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劉縯  作者: 橘遼治
7/11

雪辱

 このとき地皇四(西暦23)年一月。

 下江との盟約を終えた劉縯は、勇躍、棘陽へ戻りそのことを将兵に告げた。

「喜ばしきことである! これにより我が軍はこの苦境から逃れることができるぞ。そのための一戦、そのための画策はすでにできておる。今宵は皆、存分に楽しみ、英気を養ってくれ!」

 盟約の成立に意気揚がる将兵へ、劉縯は追い打ちをかけるように盛大な宴を開くことを告げ、彼らは喚声を挙げる。

「ここで負ければ我らは潰滅する。食糧を残しておいても仕方がない」

 小長安の敗北以来打ち(しお)れていた将兵がはしゃぐように宴の準備を始めるのとは別に、食糧は有り余っているわけではなく宴など開けばすぐに底を尽くだろうと劉縯へ危惧を示す者もいた。その懸念に劉縯は不敵に笑ってみせ、付け加える。

「それに食糧のあてはある」

 成算のない笑いではなかった。



 宴の後も三日間、兵たちは休養を与えられ、そしてついに出撃を命じられた。

「目指す先は藍郷よ」

 全軍を六部隊に編成しなおした兵へ、劉縯は攻撃目標を告げた。そこは甄阜らの輜重が置かれた、いわば補給基地である。

「我が軍の食糧はすべておぬしらの腹の中にある。ここを攻め取らねば明日食う麦もないぞ」

 劉縯は出撃前の演説で兵たちにそのように告げ、彼らもどよめきを発するが、そうとなれば腹も()わる。腹も満ち、休息も充分な彼らの鋭気は、一つの目標へ向かって集約された。

「では、出撃!」

 そんな兵たちを満足と戦意とともに見渡した劉縯は、出撃を命じた。



 夜半である。ひそやかな出撃は奇襲をあざやかに成功させた。甄阜らは自軍の数を(たの)み、また大敗直後の劉縯たちは委縮して出撃してくるなどありえないと(たか)をくくっていたため、藍郷にほとんど守備兵を置いていなかったのだ。当然、劉縯はそのことを偵察で知っていた。

「よし、このまま進軍」

 戦闘らしい戦闘もせず藍郷の輜重をほぼ無傷で手に入れことで意気揚がる兵たちに、劉縯はさらなる進軍を命じた。藍郷への奇襲が予想以上にうまくいったため、このまま甄阜らへ攻撃を仕掛けることにしたのだ。まだ夜は明けてすらいない。このまま進めば朝、起き抜けの甄阜を急襲できる。

 戸惑う兵たちだったが、奇襲の勝利と輜重を得た安堵感、そしてこの勝利を呼び込んだ劉縯への信頼から、すぐに命令を聞き入れ、進軍を開始した。



 甄阜への奇襲は、予定より早まりはしたが、実はあらかじめ決められていたものだった。劉縯だけでなく、下江の王常との間でである。

「我らは近く藍郷へ奇襲をかけ申す。それに成功したのち、そのまま甄阜を攻めますれば、貴軍には呼応して梁丘賜を攻めていただきたい」

 盟約が成ったとき、劉縯は王常にこの作戦をすでに伝えていたのだ。本来なら藍郷の陥落を知った甄阜が急ぎ出撃する混乱を突いて攻める予定だったのだが、それよりも兵が寝入っているとき、あるいは起き抜けのところを狙う方が勝ちは得やすい。他の者ではこの応変についてゆくことは難しいかもしれないが、王常ならやれる。そう踏んでの強行だった。

 王常との連絡は密に取られており、すでに早馬も発して彼に予定変更は告げてある。あとは王常を信頼し、目の前の攻撃に集中するのみであった。



 劉縯の進軍はひそやかに続き、払暁(ふつぎょう)前になんとか甄阜軍の駐屯地へたどり着くと、その南西に兵を(ひそ)めた。

 まだ藍郷陥落の知らせが届いていないらしく、甄阜軍は静かなままである。それだけ劉縯の決断と進軍が素早かったということだが、彼は攻撃を夜明けまで待った。一つには強行軍をさせてきた兵に休息を与えるためだが、もう一つ理由があった。



 さほどの時を待つことなく朝日が昇り始めた。兵たちの休息は一時的なものにしかならなかったが、勝利に意気揚がる彼らには充分だった。

「突撃!」

 鋭くもやわらかな陽光が差し込む中、南西から猛々しい喚声とともに、鋭気の矢となった一軍が甄阜軍へ突進していった。



 甄阜軍の駐屯地から喚声が聞こえてくる。馬上から背を伸ばして北西をのぞきこむ王常は、背後からの朝日の中、甄阜軍が混乱に陥るのを見て取った。

 劉縯からの早馬に驚いた王常だったが、すでに出撃の準備はほぼ完了しており、下江軍も大きな混乱なく出撃を終え、予定の場所へ潜伏していたのだ。

 そこは甄阜軍と並んで駐屯する梁丘賜軍の東南。甄阜軍から多少の距離はある。暗がりの中では喚声は聞こえても、はっきりと戦況を見極めることは困難だったろう。王常に自らの攻撃を明らかにするため劉縯は日が昇るまで突撃を待ったのである。

 劉縯のその配慮まではわからなかったが、王常は確かに彼らの奇襲を確認し、甄阜軍があっという間に混乱に陥ってゆく様も見た。

 そして戦場の音や気配に梁丘賜軍の兵が目を覚まし始める。彼らは(よろい)も付けず、頭も醒めきっておらず、状況の理解もできていない。心身ともにすべてが無防備で混乱状態だった。

「よし、突撃!」

 劉縯が作った最高の(タイミング)を逃がさず、王常は下江兵五千を一気に突入させた。


 

 劉縯と王常の兵は合しても二万に届かなかったろうが、その数倍を誇る甄阜と梁丘賜の軍を潰滅させた。

 本来であれば朝食を摂ってるはずの時間に梁丘賜軍は崩壊、それを見た甄阜軍も戦意を(くじ)かれ潰走した。

 劉縯はそれを逃がさず追いに追い、黄淳水(こうじゅんすい)まで敗兵を追いつめる。黄淳水の橋は甄阜が不退転の決意を示すため落としてしまっており、兵たちは立ち往生するしかない。

 劉縯の兵たちは容赦しなかった。小長安の戦いで家族や親族を殺されたのは劉一族だけではないのだ。

 彼らは復讐の念とともに甄・梁の兵を斬って斬って斬りまくり、斬殺を逃れた敗兵も川に落ちて溺れ死んだ。

 死者、合わせて二万余。その中には甄阜と梁丘賜の首もあり、劉縯らは小長安での汚名と屈辱を(そそ)いだ。



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