プロローグ
拙作「猫家先生の実験」の登場人物 霧島雅人の異世界転生です。
先に「猫家先生の実験」をお読みいただけると、分かりやすいと思います。
https://ncode.syosetu.com/n7532hf/
上記リンクは「猫家先生の実験」となります。
思えば、此処が原点だった。
何て内心で感慨に耽るふりをしたのは、出身の思い出の地を巡るロケ番組のオファーが来てから、それらしいエピソードと合わせて、自分のキャラから外れずに、故郷を懐かしんで素が出てしまう感じを出そうと、あれこれと考えていたからだろう。
でも、確かに此処に来たら、懐かしいなと思ってしまう。
町立西ヶ丘中学校、どこにでもある地方の何の変哲もない中学校が、20年前、全国中のメディアで取り上げられる「実験教育」とその後の事件の発端となったことは、既に人々の記憶からは薄れ、忘れ去られてもおかしくない。
それでも、そんな母校と、その出来事が人々の記憶に僅かでも留まり続けるのは、僕、霧島雅人の影響なのは、驕りでもなく、間違いないと思う。
今や人気俳優の一人として活躍する僕と、この母校との関係はファンは勿論、多くの人にとっては「巻き込まれた悲劇の少年」と位置付けられているはずだ。
ごく一部の真実を知るものと、僕のアンチや陰謀厨にとっては「盛大なマッチポンプ」かも知れない。
そんなことを考えていると、ADから、準備お願いしますの声がかかる。校門前には既に沢山の人がいる。地元のファンや馴染みの人と交流しながら、母校を出発点に故郷を巡る段取りだ。校門前には中学の同窓生や先輩など、事前に出演許可を貰えた「知人」がリハーサル通りに話し掛ける予定だ。同級生では無いところが何とも皮肉だな。
さぁ、生本番とカメラが回った直後だった。
背中に走った衝撃、ドンッと固いものが投げつけられたような鈍く重い衝撃のあと、熱せられた鉄を当てられたような感覚に襲われる。
背中に激しい痛みと熱、反対に全身が指先から冷えていくような感覚と止まらない冷汗で朦朧としていく意識の中、辛うじて刺されたことを理解する。
「母さんの仇だっ! 」
あー、あの……子供か。
そう思いながら、僕の意識は暗転した。
目を覚ました時、そこは随分と殺風景な場所だった。殺風景という言葉も適切とは言い難い、何せ何も無いのだから。視界にあるのは薄らぼんやりと自分を包む光とそれに照らされる本当に何も無い空間だけだった。
「死後の世界、まさか存在するとはね、それとも僕は生死をさ迷って夢でも見てるのかな」
あまりに何も無い空間に気を保つためにか、思わずと軽口を叩くと、それに返事する声がある。
「そうだな、お前は確かに死んだよ。余程の恨みだったか、刺した刃物で臓腑を抉られてはな」
女の声だと思うが姿が見えない。それにしても、人の死に様を随分な言い様だ。
まぁ、刺されたのは背中側の右脇腹あたりだったと思う。記憶違いで無ければだけれど、そうなら肝臓をやられている事になる。抉られたというなら、刺した後に手を返して傷口を拡げたんだろう。確かに途徹もない痛みだったが、それならそれで、良くショック症状で失神するなり、即死するなりしなかったものだ。
それとも、末期に聞いたと思った声は幻聴だったか。
「んっ、確かに聞いてるよ。母の仇だと言われておる。まぁ、そう言われても仕方ないとは思うがの」
何が面白いのか、くつくつと笑いながら、そいつは虚空から姿を現した。
「それで、なんで僕はこんな所にいるのかな。生前の所業を貴女に裁かれるのかい」
姿を現したのは妖艶な雰囲気を纏いながら、それでいて幼くも見える女性、だけど、頭にはねじ曲がった太い角が耳の上あたりに左右二本生えているし、牛みたいな尾もついてる。随分と扇情的な服装も相俟って、どう贔屓目に見ても神とか仏とか呼べる容姿じゃない。端的に言って悪鬼羅刹か、そのまま悪魔だろう。
「裁くなんぞ面倒なこともせぬし、そんな権限も持っとらんよ。ただね、随分と面白い男だったんで、これまで楽しませて貰った。その礼という訳じゃ無いが、取引しないか」
悪魔との契約と言えば、魂だろうか。だが、現世利益と引き替えが常だと思うが、こちらは既に死んでるんだが。まぁ、死ぬまでの夢だと思えば、これも一興か。
「僕のメリットと、貴女の提示する条件を聞こうか。話はそれからだね」
「いいぞ、メリットと呼べるかはそなた次第だが、ある世界に記憶を固定して保持したまま、転生させてやる。勿論、転生先の条件や、チートとか言うのか、それもつけてやる。そのかわり、私を楽しませろ」
あー、暇潰しの見世物の続きを上演しろと、とんだ気に入られ方したもんだね。僕なんかより、よっぽど大規模に悪どいことした奴なんていそうだけど。
にしても、チートね。コンピューター用語の方じゃなく、チーター、ゲームスラングかな。あー、転生って言うなら、転生ものの主人公が持ってるズルい能力のことかね。
藤枝が読んでた気がするし、最近はアニメ化や映画化もしてたから、実写化なんてオファーがあるかもって、少し読んでみたんだよな。
「まぁ、折角のご提案だ。でも、チートなんていらないよ。産まれで詰まない程度の家柄と、後は有能で無くて構わないから、僕に絶対服従する駒をいくつか頂戴」
前回は半、目標は達成してたんだ。正直言えば、僕的には成功と言っていい。ただね、僕の駒は僕の思い通り動く兵隊じゃ無かったんだよね。
信者はいたし、僕の思惑に乗っかる大人たちは沢山いたけどね。高波さんと雪代君みたいに、同じ目標に向かって動く組織じゃ無かった。
まぁ、今度はそこら辺も含めて自分で洗脳すればいいんだけど。
「折角の異世界じゃぞ。強力な魔法に膨大な魔力、優れた身体能力、その他にも、スキルなり、何なりと用意するんだが、いらんのか。
それに、駒を欲するなら、有能な方がええじゃろうに」
疑問を口にしながら、とても良い笑顔で笑いを噛み殺している女に、そもそもの疑問をぶつけてみる。
「うん、今更だけどね。貴女は僕を知ってるようだから、敢えて自己紹介は省かせて貰うけど、そもそも貴女は何なんだい」
そう言うと、目の前で何が可笑しいのか嗤い出す。
「ご想像通りの暇をもて余した、そなたらの云うところの悪魔じゃよ。ベルフェゴールとでも呼んでくれ」
ペオル山の主神、大罪・色欲の悪魔と来たか。大きく出たな。
「なら、誘惑はお得意なわけだ。あとはトイレとの相性もいいのかな。サラスヴァティこと弁財天も便所の守護神だし、トイレと美女って、親和性高いのかな」
わりかし失礼なことを言って煽ってみたけど、今度は爆笑している。僕なりのリップサービスは気に入って貰えたようで何よりだ。なら、質問に答えるとしよう。
「質問に質問を返して申し訳ありませんでしたね。ついでと言ってなんですが、お答えすると同時にお訊きしますが、強力な魔法の才やスキルとやらが必須なほど、物騒な世界なんですか。
あとは配下について言えば無能は困りますが、殊更、有能である必要はありませんよ。指示に忠実でそれを過不足なく処理できる程度で十分です」
「出しゃばられても困るか。そなたらしいな。
脅威となる魔物などはいるが、生活する上で魔法やスキルが必須な訳ではない。ただ、上流階層では、持っている資質次第で侮られることもある。その程度じゃな」
したり顔で僕らしいと納得されてもねー。まぁ、でも成る程、ステータスとして持ち合わせていないと低く見られるのは癪だね。
「わかった。貴女にお任せするから、過不足ない範囲でお願いします。機会を与えて貰えた見返りとして、暇潰しの足しになれるようには頑張りますよ」
僕はそう締め括る。口の端を歪めたペオル山の乙女たちの支配者は、蠱惑的な色を醸して僕に絡みつくと、楽しみしていると告げた。
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