっ 」
ガンストも、トールやその場にいた侍女たちも驚いている。
「矢が放たれた瞬間を狙って矢を歪ませたんだ」
「そんなことが可能なんですか」
「戦闘中じゃ無理だろうね。ただ、構えから射るまで定位置な状況なら出来るみたいだ」
ガンストに答え合わせしてやるついでに、弱点も話す。万能な力とはやっぱり言えないしね。
まぁ、本当は空間そのものを歪ませることも出来そうだし、そっちにしようかとも思ったんだけど、万が一出来なかったら恥ずかしいしね。
恩恵が効果を出せる範囲ついてはすでに検証済み、だから矢を歪ませることは可能なのはわかっていた。
問題は熟練の達人が僅かとは言え曲がりが出来た矢に違和感を感じないかどうか。
なんで、矢が放たれる瞬間を狙って発動してみたんだけど、うまくいって良かった。
「動き回る敵相手には難しいということだとしても、飛んでくる矢の軌道を弄れるなどとんでもないことですぞ」
「うーん、個人的には砲台の筒を僅かでも歪ませることが出来ればなーなんてね」
「大筒のですか」
「遠見の鏡筒を使っているときは恩恵の有効範囲が延びたんだけどね。つまりは歪の力は対象を視認できることと、それを認識して歪ませる意思を持つことが必要なんだと思うわけだ」
空間そのものを歪ませるのに今のところネックになってるのがこの「視認できる」というところ、あくまでも検証してる範囲での仮定なんで、もしかすると違う条件があるかもしれないんで、目に見えなくても発動できる可能性はまだある気はするんだよね。
反対に歪ませるためには対象にたいして、明確に干渉をすることを意識したほうがいいと思う。
今までの召喚主は歪ませるってことに対して、あまり明確なビジョンが無かった可能性が高い。
もし、構造を理解した上で歪ませる方向などを指定出来るなら、それがたった一度程度だとしてもでも、とんでもないことなんだ。
そこら辺が理解出来たらしいガンストは興奮気味に叫びだした。
「もし本当に大筒の砲身を歪ませるなんぞ出来れば、その狙いは大きく外れることになりましょう。先ほどの矢のように。それだけではありませんな。もし、相手の足場を僅かでも歪ませることが出来れば、相手の照準器はガラクタ同然になりますぞ」
歴戦の兵士にこう言って貰えるなら、ほぼ成功だろう。空間に干渉する方法や、歪みの度合いの強化と課題はあるけれど、取り敢えずは猫擬きが見た目だけの駄猫じゃないとは証明出来たようだ。
僕の専属精霊が無能なんて許せないからね。
この力を使うかどうかは別として、僕に汚点なんてあってはならないんだよ。
「良かったな猫擬き、ゲームならリセットもあるんだし、お前を消滅させることも考えてたんだぞ」
「ニャー、マークスは冗談もうまいニャ。どれほど力があろうとプレイヤー風情が我輩を消せるはずないニャ」
「……なんだとっ」
「なんでもないニャー。早く干し魚を用意すーるニャー」
あいつ今、僕をプレイヤーって呼びやがったな。
やっぱり、ここは何かのゲームの世界なのか。
まぁ、いいさ。
それならそれで、自分なりにぶち壊してやるだけだ。お行儀良くレールに乗って欲しいなんて考えてないだろうからな、あの悪魔様は。




