76.賢者様、不思議な女の子に出会う
「うひゃおわぁあああっ!?」
「無理無理、無理ですのぉおおおっ!」
依頼を受けた私たちは何の苦労もなく廃教会へと到着した。
わりかし大きな教会だったらしく、その大部分は未だに残されていた。
きっと大昔は石造りの豪華な教会だったんだろうと想像がつく。
私たちの仕事はネズミを教会からやっつけること。
相手はちょっと大きなネズミである。
さくっとやっつけられるに違いない。
そう思っていた私たちは悲鳴をあげることになる。
「ひ、ひぃいいい、こっちにもいるんですのよ!?」
「てか、ネズミよりも全然多いじゃんっ!」
私は忘れていたのだ。
基本的にネズミがいる場所とは不潔な場所であるということを。
そして、そんなところには決まって奴らがいるということを。
私たちが歩くだけで、カサカサ、カサカサと動きまくる。
まったくもって最悪である。
こんなことなら玉ねぎスネークを選ぶんだった。
「ここは地獄ですのっ! 私、王宮に帰りますっ!」
クラリス様は完全に戦意喪失したらしく、ほとんど泣きそうだ。
王宮に帰るって言うのなら、今からでも連れて行きたいぐらいだけど。
「もぉお、なにふざけてるんですか! ネズミさんをやっつけないと!」
元気なのはライカだけである。
彼女は基本的に虫がへっちゃらガールらしい。つよい。
「こんなの足でこうですよ! ほら、逃げていきますよっ!」
ライカは足でもってやつらを踏みつける。
肝っ玉母さんでもかくやというほど、非常にたくましい。
彼女いわく、おばあちゃんとサバイバル訓練をしていたら平気になったとのこと。
その詳細を敢えて尋ねようとは思わないけど、きっとえぐい感じなんだろう。
「あぁああ、私のエムペペが!? そんなの食べたら、お腹を壊しますわ!?」
悲鳴がするので振り返ると、クラリス様の使い魔(?)の植物モンスターがネズミを丸呑みにしてるところだった。
植物モンスターがどう消化していのるかは謎だけど、案外、役に立つのかもしれない。
「よぉし、エムペペ、あなたに任せましたわっ!」
「いや、もうネズミにボコられてるよ?」
「エムペペーっ!?」
エムペペはまだネズミ一匹分の戦闘力しかないらしく、数匹のネズミに囲まれて危うい状態だった。
「ここは地獄ですわ!」
エムペペをなんとか助け出すと、大事そうに抱えるクラリス様。
まるで親子のような絆を感じさせる。
この子は案外、情に篤い人物なのかも。
「そうだっ! お師匠様、ドリルでぶっとばしちゃっていいですか? 壁に穴があくかもですけど、全部やっつけられます」
ライカはわくわくした目でそんな提案をするも、さすがに却下である。
屋内で柴ドリルなんてやったらホコリがすごそうだし、そもそも、教会が壊れそう。
しかし、このまま部屋の片隅で震えているわけにはいかない。
私たちはこの教会のレッドネズミを一掃するという仕事を請け負ったのだから。
「ふーむ、どうしよっかな」
ここで私は腕組みをして考える。
こういう細かい魔物をやっつける魔法なら思いついてはいた。
先日、大量発生したスライムをやっつけた【死の尻尾鞭】なんかは最適だと思う。
しかし、なんていうか、衛生的にヨロシクない所で尻尾を振り回したくないんだよなぁ。
しょうがない、アレを使うか。
「……現れるがいい、伝説の狩人よ!」
私は迷いをかき消すように溜息を吐き、二番目の候補として考えていた魔法を発動させる。
その名も、【死の集荷猫】という魔法である。
詠唱を終えると、猫が次から次へと舞い降りる。
一見すると普通の三毛猫軍団だが、これはタダの猫ではない。
ものすごい狩りの腕を持ったハンターたちなのだ。
瞳がぎらりと光っていて、いかにもツワモノぞろいである。
「そんなわけで、ネズミをお願いします! ネズミをっ!」
『むはは、やってやるのにゃ!』
私がターゲットを伝えると、ハンター猫ちゃんずは怒涛の勢いで教会の中に散らばっていく。
ぐぎゃあ、きしゃあ、ごぎゃあ、だだだだだなどと常にけたたましい。
あまりの迫力にクラリス様は「ひ」と声をあげて卒倒した。
『やってやったのにゃ!』
『我らに集められぬものはなし!』
『勢い余って、他の奴らもやったのにゃ!』
十数分後、ハンターたちは最高にドヤ顔をして去っていく。
仕事は完了。余計なこともしてくれたようだけど。
「す、すごいですねぇ……」
ハンターたちの働きにはライカでさえも息を呑む様子。
だけど、この魔法には一つ欠点があった。
この魔法は狩猟用に開発されたということもあり、狩った獲物を術者のところに持ってくる傾向にあるのだ。
結果、今、私たちの前にはおびただしい数のネズミのモンスターが転がっている。
いや、それだけならまだマシだ。
なんとあの猫ちゃんずは名前を呼んではいけないあの虫までも集めてやがったのだ。
猫というものは自慢するために獲物を飼い主に見せに来る傾向にある。
小鳥や虫なんかもその一つであり、飼い主としては冷や汗がとまらないこともしばしば。
この魔法を使いたくなかった理由は、こういう点にあったわけである。
「【怒りの雷猫】!」
私はとりあえず炎魔法で虫たちの山を一気に燃やす。
ふはは、汚物は消毒だっ!
ちなみにクラリス様は猫精霊がカサカサ動くのをくわえて持ってきた時点で卒倒しているのだった。
早いところ、起こしてあげよう。
「さすがです、お師匠様! 私も【ドッグサークルの宝物】っていう物集めの魔法を開発したいですっ! ガラクタを大量に集めるんですっ!」
ライカは私の魔法の出来にぴょんぴょん飛んで喜ぶ。
彼女が言うには、犬も色んなものを集める習性があるという。
飼い主のものやガラクタなどを後生大事に集めてくるのだ。
そういう観察から新しい魔法が生まれてくるのだが、役に立つのかな、それ。
「クラリス、行きますよ!」
「起きてください」
「う、うーん、悪い夢を見ていたようですわ……」
私たちはネズミのモンスターを依頼袋に入れると、クラリス様を起こしてあげる。
薄暗くてじめじめした廃教会にこれ以上いるのは精神的にも良くないし。
「あ、あのぉ……」
そんな時のこと。
私たちは後ろから話しかけられる。
振り返るとそこには、可愛らしい獣人の女の子が立っていた。
【賢者様の使った猫魔法】
死の集荷猫:猫とは生粋の狩人である。動くものであれば何でも襲い掛かり、その鋭い爪と牙で相手を蹂躙する。飼い主に獲物を見せびらかしにくる律儀な猫もおり、飼い主は毎度悲鳴をあげることになる。この魔法は猫の収集癖を拡大解釈した魔法。ネズミを捕るのはいいとして、あの虫をとるのはやめてほしい。




